| 日本の吹奏楽の父、鈴木竹男先生が逝く。
寂しい。心から。
1ヶ月前のひな祭りの日、先生が療養されている病院名を偶然にも知った。
先生へ心を込めた"ファンレター"を捧げようと決意した。
本名で。どこの楽団で何のパートをやっているか。演奏の感想などを一生懸命に書いた。
一度も会ったことがない人間が、突然『見舞い』に行くなど失礼な事は出来ない。
だから看護婦さんから渡してもらおうと思った。
駅前の花屋さんでピンクのチューリップを買った。
病院の廊下を歩いていて、寂しさがこみ上げてくる。
阪急の追っかけ、鈴木先生の追っかけ、本当に楽しかった。
「コンサートレポート」に残しているのは一部分なのだ。
本当はもっとたくさん追っかけている。
産業音楽祭のフェスティバルホール、客席はガラガラだったけど。
「みどり会」の企業ジョイントステージで。
大阪城野外音楽堂のスプリングコンサートで。
追っかけた、追っかけまくった熱い日々。本当に楽しかった。
病院の廊下を歩いていて思う。
「これが最後の追っかけなのか?」と思うと胸がはりさけそうだった。
看護婦さんに手紙と花かごを「先生に渡してください」とお願いすると、「じぶんで渡して。」と言われた。
そんな失礼な事は絶対に出来ない。しちゃいけない。
看護婦さんから渡して欲しいと懇願した。
見舞いに来たのに会いたくないのか?嫌なのか?と不審な目で見られる。
「一度も会った事がないのになぜ見舞いに?」の理由、昭和56年の吹奏楽コンクール全国大会で・・・など、長い話を看護婦さんにしても
わかってもらいにくいかも知れない。
泣きそうなわたしの顔を見て、「渡してあげるから。」と引き受けてくれた。
頭を下げて病院を後にした。
その晩は眠れなかった。
鈴木先生、一度でいいからお話してみたかったです。
せめて、手紙で、じぶんの気持ちを伝えておかなければ一生後悔する。
そう思って書いたメッセージでした。
きっと先生は読んでくださったはず。
そう信じています。
先生へ抱いていた想いは手紙で全て伝えたので、ここには何も書きません。
先生の直接の教え子ではないですが、教え子さんたちの演奏を聴いて今も学んでいます。
だから『間接的教え子』でいいですよね。
あつかましいお願いですが、わたしがステージで演奏する時にも どうか見守っていてくださいね。
天国の花園が安らかならんことをお祈りいたします。
--- 合掌 ---
「3000人の吹奏楽」でタクトを振る、在りし日の鈴木竹男先生の御姿
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