26日金曜夜9時前、京都駅1番ホームにはFWELLの関西勢8名(NAMI、ホロホロ鳥、ランパパ、翔太、鳴海、まるいち、みゃお、私)が集まり、京都より寝台特急・日本海3号で一路秋田を目指す。このホームには高田さんの応援のため、秋田に行く山崎さんもいた。列車では持ち込みの酒、つまみで小宴会、時間が経つのも忘れてしまう。松テツ、成田さんも入り、みんなで宴会。
何度も注意されながら12時迄呑んだ。
12時間後の8時40分、秋田に到着。秋田新幹線・こまちまでの時間が1時間半もあるので駅ビルでバイキング朝食をとり、こまちには10時27分に乗り、角館には11時12分に到着。噂通り小雨が降っていた。取りあえず、宿泊する「大宮旅館」に荷物を預け、向かいのスーパーで翌日の朝食やジュースなどを買い出し。雨は更にひどくなるが、取りあえず昼食。蔵を模様替えした「いなほ」で天ぷら稲庭うどんを注文。なかなか美味しかった。
再び、雨の中を受付の「角館広域交流センター」に向かうとUMMLやFWELL関東のメンバーがたむろしていたので挨拶する。UMMLでは仙台の阿部さん、新潟の荒木さん兄弟、つくばの青山さん、凄い実績のある宇都宮の原さんとお会いできた。受付を済ませ、
まもなくすると開会式。選手宣誓は静岡の高木さんの後輩嬢だ。今まで聞いたことのないほどの素晴らしい宣誓だった。前夜祭ではオードブルがあっという間に無くなったので、そばを3杯いただいた。
FWELL前夜祭オフのため、前夜祭は途中で抜けだし、「むら咲」へ移動。25人のFWELLerが集まり盛況に終わる。しかし、みんな明日のことを考え、呑み控えていた。宿に帰ってから、トランジットに置く荷物のチェック。野辺山と違い、中間のみなので楽だ。
当日は2時30分に起き、朝食を取って、4時前にスタート点に向かう。3時半頃にはかなりの雨だったが、今は星は出ている。
オンザゴー、VAAMを飲み、ケアのため、チタンテープを足首、膝、太股等に数十個、左膝にはキネシオテープを貼り、長袖、ランパン、そして今回初めて着る“FWELL”のランシャツを重ね着して準備万端。シューズはNIKEエアスカイロンTCを用意。
いつ雨が降るかわからないような天気の中で午前5時一斉スタート。この時、雨は上がっていた。薄暗がりの中、前の方からPICO、鳴海、翔太と共に走り出すが、すぐにバラバラになる。角館のメイン通りから宿泊していた大宮旅館の前を過ぎ、国道46号線に。間もなく国道105号線と合流。暫くするとまつごろう、うんのんのに抜かれる。5kmラップは33分55秒と遅すぎるので少しペースアップしようとするが、なかなか上がらない。歩道脇にオレンジの花が咲き乱れるフラワーロードを北に走りながら、左手に見える虹にも目を向ける。家並みが続くところで、腰を折り曲げたお年寄りが歩道に身を乗り出し応援してくれていた。本当に有り難いことだ。8km辺りの上りで「クニでーす」とクニさんに声を掛けられ抜かれる。追い掛けようとするが、一気に差は広がる。
10kmを過ぎるとエイドがあり、後半を考え、おにぎり・ドリンク・フルーツ・水を確実に取って行く。この形は最後まで変わらなかった。15kmを越えると漸く6分/kmペースになった。5kmを越えてからは小刻みなアップダウンを繰り返しながら、上って行く感じだ。しかし、ペースは安定している。天候は晴れていると思うと、小雨が降り出す、そんな感じの繰り返しだ。25〜30kmで右手を秋田内陸鉄道が通過し、手を振って声援に応える。ペースは6分/kmで相変わらず安定。途中で距離を考えながら、エイドでアミノバイタルを補給する。
34kmくらいからは上りになる。雨が強く降り出し、少し寒く感じ始める。長袖は正解だった。歩いているランナーを尻目にトンネルを越えると41km。大覚野峠は終わった。長い上りも殆どペースダウンせずクリア。一気の下りに入るが押さえながら走る。橋の部分を中心にかなり路面が剥がされている感じで、膝への衝撃が大きい。そんな中、42.195kmは4時間23分54秒で通過。
43.95kmエイドでは50km組の応援を受けた。スプレーを足にかけて貰っているところでのりちゃんの「農人さ−ん」にびっくり。応援があると余計に頑張れる。幾つかのトンネルを越えると間もなく49.65kmのトランジット。袖の着けられる半袖とランパン、靴下の着替えとシューズはシマントSRに交換。オンザゴー、VAAMを飲みスタート。着替えは6分程だった。またまた、のりちゃんの声援を受け50kmを通過。タイムは5時間14分15秒と予想を上回っている。
暑さを感じる反面、影に入ると肌寒く上腕部が冷えるので持っていた袖を着けようとするが、ひとりではなかなか着けられない。止まっても着けられない。人に着けて貰うしかない、と思い応援の女性に着けて貰う。御礼を言い快調に先を目指す。55.5kmの笑内エイドでは演歌が流れていた。58km辺りで国道105号線から離れ、一旦林道に入る。60kmを越えてから再び国道に戻る。ここは左手一面が田園で稲刈りの姿が目につく。61.5kmで鳴海さんに追い着き、声を掛け、先を急ぐ。フルでは負けている鳴海さんではあるが、初100kmは流石に苦しそう。経験の差か?。阿仁トンネル手前で左に折れ、阿仁合の街へ進むと盛大な歓迎を受ける。64.9kmの阿仁町役場前ではボランティアの方と談笑する。65kmを越え、間もなく「北緯40°ゲート」を潜ったところで写真を撮って貰う。
70km以降も快調に走れている。しかし、予定していなかった右の太股と右脹ら脛が張り出す。エイドで止まるとパンパンだ。30kmくらいからはエイドではエアーサロンパスをずっと塗布して貰っていた。71kmでだぐらすさんに追い着くと「リタイヤ寸前だ」と言われていた。私のペースも少し落ち始める。
75〜85kmは本当に苦しかった。風が冷たくなり、この辺りからポリ容器の水を飲んで前に進もうとすると右足が攣り、20mほど走ると元に戻る。これの繰り返しだ。この後、ポリ容器水を使った場合、前屈みになるので必ずこれが起こった。77.15kmでは持参のファイテンインクリームをたっぷり塗り、後半に備える。81.6kmでは張りが辛抱できず、ボランティアの方にマッサージをお願いする。しかし、80kmは8時間20分と富士五湖ゴールより30分以上速い。いい感じだ。
平坦で変化のない、しかも歩道は路面が悪い状態が続く。左手は田園で単調。冷たい向かい風が更に苦しくする。立ち止まる場面もあった。「ここを乗り切らなくては・・」と必死で前の一点を見て頑張る。田園風景が終わり、89kmからは急な上りに差し掛かるが、最大の苦しみを越え、気分良く上り切れた。90kmは9時間34分とペースダウンしているが、エイドでのボランティアの方々との会話も楽しい。
残り9kmからはカウントダウンが始まる。前後の人が遠ざかって行く。90〜93kmの上りも無理なく走れ、今度は綺麗に舗装された下りの道路が大館能代空港地下道へと続く。95kmは地下道内だった。後5kmだ。地下道を越え、下りが続く中、「あと4km、ゴールはあそこに見える街です」とスタッフが指示してくれた。96.80kmの最後のエイドではテーピングとチタンテープを全部剥がす。
鷹巣橋への曲がり角が見え、左折する。天気は小雨から一気に土砂降りに変わる。鷹巣商店街が見えて来ると、マイクで「277」の大きな声。間もなく「ゼッケン277、滋賀の大平さん、商店街に入って来られました」のアナウンス。盛大な応援を受けながら、屋根のある歩道を進むと駅前で右折の指示があった。後100m、大太鼓の音が響く中、ラストスパート。左折し、ゴールゲートではジャンプしてテープを切った。時刻は15時44分。
タイムは10時間44分12秒と余りにも順調に走れ過ぎた。一度もコース上では歩かなかった。いや、歩きたいところもあったが我慢できた。苦しかったが、今までのウルトラとはひと味違う、全てがうまくいき過ぎた感が強い。ウルトラではいつも思う「ウルトラはこれで最後にしよう」が今回はなかった。
不思議と順調に行けたことが疲れも最小限に食い止められたようだ。NAMI、PICO、桃太郎、shirubeに迎えてもらう。今回、用意したものはスタートと着替えでオンザゴーとVAAM。走っている途中は消化の良いカーボショッツ、筋肉痛防止にアミノバイタルを数本飲んだおかげとドライの長袖シャツで通したことではないか。長袖の効果を確認できた大会でもあった。
雨は降ったり、止んだりだ。風呂に入り、後夜祭会場の「鷹巣阿仁広域交流センター」の2階畳の部屋で横になる。高田さんと山崎さんがいた。高田さんは50kmでリタイヤと言われていた。彼には酷だが、50kmくらいでもっとスピードを上げて走れるようにならないと、完走どころか、中間点通過さえ難しいだろう。FWELLのメンバーが陣取っていたので輪に入る。完走した者が握手で迎えられ、輪が広がる。
9時頃まで後夜祭を楽しんだ後、鷹ノ巣発21時13分の寝台特急・日本海4号で帰路に着く。80kmリタイヤのみゃおさんが気の毒だった。翌朝9時20分に京都到着。
「第9回北緯40°秋田内陸リゾートカップ100キロチャレンジマラソン」はこうして終わった。2年前に初めて100kmに挑戦し、50km以上は6回目になる。今年は秋田のためにトレーニングして来た。力のない者が走り切るにはトレーニングしかない。その成果が出た大会だと思う。しかし、この結果に驕ることなく精進を続けないと・・。
2年前の野辺山のことが思い出される。馬越峠を歩きながら、真っ直ぐ向いて下ることさえ出来なかった悔しさ、カニ歩きで70kmにたどり着きリタイヤ宣言したあの日。あの日が原点であったことは今も変わりない。野辺山がウルトラの原点で、秋田はその成果を出せた通過点。以前、ウルトラを走る前はボランティアの方のことなんか、何も考えなかったが、我々参加者は主催者は勿論、ボランティアや沿道で応援してくださる方のおかげで走れていることを今は痛感する。御礼を言い、手を振り、頭を下げ、そしてエイドでは会話を楽しめた。やっぱりウルトラマラソンはいつまでも気持ちの高まりと深さ、そして感動を持続させてくれる競技だ。
Lap Split
Startロス 00:36
0:00:36
5km
33:55 0:34:31 6分/km予定、しかしペース上がらず
10km
31:46 1:06:17 この間にクニさんに抜かれる(8km)
15km
31:43 1:38:00
20km
30:43 2:08:43 漸く6分/kmに
25km
29:42 2:38:25
30km
30:14 3:08:39 秋田内陸鉄道とすれ違い、手を振る
35km
30:19 3:38:58 雨がひどくなる
40km
31:24 4:10:22 大覚野峠手前から雨足強くなり、寒く感じる
45km
30:28 4:40:50 下りは工事の影響で路面がかなり悪い
50km
33:25 5:14:15 着替え後に青山さんの奥さんを見つける
55km
27:39 5:41:54 ペースが上がる
60km
30:35 6:12:29
65km
29:14 6:41:43 鳴海さんを抜かす(61.5km)
70km
33:06 7:14:49 距離は判らないが「北緯40°ゲート」くぐる
75km
29:56 7:44:45 右足太股、脹ら脛硬直し始める
80km
35:34 8:20:19
85km
37:29 8:57:48 平坦な農村地帯、向かい風が冷たく一番苦しかった
90km
36:46 9:34:34 坂もなんのその、苦しいながらも一時ほどでなくなる
95km
35:27 10:10:01 上りを終え、下りに
Goal 34:11 10:44:12 残り2kmから土砂降り、鷹巣商店街で温かい声援を受けてゴール
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