「誉めてやらねば、人は動かじ」
     


1.山本五十六記念館で
 先日、新潟県の小千谷市に所用があり、時間が余ったので長岡市に立ち寄り、駅の近くにあると聞いていた山本五十六記念館を訪ねてみた。



図1.山本五十六記念館

 平屋の百坪ほどの展示場の中央には、山本五十六が戦死した時に乗っていた飛行機、一式陸攻の片翼がメイン展示として置かれていた。
 周囲の壁際には山本五十六の遺品が展示されていたが、特に私の目を惹いたのは、わら半紙を綴じて作った文庫本程度の大きさの手帳であった。そこには、和歌、狂歌、道歌等が達筆な文字で書かれていた。そばには、山本五十六の父君が和歌等を作るのが好きだったので、その影響を受けたとの説明文が置かれていた。

2.教育訓の創作者は誰か
 展示物で中を開けないので、来館者がなく暇そうに受付で座っていた館長に「やって見せ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」の言葉はこの手帳に書かれていないのかと尋ねてみた。
 館長の説明では、上記の言葉はメモされていない。また時々、来館者や電話等で質問を受ける。それに関しては長岡市の関係者が調査したが、山本五十六関係の書物等には書かれたものはないと言う。私も山本五十六関係の書物を何冊か読んだが、書かれたものは見つからなかった。
そのため、館長は長岡市観光課等で作った観光案内では、次のようにしたと言う。「山本五十六が折に触れて語ったこの言葉は、山本五十六が創出したものではないにも関わらず、その鋭い洞察から五十六の言葉として広まり、現代でも人材育成の名言として広く知られている。」



図2.長岡市観光課の観光案内

 館長はこの言葉の作者として、長岡中学の先輩で吉池グループ(現在も東京・御徒町駅前にスーパーがある。)の創始者高橋与平が創出して人にも語っていたのを山本五十六が聞き、座右銘として使っていたのではないかと言う。
 もう一つの説は、海軍出身の作家である吉田俊雄の説で、「目に見せて、耳に聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、だれもやるまい」という、狂歌仕立ての教育訓が、海軍のなかで伝えられていた。山本五十六長官は「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かぬ」と教えたという。
 創作者は山本五十六ではないというのが定説になっているようであるが、山本五十六が教育訓として人に語っていた、いわば座右銘であるということは、いくつかの本にも書かれている。
 創作者はともかく、教育訓練のための教育訓として、大変に優れたものであることは間違いない。

3.子供を誉めて優勝
 数年前、ある教育で「やってみせ・・・」の話をしたところ、受講者の一人が次のような話しをしてくれた。
 「昨年のリトルリーグで八王子チームが優勝したが、そのチームの監督は野球の経験はあまりない方であった。しかし、その監督は子供たちを誉めて野球をさせた。ヒットを打てば誉め、上手く守れば誉め、打てなかったり、エラーをすれば叱らず、この次は上手くやれるよと励まし、とうとう、全国大会で優勝してしまった。」という話である。
誰も叱られれば良い感じはしないが、誉められれば発奮する。「誉めてやらねば、人は動かじ」は、いつの時代にも教育の基本ではなかろうか。
 ところで、RST講座で太平洋戦争に触れた時、どことどこの国が戦ったのか、そしてどこの国が勝ったのかという質問を受けて、面食らったことがある。そういう若い世代のためには、山本五十六の略歴を説明する必要があるであろう。
 50年前の人物は歴史の中に埋もれかけているのかもしれない。

4.山本五十六の略歴
山本五十六は越後の長岡で明治17年に生まれた。父が56歳の時の子供なので五十六と名づけられた。



図3.山本五十六の生家

 日露戦争に従軍し、日本海海戦では敵弾で左手の指、二本を失っている。
 大佐時代には駐在武官として、アメリカにも2年3か月駐在している。その時に、アメリカの強大な国力を痛感したという。帰国後、霞ヶ浦海軍航空隊等で海軍航空隊の育成に力を注いだ。
「やってみせ・・・」の教育訓はこの頃良く用いたという。
 やがて海軍次官に就任し、アメリカとの戦争を避けるため、「日独伊三国同盟」に猛反対する。右翼に付け狙われて暗殺の危険が増したため、米内海軍大臣の働きかけで連合艦隊司令長官に転出する。
 昭和16年太平洋戦争開戦と共に、ハワイの真珠湾を空襲し、大戦果を収める。 
 しかし、その翌年にはミッドウエイ海戦で空母4隻を失う大敗を喫し、太平洋戦争敗戦の端緒を作る。
 その後、山本五十六は飛行機で前線視察中、待ち伏せしていたアメリカ戦闘機に撃墜されて戦死する。

5.終わりに
 山本五十六は太平洋戦争敗戦の原因の一つを作った敗軍の将であるが、その座右銘「やってみせ、言って聞かせて させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」は後生に残した教育訓として、強い影響力を持っている。特に「誉めてやらねば人は動かじ」の一節は、私の座右銘としても使わせてもらっている。

6.参考文献
 @「人間山本五十六」反町栄一 
光和堂 S32
 A「新版山本五十六」阿川弘之
          新潮社 S32
 B「父・山本五十六」山本義正
          光文社 S44
 C「人間提督山本五十六」戸川幸夫
          光人社 S51
 D「栄光と悲劇」吉田俊雄
          秋田書房S61
 E「山本五十六と米内光政」
   高木惣吉 文芸春秋新社S25
 F「井上成美」阿川弘之 
          新潮社 S34
 G「最後の海軍大将井上成美」宮野澄
          文芸春秋S57
 H「山本五十六のすべて」 
新人物往来社編S63
 I「山本五十六」プレジデント編
S56
 J「山本五十六・その昭和史」
煤本捨三 東京秀英書房S54
 K「修羅を生きる」神坂次郎
        中央公論新社S56
 L「修羅に賭ける」神坂次郎
中央公論S56
 M「劣等感をバネにして」扇谷正造
PHP研究所 S56
 N「橋本禅巌講話」橋本禅巌
           鴻盟社S58
 O「山本元帥前線よりの書簡集」 
広瀬彦太 東兆書房

―以上―





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