「いい香りのお茶ね、さすが蓉子」
鼻腔をくすぐる上品なアールグレイの香りを楽しみながらカップを口に近づける。
お砂糖は申し訳程度。
ミルクもレモンも入っていない。
ストレートでも良かったけど。
一口。
唇を潤す程度に頂く。
「有難う、江利子」
目の前で水野蓉子が微笑んでいる。
彼女の隣では聖が猫のように蓉子の肩にすりすりしている。
「今の格好、聖の親衛隊が見たら泣くわね」
「卒業しちゃったんだから、解散してもいいのにね」
「蓉子の親衛隊だってまだ健在なんでしょう?」
「そうみたい」
「うふふ」
3人声を揃えて苦笑する。
江利子たちがリリアンの高等部を卒業して早数ヶ月。
世に言う夏休みももうすぐ終わりだった。
「それにしても、こんな風に茶話会をするのも初めてね」
「そうね、さすがに進学して直ぐはあまりゆとりもなかったから」
「そうなの?蓉子だったら最初から余裕っぽいのに」
「聖と一緒にしないで。私達はリリアンじゃないんだから」
相変わらず仲の良いこと。
まあ、自分もあまり人のことは言えないけれど。
それにしても、聖と蓉子は卒業してから更に親密なようだった。
以前からそうだったけれど、今はもうべったり。
自分のお付き合いしている相手と比較するまでも無い。
「江利子はあの熊さんとどうなの?」
突拍子も無く聖が聞いてきた。
「どうって……電話でお話したり、ときどき博物館でデートしたり。まだお友達の
状態よ」
「意外。江利子だったらとっくに熊さん押し倒しているかと思った」
「蓉子じゃあるまいし、そんなことしないわよ」
「ブッ!」
聖との会話に突然危ない台詞を言われたせいか、蓉子が飲んでいた紅茶を拭き零した。
まあ、珍しいものを見せて頂いたわ。
彼女はさらにけほけほとむせ込んでいる。
−図星だったのね。
聖が蓉子の背中をさすりながら「大丈夫?」と声を掛けている。
蓉子はこくこく頷きながらティッシュで口の周りを抑えてまだむせ続けている。
「な、な、な」
ようやく立ち直った蓉子が唖然とした顔で江利子を見る。
「知らないとでも思ったの?」
「な、なにを…」
「貴女と聖のカ・ン・ケ・イ」
そう言った瞬間、聖が蓉子を抱きしめた。
「ちょっ!聖!」
「江利子にはあげないよ」
「あら、さすがね。よく見抜いていたこと」
「なんのこと?ねぇ二人とも」
蓉子はなんとか聖を引き離そうとしながらも、まんざらでもない様子だった。
それにしても、いくら隠していたとはいえ全く気づいていなかったなんて。
ちょっとショックだわ。
聖は気づいていたようなのに。
やっぱり恋敵には敏感なのね。
「気づいてなかったのね。わたしが蓉子を好きだった事」
「っっっっっ!!」
「つくしちゃんは気づいていたのに」
「失礼な言い方しないでよね、江利子」
聖が口を尖らせて抗議する。
可愛い可愛い。
でも、硬直してる蓉子のほうがもっと可愛い。
「え、江利子。あなたには山辺さんがいらっしゃるでしょう!?」
「もちろん彼も好きよ。結婚したいくらい」
「だったら何故!?」
「あら、知らなかったの?わたし両刀だったのよ」
「…………」
ちーん。
蓉子はこれで暫く立ち直れないわね。
あとは聖だけ。
ここまで暴露したのだから、せめて蓉子の唇くらいは頂かないと割りが合わないわ。
「聖。あのね」
「貸さない、させない、あげない」
聖が間髪居れずに返してくる。
沈没した蓉子を庇うように抱きしめている。
意外とガードは固そうだけど、すぐに撃沈できるわ。
聖を黙らせるネタなんていくらでもあるもの。
聖の耳元でほんの小さい声で囁いた。
蓉子に聞こえたら意味が無いから。
「祐巳ちゃんとの関係」
「!!」
「キスだけで終わらなかったものね」
ふふふ、思い切り狼狽してる。
蛇に睨まれた蛙のように油汗を流している聖に止めの一撃を囁く。
「蓉子が知ったらどうするかしら」
「え、江利子さま」
聖が悲壮な笑みを浮かべて言った。
−前白薔薇さま、撃沈完了。
いまだ立ち直れない蓉子に向き合う。
その綺麗な顔にそっと両手を添える。
硬直して大きく見開かれた瞳。深い色合いがとても美しくて吸い込まれそう。
蓉子を想い始めてどれだけ過ぎた事か。
聖がなんども啄ばんだであろうその唇。
やっと触れる事が出来るのね。
−頂きまーす。
−f i n−
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