Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『Second Strike』


 夕方、まだ夏休みの中。
 学園祭に向けた仕事を終えて薔薇の館をでた。
 隣には志摩子さんだけ。
 紅薔薇さまと祐巳さま、黄薔薇さまと由乃さまは10分ほど前に帰られていた。
 二人だけで下校するのも久しぶりかな。

 「乃梨子、今度の日曜日はどうするの?」

 志摩子さんが問い掛けてくる。

 「今度の、日曜ですか?」

 何かあったっけ?
 記憶をたどり寄せてみるけど約束はなかったように思う。

 「もう、美術館に宗教画展を見に行く約束をしたでしょう」

 宗教画展?
 ああ、あったあった。確か10世紀前後の中東で画かれた宗教画。
 イスラム教国がかの地を支配していた時代。
 統治者から隠れるように描かれたマリア様やキリスト様の…
 でも、それって…

 「それ、再来週ですよ。志摩子さん」
 「え!そ、そうだったかしら」

 ああ、やっぱり勘違いしてた。
 すごくしっかり者のように見えて実は結構おっちょこちょいな志摩子さんがま
 たとても好きなんだけど。

 「そうですよ」

 そう言いながらお財布に大事にしまっていた展覧会のチケットを取り出す。

 「あ、あら。本当…」
 「ね?」
 「ごめんなさい、乃梨子」

 すごく申し訳なさそうに、志摩子さんが頭を下げた。

 「あ!あ!そんなに恐縮しないで、志摩子さん!」

 なんだか自分が志摩子さんをいじめているような気になってきたので慌てて志
 摩子さんの肩を取って顔をあげてもらう。

 −どき!!

 うわ。か、可愛い…
 お顔を上げさせたのはいいけれど、なんだか少し憂いを帯びたような志摩子さん
 の瞳や小さな唇をアップで見てしまったので、乃梨子の心臓は飛び上がらんばか
 りに動悸を早めた。

 「でも…」
 「いいんですって。そんなの気にしてないって、ね?志摩子さん」
 「乃梨子が良いというのなら」
 「いいも何も、そんな事で怒ったり攻めたりしないって」
 「…有難う。乃梨子」

 志摩子さんはそういって、優しく乃梨子を抱きしめた。

 「っ!!!」

 あまりに突然の事で、乃梨子は凍りついたように固まってしまった。

 「あ…ご、ごめんない!乃梨子」

 思い出したように志摩子さんは体を離した。

 「……」

 だめ、脳味噌溶けそう。

 「の…乃梨子?」

 志摩子さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 −駄目だって!今そんな風にお顔を近づけられたら…

 「ごめんなさい。乃梨子、大丈夫?」

 志摩子さんが更に顔を近づけてくる。
 さっきの硬直で一瞬止まったような心臓が更に動悸を早める。

 −どっく、どっく

 「ねぇ、乃梨子。怒ったの?」

 降参。
 乃梨子は自分の心に渦巻く欲望に白旗を揚げた。

 「え!?」

 自分の顔を不安げに覗き込む志摩子さんの頬に両手を添えて顔を近づける。
 そして驚きの声を上げる志摩子さんの唇を自分のそれで塞いだ。

 「っ!!」

 乃梨子は、志摩子さんの身体が緊張を通り越してしまうのを唇越しに感じた。
 でも、もう遅い。
 いまさら後には引き返せない。
 キスは初めてでは無かった。
 ファーストキッスはほんの1週間ほど前。
 相手は目の前で固まっている大好きな志摩子さん。
 あのときは薔薇の館の中でだった。

 「…ぁ」

 どれくらいそうしていただろう。
 唇を志摩子さんから離す。
 唇と唇を重ねるだけのキス。

 この世の中にはこれ以上のキスがあることは乃梨子も知っている。
 でもそんなものには興味は無かった。

  志摩子さんと自分には必要ないもののように思えた。
 お互いの気持ちを確認する術の一つとして、唇を重ねる行為を使っているに
 すぎないのだから。

 「あふ…」

 志摩子さんが甘い息を漏らす。

 「…馬鹿」
 「あぅ」

 志摩子さんが拗ねたように一言だけ乃梨子を責めた。
 あーーーーー。可愛いすぎる。

 「こんなところ…誰かにみられたりしたらどうするの」
 「ごめんなさい」

 深々と志摩子さんに頭を下げる。

 「いきましょう。乃梨子」

 そういって志摩子さんは足早に正門に向かって歩き出した。

 「待って。志摩子さん」

 慌てて後う。
 少し走ってしまったけど、志摩子さんに追いついた。
 すこしバツが悪そうに横に並ぶ。

 「場所だけは考えて頂戴ね。乃梨子」
 「はい…」

 そぉっと覗き込んだ志摩子さんのお顔はいつもどおりマリア様のように
 微笑んでいた。

  − f i n−


ごきげんよう。
祐・瞳を謳っておきながら、2作目にしていきなり乃・志でした。m(__)m
思い立ったが吉日!見たいな感じで書き上げてしまったもので、製作時間
はわずかに1時間半(滝汗)
実はこれの続編にあたる本編があるんですが、それはまたの機会に・・・
(まだ1行も書いてませんし・・・)
なんですね。キスシーン。
書いてしまいました。本編では聖さまと栞さんの1回こっきりですが、
実は書かれていないだけで結構あるんじゃないと思っています。
「下衆の勘ぐり」と言われればそれまでですが・・・
自分が書くそういうシーンはキスくらいまででしょうね。それ以上は何か
書ける気がしません。
それではまた近いうちに。


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