臨界事故の教訓
                          

1.悲劇の傷跡
 林に囲まれた静かな環境、自動車の行き交う国道6号線からそれて並木道を行くと守衛所があり、
その裏手では会社からの依頼であろう、おばさんが2人おしゃべりをしながら、草を抜いていた。
 あの事故から2年、筆者が現地を訪れたのは5月の昼下がり、暖かい日差しが降り注いでいた。
 2年の歳月があの恐ろしい事故を風化させてしまったのか、周囲に点在する施設が原子力に関連するものだと言うことを知らなければ、どこにもある田舎町の長閑な風景と、ゆったりした敷地のなかにある小規模な工場しか目に入らないであろう。
 しかしそこには、恐ろしい悲劇の傷跡が隠されているのである。



(写真 1)国道から正門に続く並木道

2.どんな事故だったのか
 この工場の敷地は150,000平方メートルあり、加工施設棟が二つ有って一般の商業用原子炉である軽水炉(普通の原子炉)用燃料を加工していた。この燃料は濃縮度(濃縮度は後で説明する)5%程度のものであり、それほど危険であるとは考えられていなかつた。工程も自動化されていた。事故は、この主工程で起きたのではなく、加工施設棟に隣接する転換試験棟と呼ばれる、平屋建て、床面積260平方メートルの建物で発生した。



(写真 2)工場敷地と転換試験棟(黄色の矢印)
<日本原子力研究所HPより>


 この工程は、主工程では設備が大き過ぎて生産し難い小ロット品や、試験品等を作る工程であった。




(図 1)転換試験棟平面図
<青い閃光・東海臨界事故より>

 事故の起こった日は、高速増殖実験炉「常陽」で使用する燃料を作っていた。この製品は受注が年に1回あるかどうかという生産サイクルであるため、作業したA副長、B,Cの3人ともこの製品を作るのは、初めてであった。
 また、転換試験棟の設備の取り扱いについては、A副長は過去に経験があったが、B,Cは初めての経験であった。
 作業は原材料である酸化ウラン粉末(厳密に言うと八酸化三ウラン)を硝酸で溶かし、溶媒で不純物を除去し、沈殿させた物をろ過して焼結し、酸化ウラン粉末をつくる。
 この酸化ウラン粉末を硝酸で再び溶解し、硝酸ウラン溶液をつくる。この溶液はウランの濃縮度が約20%と、主工程で生産している製品よりかなり高い。
 今回の生産では硝酸ウラニル溶液(ウランを硝酸に溶かした溶液をこのように呼ぶ)を160リットル、ウラン重量に換算すると約60キログラム(今後60kgUのように表示)製造する予定であった。




(図 2)沈殿槽と作業状況
<青い閃光・東海臨界事故より>

 酸化ウランの溶解には溶解塔という設備を使わず、ステンレス製(10リットル入り)のバケツを使用した。また、ステンレス製のビーカー(5リットル入り)と漏斗を用いて沈殿槽と言う設備に入れ、溶液濃度を均一にするため、かき混ぜるようにした。



(図 3)ウラン製造の流れ
<臨界19時間の教訓より>

 沈殿槽に硝酸ウラニル溶液が約40リットル(16kgU)以上が入ったところで、突然、青い閃光が溶液から出て、BとCは被曝し二人とも後日、死亡した。
 ここから出た放射線(主として中性子線)の被害を避けるため、発生地から半径350メートル圏内の住民の避難、半径10キロメートル圏内の住民に対して屋内退避が勧告された。住民は事故が終息するまでの数日間、避難生活を余儀なくされたり、外出を制限されたりした。

3.核燃料について
 ここらで簡単に核燃料の性質(特に濃縮度)について記しておこう。
 核燃料のうち、地球上に鉱物の形で産出するのはウランとトリウムである。
 ウランは何種類かの同位体(質量の異なる元素)があるが、それらが天然に存在する比率はほぼ一定である。
 U234: 0.005%
 U235: 0.719%
 U238:99.276%
このうち,核燃料として大きなエネルギーを出すのはU235で、前項で濃縮度5%とか20%と書いたのは、全体のUにたいするU235の比率を言う。U235の濃縮度が高いほど臨界は起き易い。
 トリウムも核燃料として使用可能で、ウランより制御し易いため、安全性の高い原発が作れると述べる学者もいる。昨年、千葉や茨城の民家の庭から放射能が検出され、大騒ぎになったことがあるのを記憶されている方も多いであろう。これがトリウムを含有するモナズ砂と言う鉱石で、筆者も昔、モナズ砂からトリウムを精製する研究に従事した経験があり、興味をもって報道を見ていたが、放射能が微弱ということで、一件落着したようである。だれかが不要になったモナズ砂を民家の庭に撒いたものであろうが、放射線は目に見えないだけに怖いものである。

4.事故原因に迫る
 臨界事故の原因を追求していくと実に多くの教訓が得られる。項目の後には、安全衛生12の教育事項が記してある。

(1)作業手順はどうだったか(K1作業手順)
 作業を行うための安全性を盛り込んだ作業手順書は作られていた。しかも上長承認のものであった。年に1回程度しか行わない非定常作業に、正式な作業手順書が作られていたということは、立派なことである。但し、原子炉等規正法に決められた国の許可が得られていなかった。(いわゆる裏マニュアルと言われている)この点は責められるが、これは職長や作業者の責任ではなく、事業者にその責任は帰せられるべきである。
 また、作業手順書が国の許可を受けていないと言うことが、臨界事故の直接的な原因ではない。

(2)作業方法の改善努力(K2作業改善)
 酸化ウランを硝酸に溶解する作業にステンレスのバケツを使用したことが、マスコミの指弾を浴びた。
 しかし、企業においては改善が重要視されねばならない、特に、外国企業とのコスト競争にさらされて斜陽になりかかっている企業にとっては、作業方法の改善が必要不可欠である。少量の製品を取り扱うためには、正規の溶解塔を使うことは歩留、作業能率、洗浄の手間などを考えれば、あまり望ましくないことは容易に想像がつく。この作業も原子炉等規制法に基づく認可を取っていないことが問題なのであって、バケツの使用が臨界事故の直接の原因ではない。

(3)安全衛生教育の実態(K4指導・教育)
 この工場における職長の教育について必要な内容は、安全衛生の原理原則であり、また、特に重要なのは、臨界に対する知識とその防止対策であろう。後者はRST講座の指導案作成で、筆者が企業独自の内容を盛り込むように指導するが、なかなか理解してもらえないところである。
 この工場では、臨界に関する教育はどうか。現場で指揮をとったA副長は「23年前に1回、会社に入った直後に受けたが、その意味がよく分かっていなかった」とのべている。作業者B,Cは勿論、教育をうけていなかった。
 教育を十分に行わなかった結果、必要な知識が不足し、正しい判断が出来なかったことが、事故の引き金になったことは間違いない。

(4)溶液均一化と輸送単位
 この工場での硝酸ウラニール溶液の生産単位は質量制限(後述)によって1回につき6.5リットル(2.4KgU)以下である。この単位は臨界の発生を防ぐために決められている。これを1バッチとした。(バッチというのは、投入原材料を1回ごとに区切って生産する方式である。バッチ生産での1生産単位を1バッチと言う。)
 これに対して、顧客は、1回の納入に4リットルの輸送容器10本での(+検査サンプル5リットル)での納入を要求した。また受け入れ検査を1回で済ますために、輸送単位45リットルの製品の均一化をも要求した。
 そのため、前回の生産では貯塔という生産設備に入れ、窒素を吹き込んで均一化した。
 この均一化工程が臨界事故の大きな引き金になったのである。
 
(5)更なる工程の改善努力
      (K2作業改善)(K5監督・指示)
 
 副長Aは作業者B,Cと相談し、10リットルのステンレスバケツで溶解した合計45リットルの製品を均一化して、4リットルの製品容器に入れる作業を、決められていた貯塔という設備で行わず、沈殿槽という設備で行えないかと考えていた。
 その理由は、貯塔はドレーン抜きのバルブが床上10センチに付いていて、これを利用して溶液
を製品容器に抜き出すが、バルブの位置が低いため、前回の作業ではヒシャクを使って製品を抜き出し、製品容器に移していた。また装置には攪拌機が付いておらず、窒素を吹き込んで攪拌する方式であった。
 これでは作業能率が悪いため、抜き出し口も適当な位置についており、機械的な攪拌装置も付いている沈殿槽を転用できないかと考えたのである。
 この作業方法の変更には、上司の承認は取っていない。上司の承認が事故の防止につながるかどうかは定かではないが、多数の人が見れば、あるいは危険に気づく人もいたかもしれない。
 また、作業工程の変更が、副長の判断で簡単に行われたという企業風土にも問題があろう。
 ここにも事故の背景にある管理的要因が見えてくる。
 しかしながら、作業の改善を追及したA副長の姿勢は多としなければならない。
 
(6)作業者の配置は正しかったのか
              (K3適正配置)
 作業者に作業を割り振るとき、その作業に適した知識、技能などの能力を持った人を当てて、災害を予防する必要がある。
 この作業のメンバーは製造部スペシアルクルーの3人であった。スペシアルクルーの主な仕事は、主工程から出る廃液の処理であった。
 3人とも軽水炉用の核燃料製造については経験
が長く、濃縮度5%以下の低濃縮ウランについては、十分な知識と技能を持っていた。濃縮度20%の中濃縮ウランについては、A副長が2年前に数カ月、転換試験棟で「常陽用」の粉末を生産した経験を持つだけ。B,Cは中濃縮ウランを扱うのも、転換試験棟で作業をするのも初めてであった。
 このように、知識、経験、技能ともに不足している3人に、十分な指示も与えずに危険な作業に従事させたことに、無理があったと言わざるを得ない。作業の割り当てにおいて、適正配置の重要性を改めて認識させられるのである。

(7)ヒューマン・エラー(K11関心の保持)
 この作業方法を変更する前に、A副長は、
同僚のDに沈殿槽を使う工程の変更について相談している。
 Dは原子核工学を専攻した技術者で、核燃料作業主任者(国に届けている核燃料作業主任者は別の人)であった。
 Aは昼飯後の休憩時間にDに相談し、Dは即答せず、休憩が終わった1時過ぎに電話で回答している。しかし、ここには重大な意思伝達の不備と、聞いた人の思い違いがあった。
  Dは「軽水用燃料の再転換工場である主工程では、沈殿槽にいれるウラン溶液の濃度は1リットルあたりのウラン量が約60グラム。これを6,7バッチいれたとしても臨界にはならない。このことが頭に浮かび、転換試験棟の沈殿槽でも臨界はならないものと判断してしまった。」と言う。
 すなわち、Dはこの作業が普通の主工程で行われている濃縮度5%(質量制限:34KgU)以下の製品であると感違いし、濃縮度20%(質量制限:5KgUに対し14KgU以上が入ったところで臨界に到達)の「常陽」向け製品の相談だとは思わなかった。
 これは、単純な勘違いであり、我々もよく犯す過ちであるが、このヒューマン・エラーがA副長の考えを固める、重要なアドバイスになってしまったのである。

(8)本質安全化について(K6設備の安全化)
 作業者を労働災害から守るために、本質安全化と言う考え方に基づく機構が作業設備に付けられていることが、大変に重要である。本質安全化は二つの考え方から成っている。
フエール・セーフ
 機械が故障しても、災害に結びつかないで、安全を確保する機構。
フール・プルーフ
 人が作業手順を間違えたり、異常や故障があっても危険な状態にならないようにした機構。
 この場合、二つの内で特に重要なのはフール・プルーフである。あまり上品な表現ではないが「馬鹿でも、チョンでも安全」いわゆるバカチョンの考え方である。硝酸ウラニールを製造する工程で
フール・プルーフの考え方を取り入れた設備が考えられなかっただろうか。

(9)臨界事故の歯止め
 臨界事故を起こさないために、技術的な方策として二つ考えられる。
?質量制限
 この方法は、一回で取り扱うウランの最大重量(1バッチ)を制限することである。1バッチを2.4KgU以下にすることが作業手順書にも記されている。質量制限はウランの濃縮度によって異なる。



(図 4)質量制限 
<原子力安全委員会HPより>

 これは文献に基づくもので、
最小臨界質量=2.4KgU x 2.3=5.5KgU
となる。2.3は安全係数である。2.4KgUは倍以上の安全係数を含んでおり、かなり安全と考えられる。
 しかし、この臨界事故では、16KgU以上で臨界を越えたと見られている。
?形状制限
 ウランを入れる容器の形状によっても臨界の発生を防止することが出来、濃縮度が20%以下のウランでは、容器の直径が175ミリ以下と規定されている。



(図 5)形状制限
<原子力安全委員会HPより>

 今回の臨界事故では、500ミリの沈殿槽に入れたことも、事故を防止できなかった要因である。
5.どうすれば臨界事故は防げたのか

(1)質量制限、形状制限などの固有技術上の制限を本質安全化の技術と組み合わせて、1バッチのウラン取り扱い量がどう間違えても質量制限以下になるように工夫する。また、容器の形状が形状制限以下になるように設計しておく。

(2)臨界とウラン濃縮度との関係などの固有技術を含んだ安全衛生教育を定期的に行い、安全衛生の関心を高める。

(3)作業手順書には、濃縮度と臨界、臨界の危険性、制限条件など、固有技術の事項を目立つように記述し、TBMなどで作業前に確認する。めったに生産しない製品、及び作業などの非定常作業については、作業手順書の綿密な確認が重要である。

(4)工程の改善には必ず、上司の承認と関係者の確認を取る。これは文書によること。

6.臨界停止のための措置
 最後に、臨界停止のために取った措置に付いて触れておく。
 臨界を停止するために、原子力安全委員会は沈殿槽の冷却水を抜くことが有効と判断し、事故を
起こした会社が責任をもつて水抜きをすることを強要した。2分以内であれば人が現場に入れるこ
とまで示唆した。
 工場では決死隊(いやな言葉である、神風特別攻撃隊,世界貿易センターに突っ込んだアラブの
自爆テロなど)は交代で突入し臨界を止めた。突入した人たちは賞賛すべきである。日本の悲劇を
最小限に喰い止めた英雄である。
 しかし、誰に死を強制する権利があるのか?突入した人たちに放射線の障害が出たら、突入を指
示した人たちはどう責任を取るのか?何か他に方法が無かったのか?私には、「人命尊重」の掛け声が空々しく感じられてならない。

7.臨界事故の後に
 この事故は良く考えてみると、原子力安全委員会の事故調査委員長が報告書の所感で書いている
ような「作業者の逸脱行為」などではなく、どの組織の中にも見られる小さな不備、コミュニケー
ション不足、作業員の向上心などの積み重ねが原因であって,「ズサンナ作業」「ずさんな管理」
「バケツの使用」といったマスコミが報道している原因が直接原因だとは考え難い。それゆえにこ
そ、この事故の教訓は我々に重くのしかかってくるのである。所長以下の関係者はいま、裁きのに
立たされている。
起訴事実は次のようになっている。
(1)ウラン加工にあたって、国の許可を受けずにステンレス製バケツを使った。
(原子炉等規正法違反)
(2)労働者に臨界発生防止の安全衛生教育をしなかった。
                                 (労働安全衛生法違反)
(3)90年9月10日からの加工作業は2年10カ月ぶりに行われる不定期なもので危険性が極めて高かったのに、国の許可の遵守や作業員の教育など事故防止の万全の措置を怠ったり、制限された量を大幅に超える溶液を沈殿槽に注入することを承認、指示したりした過失の競合により、99年9月30日午前10時30分ごろ、臨界事故を発生させ、被ばくした被害者2人を死亡させた。
 (業務上過失致死罪)   
  
「もし貴方がこの事故を起こした職場の職長やRSTトレーナーであったなら、事故を未然に防げたであろうか?」

 この裁判で経営者の管理責任は問われていない。この裁判が死亡事故の犯人を作り出すための、中世の魔女裁判の再現でなければ良いのだが。この会社は国から営業許可を取り消され、今はもう無い。

8.参考資料
(1) 原子力安全委員会HPと報告書
  http://mext-atm.jst.go.jp/general/jco/
(2)日本原子力研究所HP
http://www.jaeri.go.jp/info/jco02/index.html
(3)(株)ジェー・シー・オー東海事業所HP
 http://www.net-ibaraki.ne.jp/as-tokai/
gensirilyoku/j07jco.htm
(4)原子力資料情報室HP
 http://cnic.or.jp/news/topics/jco/
(5)毎日新聞HP
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/article/
digital/74/74_3.html
(6)朝日新聞HP
 http://asahi-net.or.jp/^ZS2IKHR/article/
jco4.htm
(7)青い閃光ドキュメント東海臨界事故
   読売新聞編集局編 中央公論新社刊
(8)検証ドキュメント臨界19時間の教訓
   岸本 康 他著 小学館文庫
(9)安全文化の創造へ 
   黒田 勲著 中災防刊
(10)失敗のメカニズム
   芳賀 潔著 日本出版サービス刊
(11)「原発」革命 古川和男著 文春新書
(12)無責任の構造 岡本浩一著 PHP新書
(13)無機化学 千谷利三著 産業図書刊
(14)朝日新聞1999年9月30日
          〜2001年4月23日

                                                    ー以上ー

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