Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『たまには姉妹らしく』


 「ネタが無い…」

 何度目だろう。

 「ネタがない…」

 ああ、もう!

 「ネタがないのよー」

 ワープロソフトの立ち上がったパソコンの前でにらめっこを始めてから
 何度この言葉を口にしただろうか。
 キーを打つ事も無く、ひたすら画面の中の白い窓とにらめっこ。

 「真美?」

 不意に後ろから声を掛けられる。

 「お姉さま…」
 「何時だと思っているの?」

 来た。
 姉であり、部長である築山三奈子さまはそう仰った。
 いまだ、明後日には発行しなければならない「リリアンかわら版」の原
 稿が遅々として進んでいない事を咎めに来たのだろう。
 引退されたのなら、後は残ったものに任せてくれればいいのに。
 お姉さまはこうやって時々部室を覗きに来てぼやいていかれる。

 「申し訳ありません」
 「何を言っているの?」
 「いえ、原稿ができていないから…」

 お姉さまは何の事。といった顔で真美を見た。
 そうやってまたいつものようにじわじわと責めて来るのだろうか。

 「もう6時も回っているのよ、早く帰りなさい」
 「は?」

 6時?帰れ?

 下校時刻なんてリリアンかわら版の為なら抹殺してしまえるお姉さまの
 言葉とも思えなかった。

 「もう外は真っ暗よ。女の子が一人歩きするにはちょっと危ない時間よ」
 「まあ、そうですけど」
 「『元』部長としてそこまでかわら版に没入してくれるのは嬉しいけど 
  それ以前にあなたは女の子なんだから」

 姉が何を言おうとしているのか良く解らなかったが、真美が帰るまでこ
 こから離れそうもなかったので仕方なく椅子を立った。

 「あ…」
 「真美!」

 長時間、変な姿勢で椅子に座り続けていたせいか膝が笑っていた。
 立った瞬間、膝に力が入らずに真美はよろめいた。

 「痛…」

 「ごつん」と言う音がして真美は倒れこんだ。
 けれども真美には殆ど衝撃はなかった。
 さっきの声も自分の物ではない。
 と、いう事は……

 「お姉さま!?」
 「もう、しっかりしてよね。真美」

 三奈子さまは真美の下敷きになってしまっていた。
 三奈子さまはしたたか腰を打ってしまったようだけど「大した事無いわ」
 と言って苦笑していた。
 三奈子さまの腕は真美を庇うように抱きしめられていた。
 真美は早く退かなければ、と思ったが先ほどと変わらず足にうまく力が
 入らない。

 「まだ足が上手く動かないのでしょう」
 「あ、はい……」

 鋭い。
 膝に力が入らない事をお見通しのようだった。

 「いいわ、足が動くまでじっとしてなさい」
 「え、でも」
 「立てないのだから、しょうがないじゃない」
 「は、はい…」

 いままで、こんなに三奈子さまと身体を触れさせた事があったろうか。
 なかったと思う。
 真美と三奈子さまはありがちな姉妹でなかったから。
 姉妹仲良く。なんて雰囲気じゃないし。
 真美は自分で思い出しても可愛くない妹だったと思う。
 三奈子さまもいつも一人で突っ走ってしまうような姉だったし、それに
 厳しい突込みををしている自分を「可愛げがない」と良く零していた。
 けれど、今はなんだかほっとするような気持ちだった。

 「まるで他所の姉妹のようね」

 三奈子さまが苦笑しながら言われた。

 「なんか、恥ずかしいですね」
 「そうね」

 真美もなんだか照れくさくなってきた。
 こんなこと今まで無かったよなあ、なんて思いながらこういうのも良い
 ものだな。と思う。

 「まあ、たまには『お姉さま』らしいことさせて頂戴」
 「はい」

 真美は、素直に身体を預け続けた。
 膝に力が戻るまで、もうそんなに時間は掛からないだろうけど、初めて
 仲の良い『姉妹』のように振舞えたこのひと時。
 お姉さまと同じ学校にいられるのもあと少し、もうすこし楽しんでもい
 いかなって思えた。
 もう少し、他の姉妹のように仲良くしてみても。

 真美は、『お姉さま』の温もりを確かめながらそう想った。

   −f i n−


ごきげんよう。
真美さん・三奈子さまです。
いやあ、楽しかったです。
いつもトラブルメーカーの三奈子さまと、突っ込み妹の真美さん。
タクヤくん絡みでなんだかおセンチ(笑)な真美さん見てから彼女
って実はこういうのに弱いのかななんて勝手なそうぞうしてしまい
ました。
仲良き事は〜って感じで(笑)
それではまた近いうちに。


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