右側通行への疑問
RST講師
労働安全コンサルタント
本橋秀一郎
1.ルールを守れば人とぶつかる
長い間の地方暮らしから開放されて、東京へ帰ってきたのは約10年前である。地方ではマイカーが無ければ生活できなかった。通勤、買い物等、広い地域の移動にはマイカーが必需品であつた。
ところが、東京の父の住まいに二世帯で住んでみると、すぐ近くを通っていた貨物線の線路にJR横須賀線が走るようになり、自宅から歩いて3分の場所に西大井駅が出来たため、こんどはマイカーが不要になった。都心では駐車場を見つけるのが不便なため、マイカーが邪魔になり始めた。その結果、自動車はこの10年間、運転していない。さらに企業を定年で退職してからは、徒歩で出歩く機会が増えてきた。そこで改めて気づくのは歩行者の交通ルールである。
混雑している東京の繁華街、新宿や渋谷を歩いてみよう。右側を歩けばまず人にぶつかるか、突き飛ばされる。ときには怒鳴られることもある。大部分の人が左側を通行してい
る。右側を通行している歩行者は絶対少数派である。
私は機会があるごとに、歩行者は右側通行か、左側通行かと聞いてみるが、老若には関係なく約70%の人が「左側通行」と答える。
戦前に生まれ、左側通行で教育訓練を受けた私達は、戦後に「人は右、車は左の対面交通」が実施されたときは、戸惑いを覚えたことがあった。
ところが、現在では歩行者の右側通行は実態としてはなくなってしてしまっている。では、私の知らないうちに道路交通法が改正されたのであろうか。
道路交通法を調べてみると、
「第10条@歩行者は、歩道又は歩行者の通行に十分な幅員を有する路側帯(次項及び次条において『歩道等』という。)と車道の区別のない道路においては、道路の右側帯によって通行しなければならない。ただし、道路の右側帯を通行することが危険であるときその他やむを得ないときは、道路の左側帯に寄って通行することができる。」
このように右側通行は今でも、法律の上で決められた歩行者の通行方法で、これは現在でも変わっていないのである。
2.歩行者交通方法の推移
道路の通行方法は、先ず江戸時代は右側通行であった。その理由は、武士は左側に刀を差していたため、前方から来た武士に抜き打ちに切られないようにするために、右側通行が守られていたようである。
次いで明治14年に警視庁通達で、左側通行が示された。
昭和22年には道路交通取締法が制定され、ここでは人、車ともに左側通行が決められた。
そしてこの法律は昭和24年に第一次改正が行われ、ここで「人は右、車は左」の対面交通が始めて取り入れられた。昭和20年の敗戦で、昭和24年は連合軍の占領下にあり、GHQのかなり強い圧力が有ったようである。当時、米国の交通ルールは「人は左、車は右」であり、英国は「人は右、車は左」の対面交通であった。当然、GHQの要求は米国式の「人は左、車は右」の対面交通であった。対面交通については、人が後方から来る車に引っ掛けられることが少なくなり、有効性は理解できるが、車を右側通行にすると、公衆交通機関のバスなどの出入り口を逆につける必要があり、車のハンドルも左につけるほうが便利なため、当時の日本の経済力では実施が困難であった。そのため「人は右、車は左」の対面交通を実施することに決定した。ただし、人の歩行を、長い間の習慣になっている左側から右側に変更するため、混乱を防ぐ目的で6カ月の猶予期間を置いて実施されたのである。この頃の新聞の反響は、3面記事に「右側通行・秋から」という見出しで、3行の記事が小さくのつているだけで、あまりマスコミの関心をひかなかったようである。
昭和35年には道路交通法が道路交通取締法に代わって制定されたが、ここでも「人は右、車は左」の対面交通が引き継がれた。この法律で特に注意を惹く点は、歩道のある道路と歩道のない道路とを分けて規定していることである。
日本の道路は従来は歩道のある道路は少なかった。ところが、昭和35年頃になると経済の復興に伴って自動車の台数が増加するようになり、歩道の設置された道路も多くなってきた。そのため、歩道のない道路は従来どうり「人は右、車は左」の対面交通が実施された。
歩道のある道路では、歩道上での人の通行は右側通行とされたが、人が歩道上を通行するときは、道路に対して右側の歩道でも、左側の歩道でも通行できるとされた。しかし、道路に対して左側に付いている歩道を通行する人は、結果として道路全体でみれば左側を通行することになるため、これが、後の混乱を生む原因の一つとなったと思われる。
さらには、昭和24年の道路交通取締法の施行時に例外とされた鉄道駅構内の「ここでは左側通行」という内部規定である。鉄道の駅構内は狭い所に一時的に乗降客が殺到するため、特に降車客を改札口に円滑に導くため、部分的に左側通行を内規として取り入れた。これが、昭和35年の道路交通法制定時にも問題となり、国会でも取り上げられたが、「駅の構造上、階段、通路などを左側通行にしたほうが便利になっているところもあり、これらの構造をにわかに改めるわけにもいかないので、場所によってはやむをえず左側通行になっているところがある。しかし、これらも次第に右側通行に改められていくであろう。」といった答弁がされている。
この改善策が十分でなく、「ここでは左側通行」
が生き残ったことも、歩行者の右側通行を混乱させる要因の一つと成ったのである。
歩行ルールを時代別に整理すると次ぎのようになる。
・江戸時代 ・・・・・・・・・・・・右側通行
・明治〜昭和22年の時代 ・・・・・左側通行
・昭和22年道路交通取締法・・・・・左側通行
・昭和24年道路交通取締法改正・・・右側通行
・昭和35年道路交通法・・・・・・・右側通行
3.人間特性と右側通行の関係?
上記のような経緯で行われてきた右側通行は、心理学者の間でも調査や実験が行われ、次ぎのような結果が出されている。
(1)矢の退避実験
国鉄労研の松城氏が、一種の矢を前方左側20度、中央、右側20度の三方向から約2mの距離をへだてて被験者の腹部の中心をめがけて放ち、これにあたらないように任意の方向に自由に避けることを個別的に試みた。その結果は左側への退避傾向が強かった。
(%)
|
矢の飛来 方向 |
左前方 20度 |
正面 より |
右前方 20度 |
|
|
左へ退避 (A) |
19.0 |
15.6 |
16.1 |
50.7 |
|
判断不能 |
3.0 |
10.4 |
7.3 |
20.7 |
|
右へ退避 (B) |
11.3 |
7.3 |
9.9 |
28.6 |
|
計 |
33.3 |
33.3 |
33.3 |
100.0 |
|
A/B の比率 |
1.7 |
2.1 |
1.6 |
1.8 |
狭い廊下や階段で人間がすれちがうときには、左に身を寄せがちであり、ビルのなかや地下街の遊歩廊での自然の群集の流れも左側通行である。このように、車と無関係の施設内では自然発生的に左側通行が、一歩往来に踏み出すと危険千万な対面交通に変わる。交通事故の増大はわれわれに車両に対する不信感を強め、開放なき歩行に神経を使わせるのである。
(2)滝川幸辰先生の意見
九州日田市の川島幼稚園長が行った全国有識者に対する意見調査をみると、(S39−12−20・対象:1786人)その81%が左側統一を望み、現行対面交通の支持者は8%でその十分の一にも達していない。このときの意見の一つである滝川幸辰先生(故滝川先生は元京都帝国大学法学部の教授で、昭和8年に起きた滝川事件の主役である。この事件は滝川教授が政府と軍部の思想弾圧によって、鳩山一郎文相から著書を2種類発禁処分され、辞任に追い込まれた。これに抗議して京大法学部の職員39名が辞表を提出した事件である。)の答えをかかげてみよう。
「左側通行、右側通行そのいずれが合理的か私にはわかりませんが、日本は、戦前までながい間、左側通行でした。それが習慣になっているので、右側通行になった戦後のしばらく、その後に対面交通(人車の)になった今日も,左側通行が国民に根強く植え付けられているようです。私は法規を守る態度をとっているので、今日は右側通行をまもっておりますが、たいがいの人は左側を通行しています。毎日のように私は京都の三条大橋を歩いて渡りますが、右側通行の人は10人に1人か2人です。だからもう一度、左側通行にかえるほうが安全のようです。東京駅などでは、『このところは左側』と断り書きをしているところがたくさんあります。理論はとにかく、左側通行賛成の一人です。」
4.おわりに
交通ルールを「歩行者」の立場から述べてきた。ここでいえることは、昭和22年以来続いてきた歩行者の右側通行のルールが、昭和35年の道路交通法制定のころには、すでに守られなくなっているという事実である。
対面交通による災害防止というメリットを差し引いても、歩行者の右側通行は歩行者の混乱を招くと言う意味でデメリットの方が大きいと思われる。これは慣習ということだけでなく、人間の特性にもよるようである。
車を右側通行にすることが出来ないのであれば、(これは現在の車の台数を考えれば、経済的にも不可能であろう)人も車も左側通行にして対面交通を廃止することが、交通ルールの混乱を防止することになるのではなかろうか。
人の右側通行が実施されてから40年近く、いまだそのルールは徹底せず、むしろ守る人どころか、知らない人が多くなっている現状なのに、人の右側通行を強行しているのは何故であろうか。
まさに「右を歩くか、左を歩くか、それが問題だ。」というハムレットの心境である。
5.参考文献
・衆議院地方行政委員会議録(S24-5-14,16)
・参議院地方行政委員会議録(S24-5-13)
・朝日新聞(S24-5-5)
・朝日新聞(S35-3-8)
・「道路交通法の解説」道路法令協会(S35)
・「事故の心理」鶴田正一 中公新書(S54)
・「ファシズムへの道」大内力 中公文庫(S50)