医療ミスから学ぶ安全衛生管理のあり方

                                          

1.はじめ

 心臓を手術する予定の患者は、肺を手術されてしまった。肺を手術する予定の患者は心臓を手術されてしまった。この患者取り違え事故は平成11年1月に横浜市立大学付属病院で起こった。新聞やテレビは「ありえない事故」と報じた。

 しかし、実は医療ミスによる事故は時々起こっている、決してありえない事故ではない。そしてこの原因は、労働災害のヒューマンファクターと同種のものと考えられる。

 労働災害防止対策と、医療ミス防止対策の間に共通事項が見出せないかと考え調査を開始した。

2.どんな医療ミスがあるのか

 早速インターネットを利用して「医療ミス」を検索してみた。約4000件の情報が検索された。これらのタイトルに目を通して、重要と思われるものの内容を印刷した。これらを整理して、

(1)患者取り違え

(2)輸血ミス

(3)点滴ミス

(4)注射ミス

(5)看護ミス

に問題の焦点をしぼることにした。このほかにも治療ミス、投薬ミス等があるが、いずれも医療技術に関連するものが多く、裁判で係争中のものも含めてミスと断定して良いかどうかも不明確であるため、この調査項目から外した。

3.医療ミスリスト 

取り違え(患者) 

1993年 朝日 熊本市民病院

 患者取り違え手術 肺切るはずが肝臓手術 

1997年  毎日 関西医大病院 

 治験患者を間違え、MRI造影剤を投与

1999年 朝日 横浜市大病院

 2患者取り違え手術 県警が聴取へ 

輸血ミス

1993年 朝日 稲城市立病院

 輸血ミスで死亡 O型患者にB型 

1993年 朝日 広島市民病院

 乳児に輸血ミス 手術37日後に死ぬ

1993年 朝日 大阪逓信病院

 輸血ミス後にガン患者死亡

1995年 朝日            山形の県立病院

 輸血ミスで患者が死亡 A型とO型間違える


1996年 朝日 兵庫医大病院

 輸血ミスで患者死亡 遺族には知らせず

1996年 朝日 仙台の病院

 血液型誤り患者が死亡 試験管のラベル張り違え

1997年 毎日 和歌山医大病院

 看護婦が輸血ミス

1997年 毎日 関西医大付属病院

 輸血ミスで患者死亡 交通事故手術中

1997年 共同 国立診療所東長野病院

 患者と違う血液型を輸血

1998年 共同 大館市立総合病院

 血液型を間違えて輸血

1998年 共同 小樽市の病院

 輸血ミスの患者が死亡

1998年 毎日 松江赤十字病院

 血液型間違い輸血 死亡

1998年 共同 岐阜の病院

 看護婦が輸血ミス患者死亡

1999年 毎日 近畿地方の大学病院

 輸血ミス 患者4人が死亡

点滴ミス

1997年 毎日 和歌山県医大

 病院ぐるみ 事故隠し 誤ってミルク静脈注入

1997年 毎日 青森・黒石の病院

 患者2人に点滴ミス 看護婦確認怠る

注射ミス

1994年 朝日 松山市の病院

 静脈注射ミスで血行障害、8歳足の指3本切断

1994年 朝日 春日部市立病院

 ミスで患者が死亡 麻酔薬を10倍量注射

1996年 朝日 門司労災病院

 動脈に注射針、患者窒息死

1996年 朝日 山形の病院

 内服薬注射し重体「禁止」表示見落とす

看護ミス

1993年 朝日 国立奈良病院

 体内に消毒液、患者死亡 洗浄液のつもりで注入

 これらのうちのいくつかを更に詳細に調べてみると次ぎのようになる。

事例1 患者取り違え  

<熊本市民病院(1993)> 

 手術患者を取り違えてそれぞれ別の手術室に運び、肺の手術をするはずの患者の肝臓の一部を切り取るなどのミスをしていたことがわかった。

 取り違えられた2人は肺の手術をするAさんと肝臓を手術するBさんで、ともに熊本県内に住む男性である。病棟で麻酔をかけられた二人は、ストレッチャー(手押しの担架車)に乗せられ、それぞれ別の看護婦につきそわれてほぼ同時に手術棟についた。

 患者を運んできたのは病棟の看護婦である。病棟の看護婦は手術室に着くと、手術室担当の看護婦にカルテを渡して患者の氏名を確認しあったうえ、患者を手術室のストレッチャーに移して引き取ってもらうことになっている。ところが、Bさんを連れてきた病棟看護婦が、Aさんのストレッチャ―のAさんのカルテの上に、Bさんのカルテをポンと重ねて置いた。この看護婦はBさんのストレッチャーの上のカルテが落ちるのを防ぐために、ちよっとだけと言うつもりでそうしたのかもしれない。

 そのとき、Bさんが手術を受ける手術室担当の看護婦が出てきて、Aさんのストレッチャーの上に置かれたBさんのカルテを見て、AさんをBさんと早のみ込みし、Aさんを手術室用のストレッチャーに移してBさんのための手術室に入れてしまった。

 一方、Aさんの手術室担当の看護婦は、廊下に残されたBさんを、ストレッチャー上にカルテがないのに、よく確かめもしないでAさんと思いこみ、手術室用のストレッチャーに移してAさんのための手術室に入れてしまった。

 二つの手術室の看護婦たちは、AさんとBさんを間違えて手術室に入れた後で、廊下に残された空のAさんのストレッチャー上に置かれてあった二つのカルテを、それぞれ取りに出て再び手術室に入った。カルテは間違われずに手術室に引き取られたが、肝心の患者は見事に入れ替わってしまった。

 肝外科医はAさんの肝臓を五分の一切除したところで、病変がないので異常に気付いた。隣の手術室に急報すると、Bさんの胸を開いて、肺にメスを入れる直前であった。

事例2 患者取り違え

<横浜市立大学病院(1999)>

 病院7階の第一外科病棟(44床)。ベッドはほぼいつも一杯である。心臓病のCさんと肺に病気のあるDさんとはともにこの病棟に入院していた。午前9時からの手術の場合、患者の搬送は夜勤(午前零時半〜9時)の看護婦の仕事になっていた。第一外科でもこの日、午前8時半までに二人の患者を手術室に運び入れることになっていた。二人の夜勤看護婦がCさんとDをおのおのエレベーター前まで二人をストレッチャーで運んだが、一人はそこで病棟に戻った。残った看護婦は手術室のある4階でエレベーターを降りた後、片手でストレッチャー1台を押し、もう1台を後ろ手で引いて、手術室の手前の交換ホールに入った。ここには患者を手術室に送るベルトコンベア状のハッチウエーという装置が二つあった。ミスはここで起こった。第一外科の看護婦はまずCさんをハッチウエーにのせ、「Cさんです」と手術室に声をかけた。約1メートル離れた手術室にいた看護婦は「Dさん」と聞こえたので「Dさんです」と復唱した。この看護婦が「Dさんおはようございます」と声をかけるとCさんは「うん」と答えたという。次ぎにDさんを送ったときは、看護婦は名前の呼びかけも復唱もしなかったという。

 手術室看護婦の聞き違えと、それに伴う復唱ミス、更には次ぎの患者のときの呼びかけ省略が原因で、患者はここでも入れ違ってしまつたのである。

 手術途中にも医師は患者の病状が違っているのを感じて、カルテやX線写真を確認したが、患者の取り違いには気づかなかった。

 二人は自己血輸血のため事前に採血されていた。Cさんの血液がDさんに輸血されたが、幸いにも二人の血液型は同じだつたので事無きを得た。

 取り違えが発見されたのは、手術後に移された集中治療室であった。Cさんの手術に立ち会わなかったCさんの主治医が集中治療室に患者の容態を見に行き、顔が違うと感じて患者取り違えが発見されたが、後の祭りであった。

事例3 点滴ミス

<和歌山県立医大病院(1997)>

 心臓疾患のため入院していた生後3カ月の女児の静脈に誤ってミルクを注入するという医療事故があった。

 ミルクは午後9時頃から約10分間、胸上部から中心静脈にシリンジポンプという器具で注入された。看護婦が胃へのチューブと間違えて静脈のチューブにポンプをセットしたのが原因である。ミルクは5〜7cc血管に入ったと見られる。女児は血圧が急激に降下し、約20分に亙って蘇生術を実施。血圧は回復したものの、脳の一部に壊死の疑いがあり、視覚障害もみられた。医師らはミルクの脂肪分で血管がつまったか、心臓機能低下で酸素が正常に送られなかったためとみている。女児は1カ月後に呼吸不全で死亡した。

事例4 輸血ミス 

<岐北総合病院(1998)>

 頚椎椎間板ヘルニアで入院していた患者が、手術の時、事前に採血し保存してあった本人のO型血液400mlを輸血する際、主治医から指示を受けた看護婦が同様に自己血輸血のため保存していた他人のA型血液を、間違えて輸血してしまった。間違いに気付き治療をしたため、一時は小康を保ったが、1カ月後に死亡した。

事例5 輸血ミス

<仙台市の個人病院(1995)> 

 市内に居住している女性が転んで左太ももを骨折し、以前に手術したことのあるこの病院に入院した。

 手術の際、O型の血液型なのに誤ってAB型を輸血された。女性はショック状態で急性肝腎不全を起こし、4日後に尿毒症で死亡した。

 自己血輸血のため採血して保管してあった試験管に、他人のラベルを張り違えたことが原因であつた。 

事例6 看護ミス

 国立奈良病院の産婦人科に入院していた主婦が、手術前夜に体内洗浄の浣腸の措置を受けた際、本来使われる「薬用せっけん」でなく、手などを洗う消毒液の「逆性せっけん」を約300ml注入された。主婦は直後から下痢や嘔吐など急性腎不全の症状が表れて容態が急変、2日後に人工透析施設のある別の病院に移されたが、3カ月後に死亡した。

 「逆性せっけん」と「薬用せっけん」は、ともに20センチほどのポリ容器に入っており、それぞれの薬品名を書いたラベルがが貼られて、別の処置室に置かれていた。

 処置をした看護婦は3カ月前に外科から産婦人科に移動したばかりで、「薬用せつけん」を使うのは初めてであった。

 

 

3.どうしたら防止できるのか。

 この文で記載した医療ミスについては、先にも触れたように医者の診断や治療、手術などの技術に関する領域、医者や薬剤師の投薬、調合ミスに関する領域は、その内容が専門領域にわたり、素人の筆者では判断出来ない。ここでは主として因果関係の明白な看護婦などのヒューマンファクターに関連すると考えられるものを取り上げた。これに関するものだけでも医療ミスの半分以上を占めるものと推定される。

(1)患者取り違えに対して

 事例1と事例2は同じ種類の医療ミスである。特に事例2は、1999年に起こった横浜市立大学病院の事例なので記憶に新しい事と思う。

 先ず、事例1の熊本市立病院の場合、一番問題なのは、患者とカルテか一体となっていなければならないという基本原則がいとも簡単に破られていることである。ストレッチャーの上の患者のカルテを隣のストレッチャ―の別の患者のカルテの上に重ねてしまうというちょっとしたミスが、とんでもない結果を招いてしまう。だからといって、看護婦の行為を責めているのではない。人間は本来ミスを犯す動物なのである。

 事例の2は横浜市大病院の例であるが、こちらは患者とカルテを一体化するという発想が仕組みの上でも最初から無い。交換ホールから手術室への患者の受け渡しは口頭で行なわれている。病棟看護婦の「Cさんです」という伝達は、手術室看護婦には「Dさんです」と聞こえ、「Dさんです」と復唱している。手術室内で麻酔をされている患者に口頭で話し掛けて確認をしているが、麻酔で朦朧としている患者には、口頭の問いかけは、無意味なのではなかろうか。Dさんのときは、この口頭伝達と復唱すら行われていない。CさんとDさんのカルテは患者とは完全に分離して、別の窓口から搬入されている。これでは熊本市民病院の前例は全然、生かされていない。むしろ後退している。これは明らかに病院の管理システムに問題がある。

 このようなミスを二度と起こさないようにする歯止めとしては、患者とそのカルテが常に一体になっている方法、また、それが確認できる方法が問題を解決してくれる、いわゆるフールプルーフ(馬鹿よけ)の考え方を取り入れることである。一つは患者の身体にカルテ入りの筒を付けるといった方法で解決できるはずである。もう一つの方法は、バーコードの採用である。入院時に作成されたバーコードを患者の腕につけておき、同時に作成されたバーコードをカルテに貼って置く。患者の腕のバーコードとカルテのバーコードをセンサーで読んで、間違っていないかどうかをパソコンで確認させる。装置はスーパーの現金支払い所で見られるPOSシステムと同じ考え方である。

 これらの方法を目視による方法と2つ以上組み合わせることにより、ミスを防止する確率は高くなるはずである。

 

(2)点滴ミスに対して

 この事例3は和歌山医大病院で起きたミルクの誤注入である。幼児の口から胃に流し込む管につなぐべきミルク容器を、静脈に点滴する管に誤って繋いでしまい、ミルクを静脈に点滴したために幼児は死亡した事故である。さらに、病院側ではこのミスの事実を隠すため、経過表という集中治療室での事故記録を1日分書き換えると言う、おまけまで付いている。

 このような事故を防止するためには、管の色を変えること、点滴用と口径用の管の形状や径を変えることによって馬鹿よけを図ることが有効であろう。

 これに関連して思い起こすのは、1987年に起きた佐賀県国立嬉野病院での配管ミス事故である。工事人が酸素と麻酔の配管を間違えて工事してしまい。手術後の患者が酸素のつもりで麻酔ガスを吸わされて二人が死亡した事故である。

 これ以後、ボンベの口の形状がガスの種類ごとに変えられるようになり、ボンベも色分けされるようになった。ミルク誤注入事故を契機に、点滴に関連した処置に一工夫が必要である。

(3)輸血ミスに対して

 事例4と事例5に輸血ミスの例を二つ記したが、輸血ミスはしばしば発生し、結果も重大である。高校の生物の教科書にも載っていたように、血液型はABO方式では同じ血液型同士、または{OA(またはB) AB}の方向には輸血可能であるが、逆の方向に輸血すると血液凝固などの不適合を示す。また、保存血液には供血によるものと、自己血液によるものがあるが、ミスの起こりやすいのは、自己血液の場合に多くみられる。試験管に氏名の書かれたラベルを予め貼っておき、これに採血する場合が多いが、なにも書かれていない試験管にラベルを貼り、後から氏名などを記入するケースもある。何人かの患者の採血を同時に行う場合は間違いの起こる可能性がより多そうである。ナースセンターは一般に多人数の看護婦が交代で使用するケースが多いため、整理・整頓の悪い場所が多いようである。そのような場所で、看護婦がラッシュアワーと称する患者への検温、投薬、給食などの仕事と重なる時間帯はより間違いが起こりやすい。採血の間違いを防止するには、人に頼るだけのチエックた゜けでなく、先に述べたバーコードの採用などの、方法の併用によって冗長性をもたせることが重要である。

(4)看護ミスについて

 事例6の場合は、薬剤の使用ミスである。これは異動後あまり日数の経っていない、若い看護婦に対して教育指導の不足が指摘できる。また、「逆性せっけん」と「薬用せっけん」が類似の容器に入り、類似のラベルが貼ってあったことも薬剤を取り違えた原因であると思われる。

4.まとめ

 本文では病院などで起こる医療ミスについて調べてみたが、ヒューマンファクターに関係する事故が余りにも多いのにビックリした。

 特に、それらの事故は看護婦の関係するものである。筆者の母が末期ガンで昨年、半年間入院したが、わがままな老人に対して看護婦が献身的に看護して下さったことには、誠に頭がさがった。

 しかしながら、看護婦は多忙である、交代制で夜勤もある。彼女たちの環境はあまりにも悪すぎるように見えた。また、ナースセンターは狭くて、整理・整頓も行き届いていないように見えた。いわば医療ミスの源は看護婦の側に有るのではなく、彼女達を管理する、事業者の側に多く有りそうである。労働安全衛生法に言う”事業者責任”が、病院のなかでも完全には実行されていないように思う。

(1)作業手順について

 患者の運搬方法は?カルテの取扱は?点滴は?

(2)作業手順の改善は

 作業手順をやり易いように改善しているか?

(3)監督・指示は

 横浜市大病院での指示と復唱は何であったのか?患者名の指示と復唱は何のためにしたのか?

(4)指導・教育は

 国立奈良病院のミスは、異動してきたばかりの看護婦に、薬剤の指導・教育、類似の名の薬剤に対する知識など指導・教育が十分だったのだろうか?

(5)作業設備の安全化は

 患者取り違えや輸血ミスに対して、フールプルーフ(馬鹿よけ)が十分できていただろうか?

(6)環境条件の保持

 整理・整頓が十分にできていただろうか?

(7)ミス防止のための関心の保持は

 ミーティングは行われていただろうか。忙しさに取り紛れて、情報の収集や討論が不十分だったのではないだろうか?

(8)ミス防止のための創意工夫は

 業務に創意工夫は見られただろうか?

等々いずれもRST講座における安全衛生12の教育事項(安全衛生12の鍵)そのものである。

 医療ミスの防止は体系的なシステム作りとその徹底によって可能になるのであって、個人の注意力に頼り、ミスを犯した個人を責めていたのでは問題の解決にはほど遠い。これは労働安衛管理と同じ考え方、手法で解決する問題である。

6.参考資料

*”患者取り違え事故” (インターネット)

 http://www.hypertown. ne.jp/medio/misc/wrongpatient.html

*”医療事故を防ぐために” (インターネット)

  http://www.reference.co.jp/data3_9.html

*”医者にメスホームページ” ( インターネット)

  http://www.sf.airnet.ne.jp/abe/index.html

*”医療ミスー患者は何故取り違えられたかー”(テレビ)

 H11−1−28(ニュースステーション) テレビ朝日

*”患者はなぜとりちがえられたのかー横浜市大

  病院事故の真相―” (テレビ) H11−2−4(クローズアップ現代) NHK 

*”医療ミス”  (テレビ)  H11−4−23 (クローズアップ現代) NHK 

*”事故調査”  (書籍) 柳田邦男著  新潮社刊  1994年

―以上―

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