7月9日(土)

那須へ出発〜♪
さぁ、両親の金婚式のお祝いの日だ。
うちらは9時に東京発の高速バスに乗る。
那須サンバレーホテルでイタリアンランチバイキングを食べ、その後そのホテルの44種類の温泉に入るためだ。

前日降水確率70%の雨の予報が外れて、曇り空になっている。
夕方から雨だというので、傘を持参。水着も持参。
朝ごはんは、パンが悪くなってしまいそうだから、卵サンドにして持って行った。バスの中で食べよう。
コンビニで飲み物やおにぎりなど、朝食の足りない部分を補完した。なのにお菓子が多いのはなぜ??

バスは時間に正確に走って行った。
JRもみじ号は、きれいだったし座席がゆったりしていて快適だった。

12時2分の到着から遅れること5分で新那須のバス停に到着。ホウライ牧場で学生の団体が降車する時にかかった時間が遅れた理由で、全く完璧な運行ぶりだった。
バイキングまで1時間ちょっとある。何をしようかなと思っていたら、弘樹が何やら探し物をし、バス停まで走って戻っていた。
何をしているんだろうと、みんなで戻ったら、ケータイがみつからないという。さっきのバスだ!
幸い、次の那須温泉が終点だ。バスはそこで待機しているだろう。弘樹はとっさにヒッチハイクして那須温泉まで行こうと考えていたようだが、まぁ待て。問い合わせできるかも知れない。
バスのチケットを買った時にもらってきた時刻表に、連絡先が書かれていた。営業所の電話番号だ。電話してみると、調べて折り返し電話くれると。
10分ほど待つと、先の営業所のおねぇさんから「運転手からケータイの忘れ物が届けられているとの報告がありました」との連絡があった。「わかりました。歩いて取りに伺います」と答え、山道を15分登るはめになった。
まぁ、時間もあったから、これでもいいやと、私は気にならなかったが、真紀は「まったく、バカ弘樹のために、こんな道を歩かされてるよ、バカ弘樹っ!!」の連続。足元がサンダルじゃなぁ〜。
途中、地酒のお店とか和菓子の専門店があり、中へ入りたかったが、じっとガマンした。とにかく、ケータイを取り戻さなくては。
最後はあっさりと受け取り、これでようやく那須のスタートラインに立てた。

イタリアンバイキング
那須サンバレーホテルのイタリアンランチバイキングは、なかなかおいしかった。店の名前はアクア・デリ。
品数が多い。特にデザート。
パスタはなくなるとシェフが目の前で作ってくれるから、常にアルデンテが食べられる。
生クリーム仕立てのが絶品だった。
お料理は作ってから時間が経っていたためそれほどでもなかったが、牛肉のトマト煮込みがおいしかった。
(右のサンドイッチはパニーニ。真紀はパガニーニと言って食べていた。クラシック界の巨匠の名前だ。弘樹は喉ごしがいいとおかわりしていた)

デザートは、すぐになくなるが、すぐに補充される。そのため、10分おきに新しい種類が入るという公算だ。
真紀は何度取りに行ったことか。10個は食べたと思う。別腹の威力大発揮!!
私もがんばって5個食べた。

しかぁ〜し、そんな別腹攻勢にあって、せっかく予定していたサンバレーの44種のお風呂が入れなくなってしまった。
温泉なんて入ったら、気持ち悪くなるというのだ。それよりも横になりたいと。そこまでしてデザートが食べたいか?意地キタナサはさておき、デザートがたくさん食べられた満足感で満たされていると考えることにした。

那須サンバレーは、思ったよりも良くなかった。俗化されているのだ。
人は多いし、サービスも良さそうだけど、わざわざリゾート地に来た感じがしない。広い敷地にたくさんの建物で、開放感がない。これなら新高輪プリンスホテルをざくろ坂から登った方がまだ自然がある。

何もすることがなくなったので、3時前だったが今日のお宿の那須グリーンパールホテルを目指した。
ちょっと歩くとそこはもう高原。林の中に別荘が点在する。
グリーンパールホテルも、林に囲まれた中にあった。
案内標識が少なく、保養所のようだった。

ゆったりしたグリーンパール那須
中に入ってびっくり。外観はさほど大きくないのに、ロビーがゆったりと作られているのだ。
廊下も部屋も大きめで、圧迫感が全くない。
2階建てという作りのため、エレベーターを待つわずらわしさもなく、ストレスがないホテルだった。

ロビーで姉のところが到着しているのを教えてもらい、早速部屋の電話で到着を告げると、姉は寄せ書きを持ってやってきた。書かなきゃなぁ〜。文面に迷ったが、なんとかこなし、姉に返した。

まだ時間があったので、ヒマ潰しに温泉に入ることにしたら、兄一家と両親が到着した。で、温泉には母と姪っこも一緒に入ることにした。母は「どうしようかなぁ〜」と迷っていたので「孫と温泉に入るいいチャンスだよ」と無理やり誘った。
私は、もう母親になついてこない娘に代わってなついてくる姪っこの相手をしながら、このくらいが家族旅行に出かける最高の時期よね〜と、しばし姪っことの温泉を楽しんでいた。
露天風呂には人がいなくて、貸切状態!!最高にくつろいでいた。新しくてきれいで気持ち良かった。
硫黄温泉は肌がツルツルになると、最後のシャワーを浴びず、入浴完了!!

部屋に戻ると娘の真紀は寝ていた。食べて寝てかぁ〜。う〜ん、らしいわ。

金婚式のお祝いの始まり
6時になり、宴会の時間になった。
そのまま2階にある宴会場へ。会議室にカーペットを敷いて宴会場にしたようだが、まぁそんなことは関係ない。個室が取れればいいのさ。広いし、悪くない。
料理は帆立や野菜を焼いたものと、刺身と突き出しと、アスパラにアナゴを巻いた天ぷらと、鴨の燻製、酢の物。。あと何だっけ?最後にすいかが出てきた。
おいしい地酒を冷酒でいただいた。。のは覚えているが、なんせおなかは満杯状態。味をよく覚えていない〜〜。^^;

話をしながら、金婚式の寄せ書きを渡したり、記念品を渡したりした。ついでに子供たちに近況を報告させたりして、なごやかに宴会は進行した。子供たちは意外にも堂々と自分のことを話していたのに感心した。

記念品の備前焼の壷は、両親が気に入るか心配だったが、手に持って触って確認してから喜んでくれて本当に良かった。
結局姉と私で決めてしまったが、初めて見る他の人にも評判は上々だった。ほっと一安心。

父が結婚生活の一番の思い出を語ってくれた。
それが石油コンロ。
当時ガスコンロなんてなかったから、この石油コンロひとつで、母は毎日ご飯を炊き、味噌汁を作り、おかずを作っていたのだという。1個しかないのに、どうやって煮炊きしていたのか、未だにナゾらしい。
そんな大変な食生活だったが、不満も言わずに毎日食事を作ってくれて、大変感謝しているそうだ。いい話だ〜。

明日はみんなで一緒に行動しようね、宴会の時にどこへ行くのか相談しよう。。と話していたが、天気が下り坂なので、どこへも行けそうになく、出かける話は出なかった。
が、その後も両親の部屋で話していたら、今年の父には不思議な巡り合わせがあり、旅行で行く先々では、どんなにひどい天気予報でも晴天、あるいは雨にはなったりしないという。
今回もその“魔力”にあずかれるかも知れないという。
梅雨の真っ只中に、それはないだろうと思ったが、どう考えてもお天気にになってほしいから、藁にもすがるつもりでその根拠のない“晴天”を願っていた。