別に、その日は行川アイランドが閉園になるからとか、
前回入れたフィルムが残っていたからとか、
そんな事は後からのこじ付けでしかない。
それは前振りでしかないのだから・・・・。

Scene-1_千葉県南部、城司宅
化けは言った。
「行川アイランドに行くぞ」
いつもながら突然の話である。
昼頃に化けが現れると私は服を着替え、のそのそと部屋を出る。
下の階では化けがおかんにカメラの使い方を教授していた。
最近の化けは一眼レフカメラに凝っており、自分がNikonF3を買ったのをいいことに、私に事あるごとに一眼を買えと五月蝿かった。
実際、化け自身がカメラのフラッシュを購入に行ったときも、そして現像に付き合ったときも、必ず私の物欲を刺激していた。
私はおかんが使っているカメラを受け取り、化けの車に乗せられて、罠にはまりに出て行くのであった・・・・。

Scene-2_千葉県南部、行川アイランド
化けは甥っ子の写真を撮ったり、風景を写す。
私も写真を撮る化けの姿を収めたり、甥っ子の姿を収めていく。
「ああ、やっぱりカメラは面白いなぁ・・・・・」
とか思い始めたのは、明らかに危険な兆候だ。
しばし訪れることが最後になるであろう行川アイランドの風景を目にも焼き付け、当地を後にするのであった。

Scene-3_千葉県木更津市内、コイデカメラ
撮ったフィルムは速やかに現像。
そんな標語があるのではないかというくらい、化けのところは現像に出すのが早い。
当日の夕方には現像に出し、55分プリントである。
因みに甥っ子のカメラは、ミニチュアであるが実用性に優れている。
既にただの玩具レベルではなく、但しそのフィルムが特別なものである為、現像は出してから中三日がかかる。
とりあえず現像に出した後、遅めの・・・と言うより遅い昼食を食いに行くのであった。

Scene-4_千葉県木更津市内、コイデカメラ
かくして写真は現像し終わっていた。
すっかりここの常連(と言うよりは既に上得意)の化けは、現像し終わったフィルムと写真を受け取ったとき、おまけにこんな事を言ったのであった。
「カメラ見せてもらえます?」
店員のおっさんが、ショーケースの鍵を持って歩いてくる。
「ああ、きっと俺のカメラの話だ」
などと考えていたが、見せてもらうだけだと心に誓い、決して買うまいと誓ったのである。
モノとの出会いはその相性で決まると言えよう。
ショーケースの中で陳列されている商品達は、黙って何も語りはしない。
人間の錯覚だと言うのも十二分に分かっているのだ。
だがしかし・・・・・、である。
あなたも経験したことがあるのではないかと思うが、
「目が合う」
という瞬間がある。
何度かこのカメラ屋に足を運んでいる時である。
一眼レフカメラが居並ぶケースを左から右に流し見ている時に、うっかり目が合ってしまったカメラがあったのだ。
「レンジファインダー」
これがそのカメラの種別である。
一眼でもなく、そしてAFでもなく、ピント合わせは手動式。
ファインダーの倍率は固定式0.6倍。
昨今の多機能カメラに比べると、明らかに機能面では劣っている。
だがしかし・・・・、である。
機能だけでは語れない息遣いみたいなものを、このカメラから感じ取ってしまったのだ。
その丁寧な作り込みとレトロチックとも言えるその外装。
私の心は「これだ」と思って止まなかったのだ。

その名は「HEXAR RF」である。

それまで販売されていたHEXARシリーズを改良し、レンズ交換を可能にした最上位機種である。
ショーケースから取り出されたHEXARを手渡され、アルミダイキャスト製ボディにチタン製カバーを被せたその重量感に圧倒される。
「うわっヤバイ!」
そりゃそうだ、今までケースの向こう側にいたからこそ自制心も効いたと言うものを、手にとらせてしまったのだ。
この時点で陥落直前。
そして様々な危険を孕みつつ、ファインダーを覗き込む。
「うわっ、明るい!!」
そして二重像合致式のピント合わせは私がかつて初めてカメラに触った時に慣れ親しんだ往年の名機、Konica C35を思い出させた。
それでも何とか耐え切れるかと思ったのだが、10回払いなら、現在金利1%・・・・。
めくるめくローン計算。
明らかにオーバー気味の状態だ。
と言うより火の車。
まずい、はっきり言ってまずい。
「覚悟完了だよな」
化けは明るく言い放つ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、
「逝きましょう」
私はここで、口に出してはいけない言葉を出してしまったのであった。
計算を放棄した私は、既に購入という二文字しか見えなくなっていたのである。
こうなれば全ては終わりである。
これでぢをんの財政は火の車来年5月まで、国民は立てない事だろう。
ローンの支払い関連を全て完了し、店を出てきた時には、
HEXAR本体、50ミリレンズ、純正フラッシュ、フィルム5本セット(サービス)、HEXAR RFのすべてという本(サービス)などを抱えていた。
ああ、お前本当に大丈夫なのか?
そんな事を胸に、愛車に乗り込むのであった。

Scene-5_千葉県木更津市内、牛タン専門店一心亭店内
「くそぅ、テメェハメやがったなぁ!!」
という叫びが店内から流れてくるまでは、さほど時間は必要ではなかったのである・・・・・。

戻れ