「白いMS・・・か。」
 若菜や晶が、護のために作らせたMS。
 それを見上げながら、るりかは一つ、ため息を吐いた。
 そこには様々な、想いがある。
 白いMSというだけなら、護の伯父、シン・マツナガが一年戦争の頃駆っていたMSもそうであるから、その意味だけで言えば、この機体は護にふさわしいとも言えた。
 が、シン・マツナガの乗っていた機体はザクであり、眼前にあるこの機体は、それとは似ても似つかない。
 重装甲のそのボディは、同じジオン系の"ドム"に似た形状をしていたが、その上についた頭部は、明らかに連邦系のMSのそれであった。
 それも、多くのジオン国民にとって、忌まわしいだけの記憶を与えるもの。
 "ガンダム"。
 二つの瞳、まるでアニメに出てくるスーパーロボットのようなV字方のアンテナ。
 それらの記号と、全身に施された白と青の塗装は明らかにその名を連想させる。
 いや、現にこの機体はそう呼ばれていた。
 正式な名称はまだ決まってはいなかったが、一部では"γガンダム"と、そう呼ばれていたのである。
 『ガンダム・・・か。』
 その名が護にとって複雑なものであることは、多分若菜や晶もわかっているはずである。
 が、一部のものがそう呼んでいるだけに過ぎなければ、ようはそれを護に伝えなければいいだけの話だ。
 大体形状こそガンダムに似通っていても、中身は明らかにジオン系の技術によって作られている。
 その技術をもたらしてくれたのが、かの"赤い彗星"であるといわれれば、護にとって多少の救いになるかもしれないだろう。
 結局のところ複雑なのは護に関するところではなく、るりか自身にあるのだ。
 その複雑な想いを、だが晶も若菜も知ってはいない。

















第九話 『白いMS』





 るりかが生まれ育ったサイド6は、大戦中唯一の中立地帯として存在し、そのため戦火を免れていた。
 そんなるりかにとって戦争など対岸の火事でしかないし、若菜や晶にしても、るりかにとっての戦争はその程度のものでしかないという認識があった。
 そうであればガンダムやザクなんていうものは、男の子ならまだしも女の子にとってさして興味を引かれるものではない。
 どちらかといえばるりかは男の子っぽい面もあったから、普通の女の子よりも興味を引かれる面はあったであろうが、そうならそうで、良くあちがちな兵器というものに対する憧れのようなレベルでしかない。
 そこに、複雑な思いなどは、本来生まれうるはずもないのだ。
 だから、ことこの件に関して、若菜も晶も特にるりかに気遣いをするようなことはなかった。
 その認識は、間違ってはいない。
 終戦間際の、あの日のことさえ、なければ。
 偶然、るりかはその光景を目にしてしまった。
 日常生活の中に突然飛び込んできた、その情景。
 ジオンのザクが、見たこともない連邦のMSと戦っていた。
 その白いMSが、ガンダムという名であったことをるりかが知ったのは、戦後のことである。
 ザクの持つ灼熱の斧と、ガンダムの光の剣が、彼女の眼前−無論ほんとに間近で見たわけではないのだが、少なくともその時の彼女にはそう思えた−で幾度も交差した。
 そして何回かの激しい打ち合いの末に、終焉は唐突に訪れた。
 ザクのヒートホークがガンダムの首を飛ばし、その同じ瞬間、ガンダムのビームサーベルがザクの胸を貫いた。
 そこに、コクピットがあることを、不幸なことにるりかは知っていた。
 ザクのパイロットは即死だったろう。
 ビームサーベルに、焼かれて。
 その光景を、るりかは想像してしまった。
 それだけでも、るりかの心にトラウマを残すのには十分すぎる出来事であったのだが、更に後日、るりかに追い討ちをかける出来事が起きた。
 その戦いの、真相を知ってしまったからである。
 当時るりかには、一つ年下の親友と呼べる一人の少女がいた。
 そしてその少女には、密かに想いを寄せている少年がいた。
 小学生の時分であるから、そんな思いを素直に表現できず、いつもいつも二人は言い合いをしているような、そんな仲であったが、少なくともるりかは少女の想いを知っていた。
 るりかにとっても、そしてその少女にとっても衝撃的な出来事を、彼女たちが知らされたのは、戦争が終わってからしばらくしてからのことである。  終戦直後、学校が再会したその日のこと、終戦を告げる校長先生の話の途中、その少年は突如として涙を流し始めた。
 その涙の意味を、その時は知るものはまだ誰もいない。
心配して駆け寄ったるりかや少女にも、先生にも、親友たちににも、少年は堅く口を閉ざし、何も語ってはくれなかった。その時には。
 そしてるりかと少女の胸に、一抹の不安だけを残し、しばしの時が流れた。






§






 宇宙世紀0081、4月。
 いつしか少年と少女は−あいかわず言い合いをするその姿に変わりはなかったものの−恋人、とまではまだまだ言えないものの、どこかそれに近いような関係になっていた。
 「いいなあ。」
 そんな光景を見詰めながら呟くるりかであったが、だがそんな彼女の視線の先にも、一人の少年の姿があった。
 「なに言ってるのよ。るりかちゃんにだって。ラティオくんって言ったっけ?ちゃんとお相手がいるじゃないの。」
 そんなるりかの後ろから話し掛けてきたのは、るりかの家の近所に住む一人の女性。
 幼い頃からるりかが姉のように慕ってきた女性でもあった。
 「そ、そういうクリスにだって、前にいなかったっけ?金髪の、優しそうな人。あれ見た時うちの兄貴ったら・・・」
 るりかの双子の兄、昌宏がクリスと呼んだこの女性に対して淡い恋心を抱いていたのは、誰もが知っていることであった。
 もっとも、年の違いを考えれば、それがかなわぬ想いであるのは明白であったが。
 そんなことを考えてか、クリスと呼ばれた女性−クリスチーナ・マッケンジー−は苦笑いを浮かべながらるりかにこう返した。
 「そうね・・・そういう人も、いたんだけどね・・・どうしているのかな、バーニィ・・・」
 そんな呟きを、るりかの他に耳にした人間が、いた。
 件の少年と少女である。
 そして、クリスの口から出たその名は、少年の表情を歪ませた。
 一年戦争の終戦間際、クリスはバーニィ、バーナード・ワイズマンという一人の青年と出会い、お互いに淡い恋心のようなものを抱き合っていた。
 そしてその出会いに、この少年−アルフレッド・イズルハ−は深く関わっていた。
 というより、クリスが紹介されたバーニィは、そもそもあるの腹違いの兄ということであった。
 明らかに、それ以外にも何かを隠している風の二人の態度に、薄薄それが嘘であるとクリスも感づいてはいたのだが、それをあえて追及することはしなかった。
 が、あれから1年以上も経っているのにまったく音沙汰もない現状を考えると、少しぐらいは何か聞いておくべきだったかもしれないという、後悔もあった。
 無論、アルはなにかを知っているはずなのだが、あの時以来、妙にアルは自分を避けている風に見える。
 もっともGFができたから幼なじみである自分やるりかに必要以上に近づかなくなったのだろうと、そう漠然と考えていたのだが。
 「アル?」
 アルの異常に真っ先に気付いたのは、そのGFである少女、ドロシーであった。
 「どうしたのアル?真っ青な顔して。」
 その様子に気付いてか、クリスもそう尋ねた。
 「な、何でもないよ。クリス。」
 なぜかそう、クリスにだけ返事を返すアル。
 そんなアルの態度は、ドロシーにとっては面白いものではない。
 そもそも、アルはこのクリスという女性に対して、少なからず複雑な想いを抱いている。
 昌宏と違って単純に年上の女性への憧れ、というわけではないように見えたが、その事の真相を知らないドロシーにしてみれば、まあ似たようなものとしか思えなかったろう。
 もっとも事の真相を知った後には、より深くドロシーは思い悩むこととなるのだが。
 事が事であり、その気持ちが"当事者"であるアルとクリスにしか理解できない以上は。






§






 「私も、結局ドロシーと一緒か・・・。」
 ガンダムの姿に、ふと昔のことを思い出してるりかは呟いた。
 ガンダムにまつわる忌まわしい思い出。
 ようやくそれをアルが語ってくれたのは、護がジオンの人間だと、皆が知った時である。
 当時サイド6に逃れていた護は、そこでるりかと出会い、二人は瞬く間に親しくなった。
 もっとも、男女間の付き合いというよりも、同性同士の友人のような関係だったのだが。
 が、それゆえに、そしてどこか護が同年代の人間よりも大人びていたがゆえに、るりかにとって護は他の親友以上に良き相談相手であった。
 もっともただ一つ、恋愛のことだけは護に相談など、出来はしなかったのだが。
 そんな関係であったから、アルの身を案じたるりかが護に相談を持ち掛けたのは当然の流れであった。
 が、幼なじみであるクリスやるりか、GFにすら口を開かないのに、見ず知らずの人間に心を開くとも思える話ではない。
 ただ、原因が"戦争"にあるとするなら、そこで起きた何がしかの事件に関与するものであるなら、戦争というものを間近で見てきた護になら、何かできるかもしれない。
 無論、そんなことをるりかが知っていたわけではない。
 そうであれば、その時の護には相当な迷い、葛藤があったはずである。
 自分の素性を明かすことになるかもしれないのだから。
 アルだけではなく、クリスやるりかにも。
 るりかはともかく、クリスは元連邦の軍人であったと護は聞いていた。
 だが、結局、護はるりかの頼みを聞きいれ、そしてアルに、あるいはるりかに、クリスに、ドロシーに、すべてを語って聞かせた。
 護がジオンの生まれであること、戦争で親しい人々を失ったこと、それらはるりかにとって相当ショックな話であった。
 終戦間際のあの光景を除けば、るりかやドロシーにとって戦争などというものは絵空事のようなものでしかなかったのだから。
 が、そのショックは逆に、アルに重い口を開かせることとなる。
 同じ様に親しい人たちを失ったという想いがあるからなのか、それとも護がジオンの人間であると、そう聞いたからなのか、それは誰にも分からない。
 が、"ジオン"というその言葉が、キーワードの一つだったことは、確かだった。
 「バーニィは、ね・・・ジオンの、パイロットだったんだよ。クリスマスイブのあの日・・・ザクに乗って、連邦の白いMSと・・・クリスと、戦った・・・」






§






 その言葉に一番衝撃を受けたのは、無論クリスであっただろう。
 だが、るりかが受けた衝撃も、決して軽いものではない。
 対岸の火事、絵空事でしかなかった戦争が、一気に身近なものとなった、その瞬間であった。
 戦争というものがどういうものなのか、図らずもそれを、いやというほど思い知らされたのである。
 アルは、その事について一言も、クリスを責めることはなかった。
 そんなアルに、その時クリスは何も言うことができなかった。
 そしてるりかもドロシーも護も、かける言葉を見つけることができなかった。
 何も言えるはずもない。
 知ってしまったクリスも、できればクリスに知らせたくなかったアルも、互いに辛いのだ。
 それは、今も強烈なトラウマとして、彼女の中に残っている。
 だから、ガンダムの名は、彼女にとって、辛い。
 けれど、その事がるりかに残してくれたのは、トラウマだけではなかった。
 同時に彼女はその時、人の強さを知った。
 話してしまったことで、知ってしまったことで、一時、強烈な痛みを味わったかもしれない。
 だが、その痛みは決して、無駄ではなかったと。
 アルとクリスの関係が、今まで通りでなくなったのは確かであった。
 けれど、いつのまにか、そう本当にいつのまにか、二人はまた、笑い会える仲になっていた。
 バーニィのことを、自分がしてしまったこと、見たことを忘れたわけではない。
 一生忘れることなどできるはずもない。
 だが、それをいつまでも引きずっていくも、それはいけないことなのだ。
 生きるということは、辛さを乗り越えていくことなのだから。
 それをアルも、クリスも、そして護も、それぞれ実践してみせた。
 そしてドロシーもまた、彼女なりの辛い想いを抱えながら、アルの傍で生きていく決心をした。
 自分自身よりも、愛する人が傷ついて、それを癒してあげられない方が、力になれない方がより辛い。
 その意味で、ドロシーとるりかは同じなのだ。
 表には出さないものの、護とて幾多の辛い想いを抱えているはずである。
 そしてそれを理解し、癒すことが出来るのは、自分ではない。
 それでも、報われなくても、辛くても、自分に出来ることをしよう。
 決して運命から逃げようとしない、友人たちと、同じ様に。
 そう思うからこそ、今のるりかがある。
 そしてそう決心させたのは、紛れもなくあの時の想いが起因している。
 けれど同時に、そんな想いは抱かないにこしたことはないのも、また事実である。
 だからるりかは戦う決心をして、この月にやってきた。
 自分のような想いを抱く人を、再び生み出そうとしているティターンズと、戦うために。
 「その為の・・・ガンダム、だものね。」
 顔を上げ、るりかはもう一度ガンダムを見上げた、
 護やアル、自分にとって忌まわしいその名は、だが同時に多くの人々にとって自由の象徴でもある。
 きっと護とこのガンダムが、自分を呪縛から解き放ってくれる。
 そう自分に言い聞かせ、るりかは、戦場へと、旅立った。









あとがき

るりか:今回は全編丸々私の話ですね。
妙子:しかし・・・なんか辛いだけで救いがないですね・・・
ジェイ:それを表に出そうとしないから、なお物悲しい・・・
るりか:あ、あのね・・・
ジェイ:だってねえ。ドロシーと同じ、つったってドロシーと違ってるりかちゃんは護くんと結ばれないわけだしねえ。
妙子:そうそう、なんたって護くんは私と・・・
るりか:それはもっとないと思うけど。若菜さんかせいぜい真奈美ちゃんでしょ。お相手は。
明日香:でなきゃあたしとか。
るりか:そうそう・・・って何でいきなり明日香!?
明日香:・・・さあ?なんで?
ジェイ:いや・・・なんか本編で出番がなくなりそうだから・・・急遽あとがき担当って事で・・・
明日香:な、なにそれ!?あのプロローグや登場人物紹介はなんだったのよー!
ジェイ:なん・・・だったんだろうねえ?まあとりあえず出番のない方用にこれの続編を自分とこで書こうかなぁ、とかちょっと思ってたりもするんだけど・・・
明日香:書け、なにがなんでも書け、ずうぇったい書いてくださいよ!
ジェイ:さて、どうするかなあ(^_^;)








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