祐巳さんが教室の中で由乃さんと談笑している。
覗き込むファインダー越しにもその笑顔が眩しい。
その様子を武嶋蔦子は一瞬も逃さないようシャッターを切り続けた。
彼女、福沢祐巳という少女と出合って1年と約半分。
最初は面白い被写体と思っただけだった。
ほんの些細な事で一喜一憂し、それに合わせて猫の目のようにころころと
かわる表情が面白かったから。
でも、今は…。
気が付けばいつも彼女を追いかけている。
ファインダーを覗いていても、いなくても。
「蔦子さんも飽きないね」
「飽きるわけ、ないじゃない」
「私のことばかり写して…」
「おなじ『つぼみ』の由乃には目もくれてないって感じですこと」
黄薔薇のつぼみ、島津由乃嬢が柔らかく抗議する。
「まぁまぁ、由乃さん」
祐巳さんが苦笑しつつ由乃さんをなだめる。
「いいわよぉ。祐巳さん」
−カシャ
「もー。可愛い子なんか一杯居るのになんで私ばっかり」
そう。見た目で言うならもっと被写体向きの生徒はいくらでもいる。
でも蔦子が写したいのはその表面だけではないのだった。
−被写体の心までも写し込めたい。
そして心までもが人を魅了できる被写体は数多のリリアンの生徒の中でも
ほんのごく僅か。そのなかでも一際魅力的なのが彼女。福沢祐巳だった。
そして、自分は幸運なことに彼女の友人の末席に位置する事ができた。
その彼女に隠れる事無く、いつでもその一瞬を切り取ることができる自分
の幸運にさほど信仰心が強くない蔦子もマリア様に感謝していた。
「そろそろ行こうか、祐巳さん」
「そうだね」
祐巳さんと由乃嬢がそう言って席を立った。
「薔薇の館かしら?」
「そうだよ、なんなら蔦子さんも来る?」
「遠慮しておく。紅薔薇さまに悪いもの」
「?」
そう。今、祐巳さんの心の中を独占しているのは紅薔薇さまである小笠原
祥子さま。
でも、祐巳さんの輝いている一瞬を。紅薔薇さまさえ知らない一瞬を一枚
の印画紙に収めている自分は祐巳さんを横取りしているようだったから。
「でも、蔦子さんて本当に『妹』も作らないのね」
「柄じゃないわ」
「そうかなぁ、蔦子さんみたいなお姉さまだったら楽しいと思うけど」
無邪気な笑顔を向けながら祐巳さんが言う。
「そうかしら?妹よりも被写体を優先するよ。わたし」
「それでも楽しそう」
−そんな事を言うのはあなただけよ、祐巳さん。
「祐巳さーん。早く」
「あ、すぐ行く」
廊下から由乃さんが彼女を呼ぶ。
「わたし、祐巳さんと同級生でよかったわ」
「え?」
「なんでもない。早くいかないと由乃さんがまた拗ねるわよ」
微笑みながら言う。間にカメラがあったから祐巳さんがその表情を見て取れ
たかはわからなかったけれども。
「あ、じゃあ蔦子さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう。祐巳さん」
カシャ。
教室から出て行く祐巳さんの後姿を最後の1枚に収める。
−ホント。祐巳さんと同級生でよかった。
もし祐巳さんが1学年下だったりしたら、自分は『姉も妹も作らない』と言
う決意なんかあっさり捨ててロザリオを差し出していただろう。
ライバルも多そうだったけど。
蔦子は有り得なかった世界を思い浮かべて苦笑した後、使い切ったフィルム
が巻き上がって行く音を聞いてから、部室のあるクラブハウスへ向かった。
− f i n−
ごきげんよう。
まさか蔦子さんネタが浮かぶとは夢にも思いませんでした。
蔦子さんって自分本位的な雰囲気ありますけど、絶対祐巳に魅了されてますよね(笑
祐巳ばっかり写しているし。
決して表には出さないけど、心には祐巳への不思議な想いを秘めている。
そんな感じがして思い浮かんだまま書きました。
自分も写真とるのは好きなのにとられるのはあまい好きでないって所も共感できるのかも(汗
それではまた近いうちに。
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