Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『Painful Thought』−切ない 想い−


 花寺学院の学園祭を明日に控えた土曜日の午後。
 リリアン女学園の学園祭も近づいてきた為、そろそろ追い込みに入った演劇部の
 練習に向かう為、瞳子は校舎を歩いていたところで二人の少女を見かけた。

 「祐巳さまと…」

 一人は瞳子にとってもっとも大切な人になってしまった、紅薔薇のつぼみである
 福沢祐巳さまだった。
 問題なのはその祐巳さまと一緒に歩いている同級生だった。

 「細川…可南子…!」

 瞳子は忌々しげにその少女の名前を口にした。
 自分とは全く相容れないクラスメイト。
 もう何度も衝突し、その度に瞳子の心に嫌な気を残していく。
 彼女の心にある邪な思いと共に。

 瞳子は二人に気づかれぬよう後を付けた。
 細川可南子はここしばらく、まるで行動を監視するかのように祐巳さまの後
 をつけまわしていた。

 それに気がついたから、先日、ミルクホールで祐巳さまに注意を促したのに。

 「祐巳さまは鈍感でいらっしゃるから…」

 祐巳さまと細川可南子は校舎を出て、古い温室にやってきた。

 「こんな温室あったのですわね」

 瞳子はその温室の存在をはじめて知った。

 中に入っていった二人に気づかれぬようそっと温室をのぞき込む。
 二人はなにやら話し合っているようだった。

 「昨日の事ですわね、多分」

 細川可南子が何を祐巳さまに話しているかおおよその見当はつく。
 昨日、従兄弟の優お兄様が祐巳さまの為になにやら手を貸して差し上げたら
 しいことは知っていた。
 そして、それが細川可南子に関係ある事も。
 彼女は「福沢祐巳さま」という人に自分の夢想を押し付けようとしている。

 −穢れを知らぬ、純真無垢な薔薇のつぼみ。

 その夢想を、瞳子の大切な祐巳さまに無理やり押し付けようとしているに違
 いない。
 けれども、祐巳さまはそれを受け入れるような自我の薄い人ではないことを
 瞳子は信じていた。祐巳さまのことを何度も何度も考え続け、祐巳さまにし
 か持ち得ない魅力を知ってしまったから。

 しばらくして、細川可南子が黙り込んだかと思うと急に大きな声をだした。

 「……裏切らないで下さい!」

 最後の所だけが瞳子の耳に届いた。
 その直後、細川可南子が出口の方に向けて駆け出した。そこには何時の間にか
 人影があった。

 「祥子お姉さま…」

 そこにいらしたのは、もう一人の大切な人。
 祐巳さまの姉であり、紅薔薇さまである小笠原祥子お姉さまだった。

 祥子お姉さまと少しやり取りがあった後。
 細川可南子は温室から走り去り、中には祥子お姉さまと祐巳さまだけが残った。

 そして、祐巳さまが祥子お姉さまの腕の中に飛び込まれたのを見たとき…
 瞳子は言い知れぬ感情が心に沸き起こるのを感じた。

 「…祐巳さま」

 祐巳さまを抱きしめている祥子お姉さま。お二人はお互いがかけがえのない存
 在なのは頭では理解していたし、納得もしていたはずだった。
 なのに…。
 その光景を目の当たりにした瞬間。
 瞳子の心の中は、祥子お姉さまに対する妬ましい想いで溢れかえっていた。

 「…祐巳さま」

 もう一度、いとおしい人の名前を呟いて瞳子は温室を離れた。
 まるで逃げ出すかのように。

 −祐巳さまを支えてあげたい

 あの場所で祐巳さまを包み込んでいらっしゃるのが祥子お姉さまではなく、瞳子
 だったなら…
 瞳子が祐巳さまを助けて差し上げれたら…

 二人が居る場所から離れていくにつれ、涙が流れ始めた。
 拭っても拭っても止め処なく涙が溢れてくる。

 祐巳さま!祐巳さま!

 どうしようもない切なさを振り払うかのように瞳子は演劇部に向けて駆け出した。
 このまま行っても練習など出来ないのは解っていたけれども、そこへ向かう以外
 の事を瞳子は考える事さえできなかった。

  − f i n−


ごきげんよう。
瞳・祐第二弾です。
前作「ココロニ タツ チイサナ ナミ」の続編にあたります。
原作の「私を見つけて」のラスト。「ココロニ〜」があった後、その場面に
瞳子が居合わせたら?という感じですね。
なんか瞳子が微妙に違うような気がしないでもないですが、黄山の脳味噌の
彼女はもう、こんな感じの恋する少女になっちゃってます(爆)
会話する相手がいないので瞳子の独白劇になっちゃてますけど。
それでは、また近いうちに。


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