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「機械は人間に危害を加えてはならない」
本橋秀一郎  

1.機械を作ったのは人間である
 人間と機械との関わりは産業革命以後、ますます深まって来たが、それとともに事故も増えてきた。機械による事故を、初期の蒸気機関車(今はSLと呼んだほうがわかり易いかもしれない)に例をとって書いてみる。
 19世紀の初め、ジェームス・ワットの発明した蒸気機関を積んだ機関車が走り始めた。ところが、驚くべきことに初期のころは、蒸気機関車を止めるためのブレーキはついておらず、運転士の技量で上手に停車することが要求されたのである。
 イギリスのマンチェスターとリバプール間に線路が引かれたとき、その動力を馬にするか蒸気機関にするかを決めかねた鉄道会社が、1829年にコンテストを開いた、そのときに参加した5両の蒸気機関車のなかで優勝したのはロケット号と言い、馬車よりも蒸気機関車がほうが牽引力も速度もすぐれていることを立証したのである。ロケット号はその後旅客を初めて乗せて走った蒸気機関車として名声を博するが、他方では、人身事故を始めて起こした蒸気機関車となるのである。




図1.ロケット号




 事故はそのコンテストの最中に起こった。ある紳士が列席していた貴賓席の知人を見つけ、挨拶しようとしていきなり線路を横切った。運転士はこの動作に気づいたが、平均時速23Kmで走行し、しかもブレーキの付いていないロケット号を止めることは出来ず、紳士は死亡した。
 日本ではどうか、記念すべき鉄道開通の最初の日、その事故は起こった。当日、新橋駅は見物人で大混雑であった。一人の男性が押されて機関庫前の石炭の燃え殻を捨てる灰坑に落ち込んだ。そこへ運悪く列車が走行して来たため、その男性は線路に両手をかけて飛び出そうとしたが間に合わず、両手を切断してしまった。
 柳田邦男は国鉄OBの著書を引用して、次のように記している。
「このような事故を嚆矢とし、その後事故は全く無人の広野に矢が放たれたように無限とも思われる勢いで増加を続けて行った。列車のスピードは早くなる。列車の編成は長くなる。列車の密度は高くなる。隣接線には列車が走っている。鉄道の躍進は、まさに事故規模大型化への警鐘でもある」
 この事故から得られる教訓は、
(1)人間は動作ミスをする。(線路を横切る)
(2)人間には設計の見落としがある。(停止機能がない)
(3)人間が機械に衝突すれば、人間が傷つく。
これらに関連して
(4)機械は故障する。
(5)人間は操作ミスをする。
いずれにしても事故に遭うのは人間である。
 “機械は人間が、人間の幸せのために作ったものである。そのため、機械は、誤っても人間に危害を加えてはならない。”

2.機械にはどんな危険があるか
(1) 機械による危険性
? 単独に回転する機械部分でのまきこ
まれ危険
研削といし、旋盤・ボール盤のチャックなどがこれにあたる。



図2.ボール盤とドリル

ボール盤作業では、軍手をはめて作業をするとまきこまれて危険なので、軍手使用禁止であるが、筆者の行う中小企業の安全診断では冬季、暖房が不備なため、軍手をはめて作業している例が時には見られる。まきこまれれば、指がもぎ取られることもあるのに。
? 運動中の2部品の回転部分、叉は回転部分と固定部分の間で起きる、まきこまれ危険
印刷機などで見られる逆転して相接する2ロール間、ベルトとプーリー間、チェンとスプロケット間、といしとワークレスト間、コンベアーとフレーム間などがこれに相当する。



図3.相接して逆転するロール

ある大手印刷会社で聞いた話であるが、創業以来100年続いていているその老舗では、毎年、数名の作業者がロールにまきこまれ、手を失っているとのことであった。ロールにゴミが付着すると、そのゴミを除かなければ印刷物が連続して不良になるため、咄嗟にロールのゴミを指で除去しよぅとして、高速で回転しているロールに手をまきこまれるのだそうである。昔に比べて最近は良くなりましたと担当者は苦笑いしながら話してくれた。
? 直線運動とすべり運動
直線往復運動とすべり運動部分間でのはさまれ危険で、金属プレスのパンチとダイの間に起こる。また、シャーリングナイフとフレームの間にも起こる。



図4.プレスのパンチとダイ

私の義兄も昔、町工場を経営していた時にプレス事故に合い、右手の親指と人差し指を失くした。それから勉強して左手で文字を書くようにしているが、不便なものだよと笑っていた。
昔は、「指の一本や二本無くさなければ一人前ではない。」などとプレス職人が強がりを言っていたが、ご当人にすれば飯の種にかかわる重大事なのである。
? 機械部品の飛出し
 といしの強度不足による破損やプレスの破損で飛び出す破片が作業者にあたり、致命傷を与える。
? 材料の飛出し
 切粉や製造中の加工物の飛出しが作業者にあたり、大きな災害になる。

(2) 機械による災害(H12年・休業4日以上)

機械名 災害件数    %
原動機 74 0.1
動力伝導機構 588 1.1
木材加工用機械 5,644 10.7
建設機械等 2,569 4.9
金属加工用機械 5,666 10.8
一般動力機械 9,925 18.8
動力クレーン等 3,108 5.9
動力運搬機 16,779 31.8
乗物 8,340 15.9
機械 小計 52,693 37.6
機械以外 小計 87,281 62.4
合  計 139,974 100

                          表1.機械の種類と労災

“人間が傷つく原因には、機械の不安全状態と人間の不安全行動がある。エラーをするのが人間の特性。人間のエラーを機械でカバーしなければならない。”

3.人がミスしても、機械が壊れても人間は傷つかない様に(本質安全化)
 ケガをした作業者に聞くと、次のような話を良くする。「コンプレッサーのベルトが緩んだので交換しました。微調整をするために電源を入れ、回転状態を見ていたところ、『ついうっかりして』ベルトに触れ、まきこまれてしまいました。」この作業者は安全カバーのない状態で電源を入れれば、回転しているベルトが危険なことは承知していたが、回転しなければ動作状態が確認できないので、止むをえず回転させた状態で動作を確認していたが、作業に夢中になり「ついうっかりして」手を出してしまったのである。これをヒューマンエラーと言う。
この災害での作業者を責めることはできない。作業者が「ついうっかりして」手を出しても手がまきこまれないように機械の側で歯止めをすることが大切である。例えばベルトとプーリーの間にまきこまれ防止バーを設置し、手が入らないようにする工夫である。
  本質安全化にはフール・プルーフとフエール・セーフの二つの方策がある。
(1) フール・プルーフ
 これは、いわゆる「バカよけ」でバカがやってもチョンがやってもけがをしないように、人間のエラーを機械の側で補ってやるものである。
  機械開口部のインターロック、ロボット柵の出入り口の安全プラグ、身近の例では自転車の錠と鍵で、鍵を差して錠を開けなければ自転車は走らない。また、直流のピンとプラグで間違えても、逆に差す事はできない。





図5.直流電源プラグ



また自動洗濯機の脱水装置は作動中に蓋を開ければ、急停止するようになっている。
先日、ある企業の講演会で「バカよけ」の話をしたところ、「バカよけ」とは上品な言葉ではないとお叱りをうけた。しかし、私はバカがやっても、チョンがやっても、赤ん坊や子供が手を出してもケガをしない機械でなければいけないと考えている。「バカよけ」万歳である。「バカよけ」を設計思想に取り入れた機械がもっと世の中に広がることを望んでいる。
(2) フエール・セーフ
  機械は故障するものである、機械が故障したとき人間に危害を及ぼさないようにするのがフエール・セーフである。
  例えば鉄道信号が故障したときは、信号が赤になるように信号に仕掛けをしておき、列車が停止するようにすることがこれにあたる。
  また、ガスレンジで口火をセンサーで検知して、口火が消えていればガスの供給を止め、口火が付いていればガスの供給を始めるような仕組になっているものがあるが、これもフエール・セーフの考えに基づくものである。
 “人間はミスを犯すもの、機械は故障するもの。いかなる状態でも、機械は人間に危害を加えない仕組み、すなわち本質安全化の考えに基づく仕組みを機械に組み込むべきである。”





図6.ガス湯沸し器





4.全ての機械に安全基準
(機械の包括的な安全基準に関する指針)
 従来、市販されている機械製品にはお座なりな安全装置しかついていないものが多かった。安全カバーのないベルトやギアー、インターロックのない安全柵の出入り口等々、枚挙に暇がない。また、特注品についても、事業者や発注者の安全意識が低いため、コストダウンの手段として、安全装置を取り付けないというようなことが平気で行われた。
 上記の指針では、製造者に製造機械にはリスクアセスメントを実施させ、機械の安全化を義務付けている。
 また、機械を使用させる事業者にもその実施を義務付けている。
 リスクアセスメントで重要なことは、「危険源の特定」である。機械のどこに危険な個所があるのかを想像によって推定することから始まる。そのためには、一般的に、機械の危険はどういう所で、どのように起こるのかを熟知していなければならない。
 次にはリスク低減の概念である。リスクはある機械で災害が起こったと想定したとき、
次のような手法で評価する。
(1) 災害の重大性を推定して数値化する。

点  数 重    大    性
4 致命傷災害
3 重大災害
2 軽度災害
1 上記に満たない災害
表2.重大性の評価


(2)災害の可能性を数値化する。


点   数 重    大    性
4 確実に起きる
3 可能性が高い
2 可能性がある
1 ほとんどない
表3.可能性の評価


(3)評価点を算出する。
  (A) 評価点=(1)+(2)

災害の可能性
4 3 2 1
4 8 7 6 5
3 7 6 5 4
 大 2 6 5 4 3
  性 1 5 4 3 2
表4.評価点算出(加算)


  (B) 評価点=(1)X(2)

災害の可能性
4 3 2 1
4 16 12 8 4
3 12 9 6 3
2 8 6 4 2
1 4 3 2 1
表5.評価点算出(乗算)

  (C) 上記(A)または(B)の評価点に一定のウエイト付けをした評価点。

災害の可能性
4 3 2 1
4 16 15 12 8
3 14 13 10 5
2 11 9 6 3
1 7 4 2 1
表6.評価点算出(ウエイト付け)


 どの方式を選ぶかは、各企業で決める必
要がある。また、災害の可能性及び重大性についても、段階の取り方に幾種類かあるが、一般的には3〜5段階である。(BS-8800、EU指令ガ慰ダンス、MIL-STD-882C等参照)
いずれにしても、災害の重大性や発生可能性を推定するためには、経験と知識が必要である。
リスクアセスメントは、リスクという新し
い概念を定量化して、安全対策の優先順位を決めることであり、大変、ユニークである。
 次に「機械の包括的な安全基準に関する指針」は指針であるため、罰則が伴わない。機械の危険については、民事裁判で争わねばならない。民事裁判の増加を見込んで、司法関係者の増員や、司法書士を裁判官に代替する案等も検討されているようである。
 いずれにしても機械の製造については、
計画段階?設計段階?製造段階?
完成検査段階?試運転段階?生産段階
という流れであるが、この流れを逆に前の段階、前の段階と対策を遡って進めていけば、対策も容易になり、安全性も確なものになる。

“リスク低減は機械の製造者、機械を使う事業者の責務であり、また、機械を設計し、作る技術者の役割が重要である”

5.経営全体での取り組み
(安全衛生マネジメントシステム)
 今までの災害防止活動は、一個人、一職場、一部門、一工場の活動であった。しかしながら、狭い範囲の活動では、その成果も限定されたものになるのは、止むをえないかもしれない。安全衛生マネジメントシステムでの取り組みは、経営全体で災害防止活動に取り組もうという考えである。
 さらには、世界中が同一のシステムで災害防止活動を進めて行こうということである。世界中が同じシステム(グローバルスタンダード)では、国によってレベルが異なるため、低いレベルに合わせざるをえなくなる。そのため、システムそのものが冗長なものになりがちであるが、そこは知恵を出し合って、実用的なシステムに育て上げていくべきである。
安全衛生マネジメントシステム(OSH-MS)については、長くなるので、別の機会に譲る。
“個人から会社全体、さらには世界全体が同一のシステムで災害防止活動ができる様に努力しよう。”

6.労働災害と家族の悲しみ
 「告別式が終わり、遺族が最後の対面をした時だった。それまでじっと耐えていた悲しみが一挙にあふれ出たように、若い未亡人はひつぎにとりすがった。
 『あなた!あんなに毎朝、気をつけて下さいって頼んでいたのに・・・。どうしてこんなことになったんです・・・。これから私たちどうしたらいいの・・・』
 なきがらに覆いかぶさるように泣き叫ぶ未亡人の声に、私は自分の胸をえぐられるようにつらかった。近親者に抱きかかえられるように引き離され、最後の対面を終わると、ひつぎは静かに関係者に担がれて、外に待つ霊柩車のほうに境内を出て行った。
 『お母ちゃん。お父ちゃんはあのくるまでどこへいくの。』
 いたいけな子供の疑問、母親はただハンカチを顔にあててむせび泣いているだけだった。
 わたしはもう、その場にいることがっできなかった。あふれてくる涙もふく気になれなかった。」これは関電工元会長・押本栄氏の著書から写させていただいた。
 どんな家族にもこのような悲しい思いをさせてはいけない。
 「機械は人間に危害を加えてはならない」というテーマの底に、押本氏が体験された悲しい思いを二度と起こしてはいけないという私の思いが込められたであろうか。
“人間に危害を加えない機械を作るのは、経営者と技術者の安全哲学と信念である。”

7.参考文献
(1) 「事故の死角」柳田邦男著 文芸春秋刊
(2) www,asahi-net.or.jp/^ZZ2T-FRY/
rocket.htm
(3) homepage2.nifty.com/shworld/
08_index.html
(4) 「これからの安全管理」 西島茂一著
        中央労働災害防止協会刊
(5) 「安全技術入門」 杉本旭ほか著
中央労働災害防止協会刊
(1) 「ここがポイント日本の労働安全衛生
  マネジメントシステム」労働省安全課編
中央労働災害防止協会
(2) 「人間愛の経営」押本栄著 
ダイヤモンド社刊
 
8.著者
本橋安全管理事務所 所長
本橋 秀一郎
  (モトハシ ヒデイチロウ)
   労働安全コンサルタント(労働省登録)
   東京安全衛生教育センター講師
 (URL) http://www.amy.hi-ho.ne.jp/makj/
 
文集目次

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