懲罰教育と脱線事故

(尼崎列車脱線事故報告書を読んで)

1.はじめに

 尼崎列車脱線事故の「航空・鉄道事故調査委員会」による報告書(最終報告)が平成19年6月28日に公表された。本文だけでも約250ページ、図や写真などを入れると500ページにも及ぶ厖大な報告書なので、その要点だけを整理して

報告する。

この脱線事故の原因は列車が半径304mの右カーブに制限速度70km/hを大幅に超える約116km/hで進入し、脱線したものである。

 この列車の運転士は、運行途中の停車駅で起こした停車位置のオーバーランに関しての車掌に対する虚偽報告依頼、日勤教育や懲戒処分に関する懸念や言い訳などを考えていてブレーキを働かせるタイミングを失してしまい、カーブに差しかかってしまったものと推定される。

 この運転士の健康状態は良好であり、技能試験などの成績も平均的であった。友人、知人、家族

の証言でも特に問題になりそうな点はなく、平均的な運転士が、日勤教育に対する恐怖からヒューマンエラーを起こした日常起こり得る脱線事故であるが、その結果は実に悲惨なものになってしまった。

 ヒューマンエラーの防止には人的対策も必要であろうが、ATS等による物的対策がより効果を期待できるのではなかろうか。

写真1.尼崎列車脱線事故現場http://www.asahi.com より)

2. 鉄道事故の概要

西日本旅客鉄道株式会社の宝塚駅発同志社前駅行きの上り快速電第5418M列車(7両編成)は、伊丹駅を平成17年4月25日(月)9時16分10秒ごろ出発し、猪名寺駅を通過した後、塚口駅を9時18分22秒ごろ通過した。その後、同列車は、名神高速道路の南にある半径304mの右曲線を走行中、1両目が9時18分54秒ごろ左へ転倒するように脱線し、続いて2〜5両目が脱線し、最後部7両目が9時19分04秒ごろ停止した。

1両目は左に横転し、前部が線路東側にあるマンション1階の機械式駐車場奥の壁に衝突し、後部下面がマンション北西側の柱に衝突していた。また、2両目は中央部左側面が1両目の後部を間に挟んでマンション北西側の柱に、後部左側面が北東側の柱に、それぞれ衝突するなどしていた。さらに、3両目は前台車全2軸が左へ、後台車全2軸が右へ、4両目は全4軸が右へ、5両目は前台車全2軸が左へ、後台車全2軸の左車輪がレールから浮いて、それぞれ脱線していた。なお、6及び7両目は脱線していなかった。

本事故による死亡者数は107名(乗客106名及び運転士)、負傷者数は562名(乗客562名。兵庫県警察本部から提供のあった情報による。)である。

3. 本件運転士に関する情報

.1 性別、年齢等

(1) 性別・年齢  男性 23歳

(2) 同社入社後の略歴

同社入社 平成12年 4月 1日

長尾駅運輸管理係 平成12年 4 月20日

天王寺車掌区車掌 平成13年 9 月19日

京橋電車区運転士 平成16年 5 月18日

(3)甲種電気車運転免許 平成16年 5 月14日

3.2 勤務状況(休日及び休暇の日数)

本件運転士の京橋電車区着任以降の休日及び休暇の日数は、同社から提出のあった資料によると次表のとおりである。

1 本件運転士の京橋電車区着任以降の休日及び休暇の日数

H16

5

6

7

8

9



10

11

12

H17

1

2

3

4

休日

休暇

3.3 健康診断

本件運転士は、同社によると次表のとおり定期健康診断を受けているが、その結果に特に異常は見られない。

2 定期健康診断の実施月

12年度

13年度

14年度

15年度

16年度

12 4

13 8

14 8

15 7

16 9

13 2

14 2

15 2

16 2

17 2

なお、体格指数(BMI)は、平成13年2月の定期健康診断以降、標準とされている「18.5≦BMI<25.0」の範囲を上回っていた。

また、平成17年2月の定期健康診断の記録によると、身長168.6p、体重77.8sである。

3.4 医学適性検査

本件運転士は、医学適性検査を受けているが、その結果に特段の異常は見られない。

3.5 脳波検査

本件運転士は、平成14年2月に脳波検査を受けているが、その結果に異常は見られない。

3.6 睡眠時無呼吸症候群のチェックシート

本件運転士は、睡眠時無呼吸症候群の診断のためのチェックシート(本人が記入するもの)を平成17年2月に提出しているが、提出されたチェックシートの内容に異常は見られない。

3.6 運転適性検査の結果

同社の記録によると、本件運転士は運転適性検査(大阪支社安全対策室長が実施したもの)を平成13年3月、平成14年4月及び平成15年4月に受けているが、その結果に異常は認められなかった。なお、平成13年3月の運転適性検査は、車掌になるための試験の際に受けた車掌等を対象とするものであり、平成14年4月及び平成15年4月の運転適性検査は運転士等を対象とするものである。

 

4. 教育訓練

4.1 運転講習

本件運転士は、「西日本旅客鉄道株式会社社員研修センター」(以下単に「研修センター」という。)の第一類甲種電気車運転講習課程(以下単に「講習課程」という。)において、平成15年8月20日〜同年12月3日学科講習を受け、また同年

12月9日〜翌16年4月18日技能講習を受けている。

学科講習においては、400時限(1時限は50分である。)以上という国土交通省鉄道局の指導基準に対して、次表のとおり478時限の講習を受けている。なお、本件運転士が学科講習の際に使用したものであるとして同社から提出のあった運転法規の補助教材には、「運転速度を守ることは、列車を安全に運転する上での絶対の条件です」、「カーブを走る列車には、外側に飛び出そうという力(遠心力)が加わり、限度を超えると脱線の危険性があります」、「列車がカーブを安全に走れる速度を決めたのが、曲線における制限速度です」等の記述がある。

3 本件運転士が受講した学科講習 (単位:時限)

本件運転士の

受講した学科

指導基準

(下限)

鉄道一般

24

21

鉄道車両

172

119

運転法規

112

92

信号線路

42

42

鉄道電気

40

40

運転理論

60

60

検査修繕

18

18

作業安全

10

478

409

現場実習

保健体育

90

*「指導基準」は、国土交通省鉄道局が定めた「指定動力車操縦者養成所に対する指導基準」である。

技能講習においては、400時間以上という国土交通省鉄道局の指導基準に対して、次表のとおり635時間34分の講習を受けている。

表4 本件運転士が受講した技能講習

本件運転士が受講

した技能講習

指導基準

(下限)

基本講習

23時間15分

14時間

乗務講習

542時間34分

344時間

出庫点検

15時間30分

7時間

応急処置

54時間15分

35時間

635時間34分

400時間

お、研修センターは、「動力車操縦者運転免許に関する省令」に基づく国土交通大臣の指定を昭和62年5月28日に受けた動力車操縦者養成所であり、その講習課程を修了した者は、地方運輸局長が行う動力車操縦者試験の全部を免除される。

4.2 講習課程の修了試験及び免許取得

本件運転士は、平成15年11月25日〜12月2日に研修センターの学科試験を受けて合格し,また平成16年4月19日〜4月21日に研修センターの技能試験を受けて合格し、平成16年5月14日に近畿運輸局長から甲種電気車運転免許

を受けている。

本件運転士の学科試験の成績は、11科目各100点満点計1,100点満点で全受験者83名の平均993点のところ、1,056点(偏差値63)となっている。

一方、本件運転士の技能試験の成績は、次表のとおりであり、12項目各100点満点計1,200点満点で技能試験合格者65名の平均点1,118点のところ、1,120点(偏差値50)となっている。

5 本件運転士の技能試験の成績

試験項目 本件運転士の得点 平均点

速度目測

100

98

速度調節

85

97

距離目測

99

91

停止位置

100

97

停止衝動

100

97

制動操作

75

78

出区点検

97

89

応急処置

99

93

運転時分

92

94

機器取扱い

100

100

運転動作

90

97

非常の措置

95

88

1,056 1,120

4.3 添乗指導及び訓練の状況

本件運転士に係る添乗指導及び訓練の実施状況は、次表のとおりである。

本件運転士については、京橋電車区着任前の平成16年4月から平成17年4月まで毎月2時間の教育・訓練が行われていた。平成16年度の年間教育時間は24時間であり、乗務員指導要領に定められた年間24時間以上という基準を満たしていた。

4.4 日勤教育の状況

同社によると、本件運転士は、3件の事象に関して日勤教育を受けている。

具体的には、平成16年6月片町線下狛駅における所定停止位置行き過ぎによる13日間の日勤教育、平成14年5月車掌乗務中の阪和線津久野駅通過による4日間の日勤教育及び平成15年8月阪和線鳳駅〜和泉府中駅における車掌乗務中の居眠りによる1日間の日勤教育である。

しかし、平成16年6月片町線下狛駅における所定停止位置行き過ぎによる13日間の日勤教育におけるレポート項目は、精神論的な項目が多く見られる一方で、運転中における注意の適切な配分の仕方のような項目は少なく、またブレーキ操作等に関する項目は見られない。また、本件運転士のレポートの内容も、ほとんどが精神論的なものである。

また、本件運転士とともに数日間日勤教育を受け、本件運転士の日勤教育の状況を見ていた京橋電車区運転士Fは、その状況について次のように口述している。

下狛駅で所定停止位置行き過ぎをした本件運

転士は半笑いで京橋電車区に帰ってきて、すぐに

は指導のところに謝りに行かなかったので、上司の逆鱗に触れて酷く怒られていた。日勤教育の際、本件運転士は酷く落ち込んでいたので、一緒に食事に行き、一方的に自分が本件運転士を励ました。

日勤教育を受けている本件運転士は、点呼を受ける他の運転士から丸見えであり、また点呼を受ける運転士が本件運転士の所定停止位置行き過ぎに関する掲示についてのメモを読み上げ、点呼者の「あなたならどうしますか」との問いに答えるのが聞こえるので、辛かったのではないか。

また、本件運転士は、指示されたテーマのレポートを書いたが、すぐには指導担当の係長等に受け取ってもらえず、半分程度を消して書き直すなど、何回も書き直していた。

日勤教育のレポートは、指導の係長等が欲しい言葉や言い回しが入っていないと何回も書き直すこととなるが、そのうちに指導の係長等がこう書いた方がよいとか、ここにこれを書き入れるとか教えてくれる。自分ではそう思っていないことでも、それを書かないと乗務させてもらえないと思って、そのように書くとOKとなり、ボールペンで清書してそのテーマは終わりとなる。

日勤教育については、それを受けると、また晒し者にされたくない、事故を起こさないようにしようと思うので、そういう意味では役に立ったと思う。

4.5 運転技量審査の結果

本件運転士は、「定時運転」、「ブレーキ技量」及び「停止位置確保」について行われる運転技量審査を平成16年9月21日に受けており、合計点については、全受験者53名のうち上り列車で受験した27名の平均が560点のところ、566点(偏差値52)を得ていたが、ブレーキ操作について、平均79点のところ、74点(偏差値44)しか得ていなかった。

4.6 乗務実績

同社によると、本件運転士は平成16年5月18日の京橋電車区着任以降、累計42,320km 運転しており、その路線別の内訳は次表のとおりである。

表6 本件運転士が列車を運転した距離(単位:km

百分率

大阪環状線(難波―天王寺)

3,717

8.8

関西線

144

0.3

桜島線

422

1.0

片町線

24,012

56.7

JR東西線

4,013

9.5

福知山線

5,701

13.5

東海道線

2,361

5.6

山陽線

1,824

4.3

関西線(その他)

126

0.3

42,230

100.0

4.7 勤務評価記録の概要

平成16年度下期に京橋電車区長が行った本件運転士の勤務評価の総合評価点は、京橋電車区所属運転士の平均が7.3点のところ、10点(偏差値61)であった。総合所見欄には、確認喚呼について「基本動作は大きな声を出してしっかりとできている」という記載があった。

4.8 懲戒処分等の状況

同社によると、本件運転士は懲戒処分、訓告、厳重注意及び注意指導(以下「懲戒処分等」という。)のうち、懲戒処分についてはそれを受けるに至っていないが、訓告等については計4回受けている。

具体的には、平成16年6月片町線下狛駅における所定停止位置行き過ぎによる訓告、平成14年5月車掌乗務中の阪和線津久野駅通過による訓告、に記述する平成15年8月阪和線鳳駅〜和泉府中駅における車掌乗務中の居眠りによる厳重注意及び平成13年6月の3分間遅刻による注意指導である。

5.ATS(自動列車停止装置)に関する情報

 高密度運転線区を対象に安全性の高いATS-Pを順次導入し、更なる安全性の向上を図っていくべきである。

ATS-Pは、連続的に速度照査が可能で、かつ確認(ATS機能解除)扱いも不要であるため、停止信号冒進及び制限速度超過等の防止において、現行ATSに比べ安全性の飛躍的な向上が図れることはもちろんのこと、踏切遮断時分の短縮、更には信号機の増設等を併せ行うことにより運転時隔の短縮にも効果のあるシステムである。なお、関西大手私鉄においては、すでに同種のATSが整備されている。

表7同社におけるP地上装置の整備予定

路 線 名

福知山線

区 間

尼崎駅〜新三田駅間

意思決定年月

H15.

使用開始年月

H17.

地上装置

拠点P

 ATS−Pの設置が自己防止に大きな効果を発揮したことが考えられるが、上表に見るように、

設置時期がやや遅れたことは、残念である。

6. 脱線のコンピュータ・シミュレーション

シミュレーションモデル及び計算条件による1両目のシミュレーション結果は、以下のとおりである。

(1) 速度105km/h の条件では、脱線しなかった。

(2) 速度110及び115km/h の条件では摩擦

係数及び差圧弁設定圧にかかわらず脱線した。

本件の脱線事故では116km/h、列車が事故地点に突入したと推定されており計算結果と一致している。

7.乗務員管理に関する解析

7.1 健康管理に関する解析

本件運転士の健康管理に本事故の要因となる可能性のあるものは認められない。

7.2 勤務状況等に関する解析

勤務状況及び本件運転士の事故前1週間の行動等の状況に、本事故の要因となるような状況は認められない。

8. 教育訓練等に関する解析

8.1 日勤教育

日勤教育については、大阪支社においては44日間、京橋電車区においては14日間にわたる長いものがあったこと並びにに記述した知人の女性友人A、京橋電車区運転士F、京橋電車区運転士I及び事故現場の右曲線において制限速度を超過した経験のある運転士の口述から、同社における日勤教育については、本件運転士を含む一部の運転士が、自己の運転技術向上等に効果のないペナルティであると受け取るものであったと考えられる。

さらに、同社における日勤教育については、事故現場の右曲線において制限速度を超過した経験のある運転士の口述及び京橋電車区運転士Jの口述から、運転士が自分の取扱い誤りによる事故等を発生させたときに、それを受けさせられる懸念から言い訳などを考えることにより、列車の運転から注意をそらせるおそれのあったものであると考えられる。

また、その一方で、同社における日勤教育については、運転中における注意の適切な配分の仕方のような項目は少なく、またブレーキ操作等に関する項目が見られないなど、実践的な運転技術の教育が不足していたものと考えられる。

このため、同社は、一部の運転士にぺナルティであると受け取られている日勤教育について、実施日数、実施方法、内容等を見直して、精神論的な教育に偏らず、再教育にふさわしい事故防止に効果的なものとするべきである。

8.2 運転技術に関する教育

京橋電車区においては、基準ブレーキ表は作成されておらず、写真等が付加されていない基準運転表は平成16年10月ダイヤ改正以前の塚口駅〜尼崎駅間の基準運転時間3分10秒における運転方法と見られるなど、ブレーキ操作に関する参考資料が十分に整えられていなかったと考えられる。

また、本件運転士については、所定停止位置行き過ぎ等の発生状況が平成16年6月の下狛駅における所定停止位置行き過ぎについての日勤教育において、運転中における注意の適切な配分の仕方のような項目は少なく、またブレーキ操作等に関する項目は見られないなど、京橋電車区においては実践的な運転技術の教育が不十分であったものと考えられる。

このため、同社は、運転技術に関する教育について、例えばインシデント等に関する情報を分析して得られた注意配分に関する知見をもとに教育を行う、分かりやすくイメージしやすい資料や運転シミュレータなどを適切に使用して教育を行うなど、実践的な教育を充実強化するべきである。

8.3 制限速度超過の危険性を認識させるための教育

平成17年4月改訂後の禁止事項に「定められた速度を超過して列車を運転してはならない」という項目は盛り込まれなかったが本件運転士が研修センターにおける学科講習の際に使用した運転法規の補助教材には「運転速度を守ることは、列車を安全に運転する上での絶対の条件です」、「カーブを走る列車には、外側に飛び出そうという力

(遠心力)が加わり、限度を超えると脱線の危険性があります」等の記述があるなど、同社においては運転士への制限速度遵守の教育がなされていたものと考えられる。

しかしアンケート結果では、京橋電車区運転士の半数が転覆限界速度を120km/h(本件列車の福知山線尼崎駅〜新三田駅間における最高速度)以上と認識していたことから、運転技術に関する教育に,制限速度超過の危険性を十分に認識させるための教育を充実させるべきである。

9. 本事故の関与要因に関する解析

9-1 列車無線の傍受に関する解析

本件運転士のブレーキ使用が遅れたことについては、本件運転士が虚偽報告を求める車内電話を消極的な応答をされて切られたと思い、本件車掌と輸送指令員との交信に特段の注意を払っていたこと、日勤教育を受けさせられることを懸念するなどして言い訳等を考えていたこと等から、注意が運転からそれたことによるものと考えられる。

また、「動作」基本編において、運転中に無線機等により運転通告を受けた場合、列車の安全を最優先に考え、各駅停車列車については停車駅に停車後、運転通告受領券に記入することを基本とし、快速列車等については、便宜用紙又は携帯時刻表などに必要事項を速記し、停車駅に停車後所定の運転通告受領券に記入することを基本とするが、運転士が安全上必要と認めた場合は、輸送指令員に連絡後、最寄駅等に停止して記入してもよい旨定めていた。

列車無線を走行中の列車の運転士が傍受することについては、運転士が周囲の状況等を知り、それに適切に対応するために役立つものであり、一律に禁止するべきものではないと考えられる。

しかし、走行中の列車の運転士がメモを取ることについては、本件運転士のブレーキ使用が遅れた際、本件運転士が輸送指令員との交信内容をメモしようとしていた可能性も考えられ、また一般的に運転士による特殊信号発光機の停止信号、踏切道の支障等の認知の遅れにつながるおそれがあると考えられることから、禁止するべきである。

さらに、輸送指令員Aが本件運転士に呼びかけているが、走行中の列車の運転士が交信することについては、列車を緊急停止させるとき等安全上の必要性が高い場合に限定するべきである。

なお、輸送指令員Aの口述によると、車掌との交信終了後(本事故発生時)に、本件運転士に呼びかけたことについては、伊丹駅の前方に踏切道が

ないということを知らなかったので、踏切道の無遮断や遮断し放しのおそれがあると考え、踏切道との位置関係を聞こうとしたものであることから、精確な列車運行状況をリアルタイムに輸送指令員が把握できる装置の整備等により、走行中の列車の運転士との交信の必要性を低減する方法を検討するべきである。

また、運転通告等を文字で送信し、列車停止中に運転士がそれを見ることができるような方法、可能な限り車掌を活用する方法なども検討するべきである。

9.2 同社の運転士管理方法の本事故への関与に関する解析

同社はインシデント等について乗務員等に報告を求め、それを報告した運転士にペナルティであると受け取られることのある日勤教育又は懲戒処分等を行い、また、その報告を怠った乗務員等にはより厳しい懲戒処分等又は日勤教育を行っていた。

その一方で、同社は、鉄道施設又は車両の異常を容易に知り得る状況でありながら、必要な管理を怠ってそれを知らないまま、それらを使用し続け、並びに速度計に基準を超える誤差がある車両及びブレーキ無作動となる事象が発生した車両を、それらを知りながら使用し続けていた。

本件運転士が虚偽報告を求める車内電話をし、また本件車掌と輸送指令員との交信に特段の注意を払い又は日勤教育を受けさせられることを懸念するなどして言い訳等を考えていたと考えられることについては、上述の例に見られるように、同社が自らは必要な管理を怠って、また異常があることを知りながらそのまま使用し続ける一方で、インシデント等を報告した運転士にペナルティであると受け取られることのある日勤教育又は懲戒処分等を行い、その報告を怠った運転士にはより厳しい日勤教育又は懲戒処分等を行うという同社の運転士管理方法が関与した可能性が考えられる

10.原因

 本事故は、本件運転士のブレーキ使用が遅れたため、本件列車が半径304mの右曲線に制限速度70km/h を大幅に超える約116km/h で進行し、1両目が左へ転倒するように脱線し、続いて2両目から5両目が脱線したことによるものと推定される。

本件運転士のブレーキ使用が遅れたことについては、虚偽報告を求める車内電話を切られたと思い本件車掌と輸送指令員との交信に特段の注意を払っていたこと、日勤教育を受けさせられることを懸念するなどして言い訳等を考えていたこと等から、注意が運転からそれたことによるものと考えられる。

本件運転士が虚偽報告を求める車内電話をかけたこと及び注意が運転からそれたことについては、インシデント等を発生させた運転士にペナルティであると受け取られることのある日勤教育又は懲戒処分等を行い、その報告を怠り又は虚偽報告を行った運転士にはより厳しい日勤教育又は懲戒処分等を行うという同社の運転士管理方法が

関与した可能性が考えられる。

11.建議

 (1) インシデント等の把握及び活用方法の改善

鉄道事業者がインシデント等を適確に把握することができるよう、当委員会が平成17年9月6日に建議した「列車走行状況等を記録する装置の設置と活用」等に加えて、非懲罰的な報告制度の整備など乗務員等の積極的な報告を勧奨する取組を推進するべきである。

また、列車事故等については当委員会が調査して報告書を公表しているところであるが、それ以外の事象についても鉄道事業者等が必要な分析を行い、その成果が他の事業者においても活用されるような仕組みを検討するべきである。併せて、運送事業者が乗務員、車両等のみならず、輸送指令、インフラを含め一元的に管理する鉄道事業の特性を踏まえて、広範囲にわたるインシデント等に関する情報を総合的に分析して効果的に活用する方法も調査、研究するべきである。

(2) 列車無線による交信の制限

走行中の列車の運転士が交信することについては、列車を緊急停止させる場合等安全上の必要性が高い場合に限定するべきである。また、走行中の列車の運転士が列車無線による交信のメモを取ることは、禁止するべきである。

さらに、列車運行回数が多く、信号現示確認等に要する運転士の負担が大きい線区等においては、精確な列車運行状況をリアルタイムに輸送指令員が把握できる装置の整備等により、走行中の列車の運転士との交信の必要性を低減する方法、運転通告等を文字で送信し、列車停止中に運転士がそれを見ることができるような方法なども検討するべきである。加えて、可能な限り車掌を活用して、運転士との交信の必要性を低減する方法なども検討するべきである。

(3) メーカー担当者等への関係法令等の周知徹底

車両機器、信号機器等の安全上重要な機器が鉄道事業者にとってブラックボックス化する傾向があることから、メーカーによる十分な品質管理が行われるよう、安全上重要な機器のメーカーに対して直接の担当者まで行き渡るように関係法令等

を周知徹底するための措置を講ずるべきである。

また、鉄道車両及び鉄道施設の保守の外部委託化が進む傾向もあることから、これらの受託者に対しても同様に直接の担当者まで行き渡るよう関係法令等を周知徹底するための措置を講ずるべきである。

12.中間報告(H17年9月6日)での建議項目

12-1.ATSの機能向上

12-2.事故発生時における列車防護の確実な実行

12-3.列車走行状況等を記録する装置の設置と活12-4.速度計等の精度確保

図1.福知山線路線図

13.おわりに

 尼崎列車脱線事故の現場には既に3回、足を運んだ。そのうち1回は塚口駅から列車に乗り、運転席のすぐ後ろに立ち、脱線現場も通過した。

 脱線原因がいろいろ取りざたされたが、塚口駅から脱線現場まで1km位はほぼ直線であり、速度を上げて来た列車がブレーキをかける目標として、東名高速道路の陸橋が線路上を横切っているので、これを目印にすれば、ブレーキをかけ忘れることはあり得ないと考えられた。

 ところが、運転士は高速のまま脱線現場に突っ込み、ブレーキをかけた形跡が全然ないとのこと。

この原因は、運転士の精神異常か、気がかりなことがありそれに心を奪われたヒューマンエラーかいずれかであろうと推定していたが、鉄道事故調査委員会の詳細な調査によって、通過した駅での

オーバーランが原因で日勤教育や懲罰を受けなければならないという思いが頭を占め、ブレーキをかけ忘れたことが事故の根本原因であったということが判明した

 日勤教育という管理的要因が、ブレーキのかけ忘れというヒューマンエラーを発生させてしまった、ということは、だれでもがやりそうな単純なことから重大事故が発生する可能性があるということであり、恐怖すら感じる。

(注)本文中のアンダーラインは筆者が記入した

 ものである。

14.資料

14.1 鉄道事故調査委員会報告書(URL)

   http://www.mlit.gp.jp/araic/index.html

14.2 事故現場写真(URL)

http://www.asahi.com

14.3 なぜ起こる鉄道事故  山之内秀一郎著 朝日文庫刊


ー以上ー


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