ものぐさ日記帳 〜更新履歴・日記・雑感など書いています〜
2006年9月17日(日)
今日の合奏で、初めて上のG#とA が当たりました。
「踊り明かそう」の最後の所なんですけど、もう何度もやった曲なのに今まで一度も出た事なかったんです(お恥ずかしい限りです)。
本当に出ているかどうか確かめるため、(楽譜に書いてあるより)わざと長く吹いて、確認したりしてみました(←セコい方法だなぁ…)。細くてちっちゃい音なので、そういう風にしないとみんなのffに埋もれ、わからないからなのですけど、とりあえず曲の中で出せた最初のAだったので、嬉しかったです。「じぶんはこれ以上無理なのかも…。」と何度思ったかわからない、諦めかけていた音域だったので、心の底から喜びが、ジワジワあふれて止まらないのです。
毎度登場するたび、レベルの低い話ですみません(^^;ゞ また明日芸文で鍛えてきます。

2006年9月15日(金)
highC 出かかり(かすり)ました!!

わたし高い音、全然ダメなんです。
ここ2年くらい「F」と「G」の壁で立ち往生していて、「わたしの限界は"ソ"か。これで終わりなのか…(-_-;。」と諦めかけていたのが2ヶ月前。ところが1ヶ月前から突如「G」のヒット率倍増、かなり安定してきました。合奏でも「ラー♪」と吹けた時は一人ガッツポーズしたほどでした!(レベルの低い話ですみませんね…^^;;)

今日の芸文は、この6年間憧れ続けてきた人と初練習…という夢みたいな時間♪。師匠とやる時とはまた別の緊張感があったりして。で、その時コツを教えてもらったら、B♭を通り越してCがかすったのです。
とても嬉しかったのでここに書き残しておきましょう。数年後見ると良い思い出になるはずです。「あの頃はCで喜んでいたんだね。可愛かったね〜♪」と今日を振り返れるように、これからも精進しましょう。

演奏会まであと2週間あるし(2週間しかないと考えると気持ちばかり焦り追いつめられるので、ポジティブシンキングが大事(笑))、最後の最後まで諦めないです。…最後の瞬間まで、もがき苦しみますぞ!

平日:仕事→練習→ごはん→お酒→寝る。
休日:練習→ごはん→お酒→寝る。
という生活しているもので、なかなかHP更新出来なくてゴメンナサイ!

2006年9月8日(金)
今日も芸文スタジオで個人練習。
もう予約入れまくり状態です!
月曜日のレッスンで教わってきた事を早く復習したかった…。今日は先週の部屋に比べて、広さが2倍。値段も2倍。(ピアノなし)

変わらないのは、じぶんの音を聴いて悶絶すること。
まだまだ、全然だめ。わたし下手すぎる…(/_;)。

スタジオで一人、静かに凹んでいると、かすかに聞こえてくるオケの音。
ここで平日の朝っぱらからリハ出来るオケといえば、やっぱり芸文付属オケ?
…という事は、もしかしたら今、佐渡先生が指揮してるって事?

まさかね…。そんなうまい話ある訳ないと思うけど、とってもきれいな演奏だなぁ〜。
素敵なオケを聴きながら練習するって、すごく気分いい!すごく充実してる♡♡
気になったので「このオケはどこから聞こえてくるの?」と帰りに受付で聞いてみたら、「今、佐渡先生がリハーサル中なんです。」だって(@_@::やっぱりビンゴだ。今日はラッキー☆気分もHAPPY♪
調子にノッて、速攻で明日の予約も入れちゃいました(笑)。下手だから練習するべー。

2006年9月3日(日)
個人練習にピッタリな素晴らしいスタジオをキープしました!事前登録が必要で審査あり。予約は現地でのみ(ネットや電話予約不可)完全前金制。

その名は兵庫県立芸術文化センター!

写真は一番狭い部屋ですが、一人で吹くには十分なスペースでさすがに素晴らしい設備。それが3時間(9:00〜12:00)の利用で、たったの500円。(午後や夜間は高くなります)
カラオケのように30分単位とか延長は出来ませんが、何より朝吹けるというのが使えます。カラオケは昼からなので午前中に練習を済ませて外出したい時には最適。次回はもう少し広いタイプの部屋も使ってみる予定です。

カラオケボックスと比較して集中出来ることこの上なし。隣の部屋の下手クソな歌や、店内放送のヒットソングで気が紛れる事がありません。何よりじぶんもお歌の邪魔をすることがありませんし(笑)。
この防音室は音をよく吸収するので響かず、じぶんの音と真っ向から向き合う事になります。
「あぁ、じぶんってこんなに下手なんだ…。」と悶絶する訳ですね。
でも、それがいい。練習はシリアスにやらなければ…ね。

なによりこんなステキな所で練習したら、チョ〜気分いいんです♪
もちろん予約ナシで気軽に使えるカラオケもいい訳で、両方のオイシイ所取りして有意義に使いたいです。

おまけ→[北の国から2006金山湖ログホテルラーチのレポート]

2006年8月25日(金)
北竜町のひまわり畑
金山湖のラベンダー畑

北海道はいい。
日本で一番いい。

人と人がぶつかったり、くねくね曲がった細い道路に車がひしめいていたり、狭い所に押し込められたり、古い因習を押しつけられたり、そういう所がない。

ずっと大都会でばかり暮らしてきたから、一層思う。
一旦離れてみると、北海道がどんなに良い所だったか、身に染みて感じることが出来る。

空も、大地も、何もかもが広くて、大らかだ。

こういう所で生まれ、育った事を誇りに思える。

故郷に負けぬよう、わたし自身も大らかに生きたいな。


しかも、広いのは空や大地だけじゃない。実家近所のカラオケボックス!!!



どうです?一人で練習に行ってこの広さですよ。写真に写りきれてないけど、6〜7人で座れるソファーが置いてありました。普段行ってる極狭のハコとは大違い。
ご丁寧にお店の人がミラーボールまで回してくれて(笑)、「いや、それはいいよ^-^;。」と言おうとしたけれど、せっかくなので怪しい練習をしてしまいました。

それでいて、このお値段☆

北海道はいい!

北海道は最高!


2006年8月21日(月)
【旭川ラーメンの雄】梅光軒のみそラーメン。
スープ・麺・トッピング・運ばれてきた時の温度。全てのバランスが完璧。日本で一番美味いラーメン屋だとわたしは思っています。
店内は観光客で埋め尽くされ常に行列が絶えない。昔のように地元人が気軽に入れる雰囲気でなくなったのは少し残念かな。今回久しぶりに本店へ行ってみましたが、それでも味が落ちていなかったのはさすがだと思いました。
---------------------------------------------
ところで今朝、うちの職場の正門前がすごい事になってました(謎)。
ズラリと並ぶテレビカメラ。ただならぬ雰囲気。
仕事とはいえ、この中を抜けて通っていくのって、ツライよなぁ〜。

そのうち報道の人達は脚立を立てたりなんかして、敷地内をのぞき込むようにカメラを並べだした。
今日は昼休みの練習を自粛した方がいいかなぁ…とも思うのだけど、ハッキリ言ってわたしの『夢』も真剣なのよね。悪いけど…。
だから今日も勇気を振り絞って、楽器持って外へ出ました。練習だぜ!練習だぜ!!どんな事件が起ころうが知ったこっちゃない。でもカメラの放列、報道の人達の視線…とってもイタかったわ。

非常勤職員には(ご主人が正職員で)縁故で入ってきた人・何のコネもなくハローワーク経由で入ってきた人(わたしはこっちのグループ)の2ルートがあって、普段は"縁故隊"がブイブイ言わせているんですけど、今日は妙にハローワーク隊のアイコンタクトが元気だったような(苦笑)。


2006年8月20日(日)

ますます進化する、旭山動物園にはホント驚くばかり。
「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」の力って偉大だなぁ。
いや、もちろんテレビの力じゃなくて、動物園のみなさんががんばった成果だというのはわかっています。
でも名セリフ「ペンギンが…飛んだ…。」の経済効果って高いのでしょうね。

2年前の8月、この日記で「旭山の売店に行列が!」と書きましたが、今や売店の行列程度で驚いてられません。テラスで旭川の眺望を眺めながらお食事出来る瀟洒なレストランもあるし、オリジナルグッズてんこ盛りで売られています。

なんか、観光地みたいじゃないですか(笑)。

ここ、旭山動物園ですよ?(笑)

旭川市民なら誰もが知っている。
どんなに低迷を続け、絶望的などん底に喘いでいたかを。
いつ閉鎖されてもおかしくないと噂されていたのに…。

現在は動物園でのジンギスカンは禁止になったそうで、花見のために旭山へ行ったのは貴重な思い出かもなぁ。手作りサンドイッチを持って出かけた初デート(誰と行ったかはナイショ♪)も懐かしい。
今や観光さん向けへの「ペンギン3弁当」まであるのだから、驚くばかり!!すごいわ、すごいわ、旭山。

でも、わたし、とっても反省しているんです。
エキノコック騒ぎで1日の入場者数4名とか、マジで危なかった時代、「もうだめだ、もうだめだ。」っていつも言っていたんです。

プロジェクトXで見たんですけど、その時動物園の職員さんは夢を語っていたんですってね。
「将来どんな動物園にしよう?」とスケッチを描いて、理想の動物園を熱く語っていたのだそうですね。
それ知って、泣きました(年取ったから涙もろいんです)。

職場に動物園のお土産を持っていったらウケたんですけど、「前に北海道旅行した時にはなかったわ。新しく出来たんですものね。」と言われ、わたしはあえて否定しませんでした。

いや、旭山動物園はずっと昔からあるんです。
ただ、非常に寂れていて、誰も知らなかっただけなんです…とは、なんとなく言えませんでした。

こんなになると誰が想像したでしょう?
誰も思いませんよね<旭川市民のみなさん。

夢ってスゴイ!夢のパワーって何て素晴らしいんだろう!!

旭山動物園・甲子園の駒大苫小牧・そして瀬川さん。
見知らぬ他人から笑われようが、けなされようが、本気で見た夢は強力なエネルギーを持っている・・・・すごいっ!!

2006年8月19日(土)
帰省中合奏練習に参加していなかったため、今日の本番出演は遠慮することにしました。でも昨日の通し練習を見ていて、いつもは一緒に演奏する仲間の演奏を『聴く』というのもたまにはいいものだな…。と思いました(でも吹きたかった(笑))。
第33回近鉄将棋まつりレポート☆あきらめなければ夢は叶う!瀬川さんに会える♪を作ってみました(スキですねぇ…)。興味のある方はここをクリックしてご覧下さいね。実はコンサートレポートより気合い入っていたりなんかしちゃって…。

2006年8月15日(火)
ただいま!(^o^)/☆北海道から帰ってきました。今回の帰省での楽しい話、早くたくさ〜〜んしたいのですが、先ずは瀬川さんの話題から。

念願が叶って、近鉄将棋まつりで瀬川さんに会いました。
朝風呂に入って、いつもより化粧も濃く塗って(笑)、普段は(コルネットを吹くために)つけない口紅もつけました。一番新しいワンピースを着て、白いボレロ風のブラウスを羽織り、気合いも十分。夫に散々冷やかされちゃった(笑)。

生瀬川さんは、テレビや新聞で見たのと同じ、穏やかで優しそうな笑顔。近くに寄ると胸が高鳴ります。サイン会の真っ最中で大勢ファンが並んでいましたから、わたしも速攻でサイン券をゲット。

並びながら観察していると、その人の目を見て挨拶をしてからサインを書き始めるみたい。いろんな本に「律儀な人」と書いてあったけれど、本当なんだなぁ。
じぶんの番が来て、本当はたくさん話かけてみたいのに「ずっと応援していました。」の、たった一言しか言葉が出ませんでした。それでも「ありがとうございます。」と笑顔で優しく返してくれて、もう有頂天でした。

握手もお願いしました。
人柄が五体にもにじみ出ているような、ふっくらと柔らかい手。
厳しい勝負をしている時と同じ右手のはずなのに、そんな事はみじんも感じさせない暖かい血の通った人間の手。 (手を握ったまま)記念写真までお願いしてしまいました。(*^^*)
そのツーショット写真は、絶対誰にも見せたくありません(もったいない!もったいない!笑)。

サイン会を終えた瀬川さんが昼食のため席を立った時、ロビーで突っ立っていたわたしと目が合ったんです。そしたらね!な、なんとね!「あ、先ほどはどうも…。」と律儀に会釈してくれたんですよぉ〜〜〜〜!!もう感激で卒倒しそうでした。 将棋のイベントでは例えオバサンでも♀というだけで目立つだけなんですけどね…。(^^;ゞ(それくらい会場は男しかいないの。)

もちろん指導対局にも申し込みしました(動機が不純なので肝心のルールはうろ覚えのままだったけど^^;まぁ歩だけ動かしていればなんとかなるか…)。ところが希望者が多すぎて抽選になっちゃったんです。

←抽選を見守る瀬川さん。

結局外れてしまいました(号泣)。
でも、でも、自惚れかも知れませんけれど、抽選券を握りしめて祈るわたしの姿を、瀬川さんは2〜3回チラっと見てくれていたような…。(じぶんに都合良く思う事にしましょう)

憧れの人にこんなに早く会うことが出来たのは、とても嬉しいのですが、もしかしたらもう2度と会えないのかも知れません。
瀬川さんは東京の所属棋士。関西には滅多に対局に来ることがありません。
将棋まつりのゲストも、毎年同じ人が呼ばれる事は(タイトル保持者か高段者以外では)あまりないんです。
いや、いつかは会える日が再びあるかも知れませんね。でも…それはずっと遠い未来なような気が、どうしてもしてしまいます。
あんなに会いたかった瀬川さんなのに、もう会えないんだな…って思うと、張りつめていた気持ちが途切れてしまって、帰り道、涙ぐんでしまいました。

卒業式。憧れの先輩に何も言うことが出来ず、もう明日からは顔を見る事が出来ないし、奏でていた楽器の音も聴けない。 あの時の淋しい気持ちと全く一緒なんです。


でも、それでいいのでしょうね。

わたしが追いかけるのは瀬川さんじゃない。

わたしが追いかけるのは、じぶんの夢。

「諦めなければ夢は叶う」と説いた人にいつか、「諦めなかったので、夢が叶いました。」と、いつか、いつか、必ず報告するために。

何度も読んだ「泣き虫しょったんの奇跡」にサインをしていただきました。これは生涯の宝物です。


ありがとう瀬川さん。

お身体には気を付けて。
これからもがんばってくださいね!

いつまでも、いつまでも応援しています!!


2006年8月3日(木)
明日から長い夏休みです。(^^*ゞ
帰省+瀬川さんの追っかけで11連休。
「もう一生休んでいいよ。」と言われるかと思ったら、アッサリ許可されちゃった。
こういう所はさすが行政機関。休みをもらいやすいので助かります。
楽団に入ってから、転職する時の第一条件が「この仕事をやったとして練習に行けるか?」があって、終業が遅かったり土日出勤がある仕事を避けると(歳も歳だし)仕事がない。
最近ようやく業務に慣れて、データ入力しながら一人でも窓口がこなせるようになったし、ヤ●ザや怖い人達への対応もなかなか上手くなった。せっかくだから当分続けようと意欲も湧いてきた所です…。

2006年8月1日(火)
突然ですが将棋初段になりました。
←証明。連盟が発行する正真正銘本物の免状で名前も書いてあります。 和紙に一枚一枚手書きって所がすごいですね。
ただしこの免状、ブツの堅苦しさとは裏腹に実力を示すツールとしてはいい加減で、1度も勝った事がない初段なんてありえませんってねぇ(笑)。

ぶっちゃけて言うと、これは瀬川さん人気に乗っかった日本将棋連盟の集金事業なんです。
今限定でどんなに弱い人でも初段認定!
あの泣き虫しょったん瀬川晶司氏の直筆サインも入りました!非売品限定グッズも付けちゃいますよ〜!(ジャパネットたかた風)というキャンペーン企画。
実力もないくせに、こんな免状に何の意味があるの?と思われる事でしょう。

奨励会を卒業していない瀬川さんのプロ入りに対して、(将棋界内部で)快く思ってない人が少なくない事を知っていました。
わたしはこのキャンペーンにあえて乗る事で、「瀬川さんのプロ入りを支持します!」「挫折して、失敗して、一度は去っていった人間に対して再びチャンスを与えたのは間違いではなかった。」という意思表示を、社団法人日本将棋連盟に対して強くアピールしたかったのです。
そのためにはここで「瀬川さん…」と書いているだけじゃアピールが弱くて、瀬川さんガラミのイベントに乗って多少お金を使うこと。これが連盟(他の棋士)に訴える一番の方法だということを、感じ取っていたからなのでした。

勝った人間だけが上がる事が出来る。それが勝負の世界。
もちろんそれは正論。
でも…、挫折の涙を知っている人間が努力で這い上がってきたのなら、同じステージに上がっても良いじゃないですか! ね(^_-)-☆

フツーと違う道歩むって、何の世界でも大変なんだよなぁ〜って思います。
わたしもコルネット吹きとしてはアウトローだから、フツーじゃない経歴の人間が、フツー大多数の中に混じる時の微妙な感覚はわかるつもり。
瀬川さんはどうか知らないけれど、じぶんは(以前から続けている人に対しての)遠慮、負い目、引け目は結構強いです。

ま、その話は長くなるから別の機会にでもゆっくりと…。

名前を覚えてもらいたかったので、免状申請前に熱いファンレターを出していて、夢を語りまくってしまいました。(瀬川さんも読んでいて迷惑だったろうなぁ〜(笑))でも「貴女の夢もいつか叶いますように」ってチョッピリでも思いながら書いてくれたなら、嬉しいな♪

申請日は6月30日でしたが、書かれた日付は6月8日(わたしの誕生日)。
粋な計らいにグっときてしまいました。女はこんなサプライズにめっぽう弱い♪やっぱり素敵さ瀬川さん。(←もう絶対ヨン様ファン・氷川きよしファン・キムタクファンのおば様達を笑えないよな……^^;。)


2006年7月27日(木)
佐渡裕。本当にすごいマエストロです。
普段、世界の一流オケと仕事しているのに「蝶々グッズにサインするよ〜。」と気さくに盛り上げに参加されている。そして(終演後に並べば)本当に目の前でサインを頂けるのだ。写真も全然OK。バーンスタイン最後の愛弟子だというのに、この敷居の低さには驚くばかり。

公演が終わり今日の記念に指揮者のサインが欲しい。
そう思った時は警備員の目をくぐり抜け楽屋に突入するか、通用門でじ〜っと待つか。どちらかが相場。でも確実にもらえる保証はない。
でも佐渡裕氏は、自らサインペン持参でロビーに来てくださるのだ。
大きな仕事をしている人なのに全然偉ぶらない。こういう所がすごく好き。

今回買ったCDはこれ↓

選曲を見て、「あぁ、佐渡裕は本当に吹奏楽が好きなんだなぁ。」と嬉しくなりました。
この選曲は心の底から吹奏楽が好きな人にしか出来ない…。
日本の歴代マエストロと、佐渡氏との徹底的な違いは、 吹奏楽の指揮が出来るココがポイントだと思います。ただ形だけで振るんじゃなくて、本当に好きで、理解して指揮出来る人は(日本のプロ指揮者では)他にいないでしょう。
オーケストラと比べると、吹奏楽は音楽的に低く見られがちです。今まで巨匠と呼ばれるコンダクターで、吹奏楽を振っている姿を見たことは残念ながらありません。

わたしは決してブラス至上主義という訳ではないのですが、「○○(音楽ジャンル)と比べて、○○は劣る」。「オケと比べて、吹奏楽は劣る。」「ブラスと比べて…ナニナニは。」という音楽ジャンルの格付けって、なんだか『浅いよな〜』って感じがして仕方ありません。

佐渡裕氏には『佐渡ラー』と呼ばれる追っかけファンがついていて、当然シェナの演奏会にも追っかけて行く訳です。佐渡ラーさん達は純クラシックファンだったり、声楽畑の人だったり、吹奏楽と縁のない人が多く、そこで初めて「ブラス」に触れる人が珍しくありません。当然「シンフォニア・ノビリッシマ」とか「高度な技術への指標」などの"古典"も、彼らにとっては初めて聴く曲ばかりなのです。
そんなサドラーさん達が書いた、シェナのコンサートレポは面白いですよ。
吹奏楽に対する新鮮な感動とか、発見とか。わたしのように普段からドップリ吹奏楽に漬かっている人には絶対書けない、新鮮で率直な感想を書かれています。
これってすごいって思うんですよ。
ブラバンヲタクじゃない、全然知らない人に「吹奏楽聴いて面白かった!」って言わせるんですから。
それを心の底から愛している人が、熱いハートで演奏しているのが最高だ☆そこにドラマがあり、感動がある。ジャンルの違いなんて全然問題なし!ですよ。
このジャンルは高尚だ。あのジャンルは低レベルだ。なんてしたり顔の人。わたしに言わせれば、ちゃんちゃら可笑しい、あっはっっは☆です(笑)。願わくばわたしも早くシェナを生で聴いてみたい…。

世界のオケと仕事しても、いざ吹奏楽やる時には「ディスコキッド」。この徹底ぶりが好き(笑)。
きっと原体験となった中学の吹奏楽部で、いい仲間と出会い、忘れられない良い経験をたくさん詰んだのでしょう。
だからどんなに巨匠になろうと、いつまでも吹奏楽が好きなのでしょうね。
(レベルの差は大きいですが)わたしと一緒ですね(笑)。


2006年7月25日(火)
にしても、蝶々夫人のピンカートンは不実な男だ。

 ちょいと日本で結婚して、いずれアメリカで本当の結婚式を挙げるのさ。
 美しい蝶の羽は、傷つけてでも手に入れたい。

と朗々と歌いあげているのだから、全く…(-_-メ。
良識派の領事が「あの娘は本気だ。残酷な結果になるから考え直せ。」と何度忠告してもお構いなしのノーテンキな奴。 そんで花嫁の前では「可愛い。愛しい。」な〜んちゃって、愛のアリアで調子いいんだよな。

将来、この関係が残酷な運命になる。だから"今"がどんなに甘美でも黙って引く。それが本物の紳士。それを突っ切っちゃうてのは、最初から『それなりの関係でお願いしま〜す』ってコトなんだよね。
だけど蝶々さんは純情で、芸者といえども武士の娘だから男に対する免疫がないし、プライドも高い。純愛で信じて、信じて、信じ抜いて、待って、待って、待ち続けたから、芸術文化センター大ホールですすり泣き音がオーケストラよりも響いていた訳なんだけど。(^^;
それでも「蝶々さんの悲しむ顔は、とてもじゃないけど正視出来ないよ…。」って、最後に良心の呵責に苦しんでいたのがせめてもの救い。正妻に対面させて、子供を取り上げ、残酷に傷つけておきながら、タッタカしっぽ巻いて逃げて行く情けなさよ。(アメリカ人の正妻も、あの腰抜けには呆れたんじゃないか?^_^;) 名曲に乗せながらも実は人間のドロドロを描いている。これがまたオペラの魅力でもあるんだよなぁ〜。

ま、不実な男ってのは19世紀の長崎でなくても、アメリカ士官じゃなくても、その辺にゴロゴロ転がっているもので(苦笑)。おまけに男に対する免疫力がないのか、選ぶ眼力がないのか、そういうのにハマって残酷街道まっしぐらな女性は現代にもいる訳で…。


2006年7月23日(日)
兵庫県立芸術文化センター・オペラ『蝶々夫人』(佐渡裕指揮)本公演を見てきました。 あまりに大きすぎる感動で、言葉がありません。

蝶々さんが障子に張り付いて、寝ずにピンカートンの帰りを待ちわびるシーン。涙がこぼれて止まりませんでした。
大衆演劇や松竹じゃないんだから、オペラの最中でグズグズ泣いてはいけないかも…。と必死で泣くのを我慢していたのですが、大ホールにすすり泣きの声が響いていて、やっぱりここは泣いてもいい場面だなって、ちょっと安心しました。ホール中の観客にここまで感情移入させちゃうってすごい!
日本人だからこそ表現出来る繊細な世界を、思いっきり見せつけられた思いです。怖い物見たさで外国人演出家の「蝶々夫人」も一度は見てみたいですね。きっと今日と比較してゲテモノにしか見えないかもね。
"坊や"に別れを告げる惜別のアリアの迫力もすごかった。もうすぐ自決すると知りながらも平常を装い、最後まで蝶々を敬うスズキの態度。なにもかもが素晴らしくて泣けました。
この作品について「アメリカ軍人に弄ばれる現地妻の悲哀」程度の認識だったのが恥ずかしい。これは究極の純愛物語です!! 超有名なアリア「ある晴れた日に」にこんな意味があったなんて知らなかった…。もうダメ。完全ノックアウト。

すごい…。本当にすごい物を見てしまった。
こんなすごい物を見てしまったら、もう安っぽい(←値段じゃなくて、奏者の魂がこもってないという意味です)公演など行けなくなってしまいそう。歳取ったら芸術鑑賞は量より質を追求したいです。
チケット代12,000円なんて全然惜しくないですね。一流の生演奏+こだわりの演出+美しい舞台美術。この感動と引き替えるのなら、むしろ安いくらいです。千秋楽だけあってカーテンコールの盛り上がりも最高潮でした。あぁオペラにはまっちゃいそうそうだよぉ。(オペラ貧乏(爆))

ロングランで疲れていらっしゃるでしょうに、終演後にはマエストロ佐渡裕先生のサイン会。
いつもファンを大切にしてくださって嬉しい限りです。今回はロビーで買ったシェナのCDにサインしていただきました。早く芸文でシェナも聴きたいですぅ〜〜♪


2006年7月22日(土)
紅茶研究家 磯淵猛氏の紅茶セミナーに行ってきました。

14〜5年程前、氏が経営する紅茶専門店"ディンブラ"の常連客でした。
鎌倉駅近くにあった、紅茶の美味しい小さなお店。
マスターの磯淵氏と私的な会話は一度もしたことがなく、『良く来る客』くらいの認識は持って頂けているか?程度の関係。
(結婚で関西に移り住むため)最後の紅茶を飲みに行った日、記念に店で使っていた白いティーポットを買いました。ボーンチャイナの高級品で当時5千円くらいだったでしょうか。そして赤い薔薇の花束をお別れに置いてきました。その薔薇は寿退職するじぶんのために職場でプレゼントされたものでした。

その後"ディンブラ"に行った夢を見たこともあります。
紅茶が飲みたい…というより、横浜に帰りたかったんでしょうね、その時のじぶんは。
関西になかなか馴染めなくて淋しかったのだと思います。

1ヶ月程前、あの頃が無性に懐かしくなって"ディンブラ"で検索してみたら、キリンビバレッジ『午後の紅茶』の招待で大阪でセミナーをやるとのこと。 わたしのことは覚えていないでしょうが、「今でもティーポットは大切に使っています。」って一言話してみたい。もう一度マスターに会ってみたい。強い衝動にかられ抽選に申し込みました。

今日14年ぶり(?)に磯淵氏にお会いして「あ!どこかでお会いしたことありましたよね!」瞬時に言われたのには驚きました。わたしも20代の頃と比べてだいぶ劣化しましたが、まだ面影は残っていたのかな…(笑)。じぶんの事を覚えていてくれてるって本当に嬉しいものですね。以前は何度も(店で)会っていたのに、私的な会話を交したのは今日が初めてでした。
別れ際「ハッキリ思い出しましたよ。いつもお一人でいらしていましたよね。」って。
そう、一人で紅茶をいただく時間は、あの時のじぶんにとって最大のぜいたくだったのです。

大好きだったミルクティーのように、ほかほか暖かく、ほんのり甘い後味が残る再会でした。 次にお会い出来るのはまた14年後かなぁ…。次も思い出していただけるように、あまり劣化しないよう気を付けなければいけないですね(笑)。


2006年7月20日(木)
その瀬川晶司さんが週刊誌で提唱しているのが『恋愛感想戦』。
『感想戦』= 終わったばかりの勝負を両者で検討し、反省を糧にする儀式なんですね。日曜日の正午ちょっと前にNHK教育テレビでそのシーンが見られます。
これを恋愛にも導入しましょうって。面白い発想だけどかなり無理があるなぁ(笑)。

・優勢を意識したのは何回目のデートからでしたか?
・あの局面で"指輪"という勝負に出るべきだったでしょうか?
・口説きのタイミング。読みが甘過ぎません?あの場面で一気に形勢逆転しましたね。
・ブランドバック・時計・アクセサリーの大駒飛び交う空中戦でした。

とかやるんでしょうか(^_^;
NHK教育みたいに、無表情+ボソボソと低い声で。
恋愛感想戦…。せっかくの提唱ですが"対局者"同士でやるのは、まず無理筋ってところでしよう。 恋愛の結末ってーのは、修羅場か、フェードアウトか、腐れ縁ってのが定跡です。 ただ、上手く行かなかった物事の原因を冷静に検討するのは、恋愛や将棋に限らず有意義な行為ですよね。ま、恋の場合は「一人感想戦」ということでね(笑)。


2006年7月18日(火)
今年の近鉄将棋まつり(8/14・近鉄百貨店)に、先週のアンビリーバボーに出ていた瀬川晶司さんが来る事を知ってしまった…。
前日に北海道から帰ってくる予定で、月曜日から出勤しようと思っていたのですが(うちの職場にお盆休みはありません)、もうダメ。絶対仕事どころじゃない。休み過ぎでクビになってもいいから欠勤します。

瀬川さんに会える
マエストロ佐渡裕の追っかけもあるし、瀬川さんも追っかけなきゃなんないし、世の中イイ男が多くて忙しいなー。 『夢』をつかみ取り、奇跡をもぎ取った(将棋を指した)右手で、握手してもうのが楽しみです。
ご利益ありそう。あやかれそう。わたしの夢も叶いそう(笑)。
何を着ていこうかな。新しいワンピースでも買おうかな(笑)。
とりあえず指導対局にエントリーするために、昨日『東大将棋』をインストールして、詰将棋を20問くらい練習しておきました。瀬川さんの前に30分くらい座っていられるための練習ですが、なんと!駒の動かし方をほとんど忘れていました(爆)。これはさすがにヤバイかも。さ、将棋!将棋!将棋の勉強だっ☆動機があまりに不純だけど(^^;ゞ。
今日はコルネットのレッスンもがんばりましたー


2006年7月14日(金)
明日より兵庫県立芸術文化センターにて、佐渡裕芸術監督プロデュース オペラ『蝶々夫人』が開幕します。それに先立ち「直前ワークショップ〜舞台裏〜」が開催されました。
参加費無料でバックステージツアーまでついているという、超大サービス企画。ものすごい数の応募があり、当選するのは奇跡ともいえる低確立だったそう(事務局談)。それでも見事当たりを引くことが出来ました。応募ハガキに熱いメッセージいっぱい書いた成果かな♪それともわたしには『音楽の神様』がついているのかしら…♪

演出家をはじめ、舞台設計、照明、衣装の責任者から裏話や、コダワリ箇所などのトーク。質問コーナーも充実して、素人の質問にひとつひとつ丁寧に答えてくれたのが嬉しかった。
告知には一切書かれていませんでしたが(でも密かに期待していた)、佐渡裕先生も飛び入り参加してくださり、大感激☆。
興味深かった話として、「プッチーニは蝶々さんの結婚式シーンで(仏壇の)鐘をステージ上で鳴らせと指示している。西洋人の日本観なのだろうけれど、日本人としてはその鐘を(結婚式で)鳴らす事はどうしても出来ない。今まで外国人演出家と"蝶々夫人"を演るたびに、何度そのシーンでケンカしたことか。」
打楽器の指定にも(日本人にとって)おかしいと思う箇所がいくつかあり、マエストロ佐渡裕は今回の公演では日本人だからこそ出せる「色」にこだわりたい、と力説されていました。

バックステージツアーでは、セットを組んだ後のステージに立たせてもらうことが出来ました。
あぁ…。ついに立ってしまった芸文センターの大ホールのステージ。
せっかくの機会なので前に出て、遠慮なくライトを浴びてみる。
なんて気持ちいいの?もぅ〜〜〜〜〜最高な気分だよ!!!
オペラ対応ホールだけあってステージよりも、舞台裏の方がず〜っと広かったです。
ワイングラスや扇子など、オペラで使用する小道具もスタンバイされていて、いつでも本番が始められるように完璧なセッティングでした。

とても貴重な体験をさせてもらいました。もちろん本公演のチケットも入手済み。今回は作り手の『想い』に触れることが出来て、ますます本番が楽しみになりました。
今日、強く思ったこと。
わたしはこのステージで演奏する。
どんな手段を使ってでも実現させる夢。絶対このステージに「演奏者」として乗ってみせる…。

2006年7月9日(日)
河原やカラオケ屋で吹けても、合奏でことごとく外してしまうと悔しい。

カラオケで出来たって、出来たウチに入らないんだよ。
所詮あんたの実力なんて、その程度の低〜〜〜〜〜いレベルなの。
ざまーみろ。ちぃー、この下手くそ。

もう一人のじぶんが、心の底でケタケタとあざ笑っている。
じぶん自身への苛立ち。口惜しさのあまり細胞が破壊しそう。口惜しさで卒倒しそう。
スーパーに買い物に行って、急に思い出して「う゛ぅ〜〜〜〜」と低い声で唸ってしまったら、他人に「この人…危ない(@_@;;」って目で見られ避けられてしまった(当然ですね、十分危ないです)。
まぁ、ここまで口惜しさを感じられるということは、ソレナリに向上心がある証拠でもあるので、あまり凹みを引きずらず、ポジティブに行かなければ…(←じぶんがダメになりそう^-^;)。

初代師匠が言っていた「一番調子が悪い時が、その人の本当の実力。」という言葉を、謙虚に受け止めたいと思います。はーーーーっ。_| ̄|○ ガックシ


2006年7月7日(金)
時々いろんな方法で検索かけてネット上をパトロールしているんですけど、やっぱり見つけてしまった変なサイト。
わたしのページからコピペしまくって、じぶんのサイトに掲載しているやつ。(-_-;
画像に直リンク貼っていたらファイル名変えるのに、しっかり自サーバーに取り込んであるから手も足も出ない。 更に他人が作った作品を、わたしの作品として紹介している。(-_-; 本当の作者が見たら不快でひっくり返るだろうから、やめていただきたいよなぁ。
こういうイカレたサイトの共通点として、連絡先が不明ってこと。メールアドレスがどこにも書かれていない。 もう放っておくしかないから、見なかった事にして記憶から抹消するしかないね。
「みどりぱんは独特の世界有りますね」 と、一応褒め言葉が添えてあったから、とりあえず許す・・・・・か(苦笑)。でも「横浜物語」は別の人の作品だし、わたしが作ったのには名前書いてないじゃないか〜。ホント頼むよ〜。パクるならパクるでちゃんとやってよ〜。

2006年7月4日(火)
某サッカー選手の潔すぎる『引き際』が話題ですが、わたしも『引き際』見苦しい真似だけはしたくないと常々思っています。集団プレイの足をひっぱるのはツライですからね。

しかしながら余力を残して引退する気持ちも更々ありません。「彼は汚れたくなかっただけ。"もう引っ込め!"と罵声を浴びて尚続ける根性見せるくらいじゃなければ(例えば清原?)本物じゃない。」という意見の方に、どちらかといえば同調できるわたしです。

某サッカー選手とじぶんの共通点は、引退の時が来たら「人生は旅だ。旅とは人生だ。」とか言いながら、超長文の独りよがりメッセージをWebサイトに残すのだろうな…という事です(笑)。


2006年7月3日(月)
昼休みにコルネットの練習をする行為が、良く思われてない(当然だよな〜f^▽^;)。
正門・門番の目に「いい加減にしろよ…。」と書いてある(声に出しては言われない)。
でも、ここに流れ着いてくるまでの屋外練習では、わたしだってそれなりの修羅場をくぐってきている。 お巡りさんの事情聴取、ホームレスとの闘争、わいせつおじさんの嫌がらせ、金の無心、写真撮影などなど、書ききれない程嫌な思いをいっぱいしてきているから、いまさら門番のニラミなどヘーとも思わないんだよ、ごめんね。

でも、練習はやってるつもりなんだけど、あまり上手くならないし、なんか疲れたな〜。
停滞期が長くて煮詰まってきたかな。夏バテかな。精神的に焦るだけでさっぱりだな。疲れたな〜。明日のレッスンでは渇と気合いをタップリ入れてもらおうかな。


2006年7月2日(日)
そんなロングヘア嫌いなわたしも、若気の至りで「ロングソバージュ」に挑戦したことがあります。(バブルの頃。流行っていたんだよなぁ。)
"男性の目"を意識しまくって、じぶんを高く見せよう、"売ろう"と必死だった20代の頃。
無理にクリニークの化粧品使って、無理にベネトンのTシャツ着て、無理にハイヒールはいて、無理にダイエットして。どれも本当は全然好きじゃないのに、男のためにじぶんを殺したバカな時代。

そういえば、もう長いこと『男の視線』なんてのは意識したことがないです。全くない。(←ここまで断言してしまっていいものか(笑)) これって「オバサン街道まっしぐら」行く人の典型なんだろうけど、「ナチュラル」ってコトでもあるんだよね。自然体で生きてる証拠。今の方が断然好き。


2006年7月1日(土)
背中まで伸びていた髪をバッサリ切ったら気分スッキリ爽快。
"ロングヘア"という柄じゃないので切りたくてたまらなかったです。しかし「美容室に行くと休日が半日つぶれる(縮毛矯正&馴染みの店が遠いから)その時間で練習したい」という偏った理由で(笑)、主義に反して伸ばしまくっていたのでした。1年間放ったらかしで限界超の耐えられない長さ。さすがの"ものぐさ"もついに重い腰が上がったという訳なのです。
切られて床に散らばった長い髪を見るのは、なぜかしら快感でした

2006年6月30日(金)
VIVA!BRASS♪→[コンサート]に 「第46回3000人の吹奏楽〜ドームに集うオンリーワン〜」を追加しました。

2006年6月22日(木)
豊島の響 酒井正幸氏がお亡くなりになりました。
吹奏楽連盟の理事長というカタイ肩書きよりも、永遠の「豊島十中の先生」がお似合い。…そんな気がします。
「歌劇イーゴリ公よりダッタン人の踊り」(昭和50年)が特に好きでした。この演奏にはミスが多かったのですけれど、オケ風の表現にチャレンジして雰囲気が良かったです(当然レコードも持ってました)。
吹奏楽講習会で旭川にお越しになると知った時は、そりゃ興奮したものですよ。確かわたしが旭川に住んでいる間に2回来旭され、もちろん2回とも行きました。クリニックのモデルバンドがうらやましかったっけなぁ。なんであそこで吹くのがじぶんじゃないの?ってマジ思ってました(笑)。
「音の出だしを揃える方法がある!」と口を酸っぱくして力説され、揃わないと何度でもやり直しさせていた熱血指導が忘れられません。その時覚えた"おまじない"は、時々思い出して実践しています。
あの当時(昭和40〜50年代)は、指導の先生によってサウンドがハッキリ違っていました。
酒井先生を筆頭に、得津武史先生の音。山形正法先生の音。鈴木竹男先生の音。みんな違う。演奏を聴けばその先生の音楽感・人生感が透けて見えてくるほどに個性的でした。コンクールが面白い良い時代でした。
昭和の巨匠が次々といなくなってしまう…。とても、とても淋しいです。
今夜はこのCDを聴きながら追悼したいと思います。-合掌-



| ホームページトップ | 過去のものぐさ日記 |