目の前に、最も大切な人が居る。
けれど、この部屋の雰囲気は暖かい訳でもなく、甘い訳でもない。
油断すると身を切り刻まれるような、冷たい空気で満たされていた。
「どう説明しても、信じてもらえないのね。蓉子」
「どうやって……どうやって信じればいいのよ!」
目の前に居るのは蓉子の最も大切な、掛替えの無い存在。
けれど、ほんの数刻前に目にした光景は蓉子の信じたいという想いをずたずたに切り裂いて余り有
るものだった。
何年にも及んだ長い長い片想い。
ほんの数ヶ月前にようやく実った想いだったのに。
「私が……私がどれだけ聖を愛しているか……何もかも捧げたって構わない。なのに!」
「蓉子!」
久しぶりに聞く、聖の厳しい声。
思わず体が竦む。二人がその想いを確かめ合ってからは初めてだったかも知れない。普段ならば彼
女をこのように厳しく責める事の方が多かっただけに、とても堪えた。
「私達の関係って所詮その程度だったんだ」
そんな筈ない。そんなことある筈ない。けれど、今は聖のどんな言葉も薄ら寒い諌言のように聞こ
えてしまって、冷静な判断が出来ない。
「違う、違うの!私だって聖のこと信じたい!信じたいの!でも……」
「構わないわよ。蓉子がそうなら、私だって好きにさせてもらうだけだから」
「待って!待ってよ!」
冷たく言残して、聖は部屋から出て行った。
蓉子はそのまま膝を付いて呆然と、聖が姿を消したビスケットの扉を眺めていた。
「どうして……私は、私が悪いんじゃないのに……聖が、あんな事したからなのに」
聖の勝手な行動が悔しくて、聖の言葉を信じ切れない自分の情けない心が悲しくて。
蓉子は小さく嗚咽を洩らして床にうずくまった。
「聖のバカ、聖のバカぁ……」
─────────────── * ──────────────────| | | |