「ある爆発事故」

朝の風景

 作業服に着替えて私は食堂へ急いだ。朝の始業前に熱いコーヒーで眠気をさましながら、新聞を読むのが長い間の習慣になっていた。時計は8時15分を指していた。

 今日も暑い、だが冷房の効いた食堂は、暑かった通勤の疲れを癒してくれる。新聞にもとりたてて目を引く記事はなかつた。スポーツ欄に目をやっていた時だった、ボォォンという大きな爆発音がひびき、その後、ゴォォという唸りに似た音がして、食堂の建物が揺れ動いた。窓ガラスが割れ、強い風が私の傍を通り過ぎていった。

 何が起きたのか分らないまま、私は急いで食堂の外に飛び出した。すると、十数メートル離れた第二工場棟のスレートの屋根が飛散し、鉄骨が剥き出しになっているのが目に入った。工場の中からは黒い煙も噴出し始めた。

 私は近くにあった粉末消火器を持って駆け出した。夜勤の従業員や追々に出勤して来た従業員が現場で粉末消火器を使って消火にあたっているが、火は消えず、むしろ勢いを増してきたようであった。やがてサイレンの音が聞こえて、消防車が到着するのが見えた。


爆発の被害

 工場長が工場幹部と総務課員を指揮して警察や消防の対応にあたり、技術課員の私は、自分の仕事に取り掛かったが、やはり落ち着かない。昼頃になって部屋に戻って来た技術課長が課員を集めて事故の概要を話してくれた。

 爆発したのは廃ガス処理装置、その爆発によって第二工場棟は炎上した。重軽傷者5名。幸いに死者はなかった。原因は調査中とのことであった。


爆発した装置

 ここで廃ガス処理装置の原理について概要を説明しておく必要があろう。

 この装置はプラスチック・フイルムに塗布した塗料を連続乾燥炉で乾燥し、発生した有機溶剤の
廃ガスを灯油を助燃材として燃焼させ、大気中に

放出するものである。

 かっては、有機溶剤の廃ガスを、そのまま大気中に放出していたが、公害の問題がクローズ・アップされ始めてから、この装置を設置して、完全燃焼した廃ガスを大気中に放出するようにしたものである。


爆発までの経過

 警察と消防で調査が進められ、爆発に到るまでの経過が新聞報道などで次第に明らかになってきた。

 また、その爆発の原因の推定とその防止対策を巡って装置を設計した技術課員と、下請けの設備を製作した会社との間で会議がたびたび開かれた。

 爆発は次の経過で発生したのではないかというのが、会議での結論であった

(1)排ガス処理装置の燃焼室に送られる空気供給の手動バルブを開き過ぎたため、風圧で

LP
Gの口火(パイロットランプ)が消えた。

(2)口火が消えた状態で排ガスと灯油の供給が続けられたため、排ガスと灯油が排出口を通って煙突に流れ、悪臭が辺りに漂った。操作員が異常に気づいたのはこの段階であった。

(3)操作員は直ちに操作室に行き、操作盤に向かった。先ずマニュアルに従って灯油の供給停止ボタンを押した。

(4)この装置は始動時には自動で運転されるように、コンピュータのプログラミングがされていた。しかし、自動的に操作が終了していなかったため、操作員は異常終了と判断し、手動操作にスイッチを切り替えた。

(5)操作員は読みにくいマニュアルと首っ引きで、手動操作を実行していた、この操作はほぼ

 半年振りであった。

(6)まず空気送給スイッチを押し、次に口火点火スイッチを押した、その後排ガス送給スイッチを押し操作盤を離れたところで、数十秒位後に爆発は起こった。


公表された爆発原因

 警察と消防が調査した結果、爆発の原因が公表された。それはあっけにとられるような内容であった。

(1)操作員は手動で灯油供給停止ボタンを押し

 たつもりで、間違えて、その下の空気供給停止ボタンを押してしまった。

(2)空気供給停止ボタンは驚くべきことに、プログラムミスによって、口火が立ち消えになっ

 たときは装置が起動しないようになっている安全装置(インターロック)を、解除させるボタン(安全装置停止ボタン)に変わっていた。

(3)そのため、灯油と空気は引き続き供給が続けられ、口火も点火されていたため、灯油の蒸気が爆発範囲(1.2%〜6.0%)に達したときに、口火が着火源になって爆発したものと考えられる。


私の回想

 「装置設計時の担当者であった私は、口火が消えたことが爆発の主原因なのではないかと考ている。
 設計時の状況を設計資料から考えてみると、口火が消えたことについては、風量と口火の関係を十分に調査して風量を決め、操作員の判断で風量を調整させるようなことをしなければ良かったと思っている。

 受け入れ検査のとき、なんでテストをもっと厳重に行なわなかったのだろうか。納期が遅れていたため上長からは早くするように催促され、下請け業者からも、テストの終了を早くするように頼まれて、自動操作のテストに重点を置き、手動のテストはあまり使用することがないだろうと、テストに力をいれなかったのが悔やまれる。

 また、操作員がスイッチの押し違えをしないように、色分け等の人間工学的配慮をすればよかった。

 口火の立ち消えを検知する安全装置は、装置を二重につけて、フエールセーフを考慮すべきであった。

 こんな爆発が起こるんだったら、もっと慎重に設計や受入検査をするんだった。」


操作者の回想

 「なんであのとき、スイッチを押し違えてしまったんだろう。いま考えてみてもスイッチを押し違えたという自覚すらない。会社から常々指示されている指差呼称をやらなかったけれども、あんなものやっても、やらなくても同じじゃないだろうか。それとも効果があるのかな。

 せめてスイッチが色分けでもされていれば、間違えなかっただろうにな。」


ソフト設計者の回想

 「そういえば、あの装置のときも納期が忙しくて徹夜でプログラミングをしたっけ。徹夜すると注意力が落ちて間違えることが多いよな。外注で最終工程のソフトを担当するものはいつも損をするよ。」


工場長の回想

 「怪我をした人がでたけれど、死者が出なくて不幸中の幸いだった。それにしても、設備の設計者、プログラミング担当者、操作者みんなたるんでいる。会社に損害をかけてどう考えているのだろう。もっとしっかり仕事をしてくれなければ困る。」


終わりに

 この話は、実際に起こった爆発事故をモデルにして筆者が手を加えたたものである。災害は些細なことの積み重ねで発生する。特に、設計部門でのミスが大きな災害の引き金となることがあり、それにいくつかのミスが重なって重大災害を引き起こす。さらには、管理者の姿勢がその背景に大きな比重で存在する。

 災害防止は

(1)設計者の安全にたいする考え方と実践

(2)操作者の災害防止に対する真摯な姿勢

(3)装置製作者(プログラマー)のシステム全体にたいする配慮

(4)管理者の災害防止にたいする哲学

このような、関係者の気を緩める事のない努力で辛うじて災害は防止出来るものである。

 以上



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