Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『あなたに ノ・ボ・セ てる』


 「乃梨子、何を見ているの?」
 「え、あ、その」

 突然、後ろから志摩子さんが声を掛けて来た。
 髪をアップにした、和装姿の志摩子さん。
 急須に湯のみ、お茶請けの和菓子の小皿が載ったお盆を持って。

 「あら、その写真」
 「こんなの飾ってたんだね、志摩子さん」
 「わたしたち二人の想い出だから」

 その一言で顔が火照ってきた。
 今年の春のマリア祭の写真。
 瞳子や山百合会のメンバーに嵌められた「マリア祭の宗教裁判」。
 志摩子さんと乃梨子が涙を浮かべて抱きあっている写真。
 いつのまにか武嶋蔦子さまが写していたようで。
 後日、ネガと一緒に志摩子さんと二人で頂いた。

 「今更だけど、照れるね」
 「そうね、でもあの事件があったから乃梨子とも姉妹になれた
  のだし」
 「うん」

 ここは志摩子さんのお部屋。
 今日は志摩子さんの所にお泊りだった。

 「どうぞ」
 「あ、有難う。志摩子さん」

 そう言って志摩子さんは急須からお茶を注いでくれた。
 練り物の和菓子の甘い香りと、立ち上るお茶の上品な香りがと
 ても心地よかった。

 「乃梨子は和菓子、大丈夫だったかしら」
 「緑茶が好きなのに、和菓子が嫌いなわけないよ」
 「ふふ、そうね」

 頂きますをしてお茶とお菓子をよばれた。
 お菓子は結構甘いけど、ほのかな渋みのお茶と合わさってとて
 もおいしかった。

 「ねえ、志摩子さん。家ではいつも和服なの?」
 「そんなことないわ。乃梨子が来る前まで檀家の方がいらして
  いたから」
 「そうだったんだ」

 和装の志摩子さん見るのは初めてじゃないけど、いつもと違う
 美しさがあってなんだかどきどきする。
 髪を上げて結ってあるから白いうなじがよく見える。
 女の乃梨子から見てもとても妖艶で色っぽかった。

 「乃梨子、あまりじろじろみないで頂戴」
 「え!あ!ご、ごめんなさい」

 志摩子さんが恥ずかしそうに横を向いて言った。
 またその仕草が和服とあいまって……

 −何を考えているんだ乃梨子!

 「お、お茶片付けるわね」
 「う、うん」

 志摩子さんがこの雰囲気から逃げるようにお盆を持って部屋
 から出ていった。
 乃梨子も「ほっ」とため息を付いた。
 時々、志摩子さんを見て妙な気持ちになる事がある。
 そりゃ、絶世の美少女だし。いろいろ深い考えとかも持って
 いるから、物憂げな表情もするし。敬虔なクリスチャンのせ
 いかとても清楚だし。
 って、ああ!自分でも何考えてるのかわかんなくなってくる。

 結局、その後も志摩子さんを変に意識したせいか楽しいはず
 の志摩子さんとのお話とかも上の空で聞いたりして時間が過
 ぎていった。

 「乃梨子、お夕飯の前にお風呂いってらっしゃい」
 「え、何?志摩子さん」
 「もう、お風呂。先におあがりなさいって言ったの」
 「ああ、お風呂ね、うん、先によばれちゃう」

 そう言って着替えと、パジャマ代わりのスウェットを手に志
 摩子さんについてお風呂場に向かう。

 「バスタオルはここにあるから」
 「うん」

 そう言って靴下とボタンダウンの白い上着を脱ぐ。
 そしてキュロットスカートのボタンを外し始めた時、気が付
 いた。

 「あ、あの。志摩子さん、わたし今から脱ぐんだけど…」
 「え、あ、そ、そうよね。ご、ごめんなさい乃梨子」

 言いながら志摩子さんは脱衣所から出て行った。

 −止めてよ〜。ますます変に意識しちゃうじゃない。

 照れ隠しのようにぱぱっと下着を籠に放り込んでお風呂場に
 突入した。

 「はぁ〜」

 気持ちいい。
 広めの浴室に大き目の浴槽。これなら2、3人入ってもまだ
 ゆっくり出来そうだった。
 多分、檀家の人とが使ったりすることも有るんだろう。
 お湯は少し熱めだったけれど、かえってそれが気持ちよかった。
 お湯に浸かってやっと気持ちが落ち着いてきた。
 さっきまでは変に志摩子さんを意識しちゃったけど、折角の
 お泊りなんだからもっと楽しまないと。うん。

 カラカラ

 お風呂場のガラス戸が空く音がした。

 −ま、まさか!

 はっとなってそちらに顔を向ける。
 そこには、やはりというか信じられないと言うか。
 志摩子さんが居た。もちろん、裸で。

 「乃梨子、一緒に入ってもいいかしら」

 マジですか!!

 答えを言う間もなく志摩子さんが湯船の前まで来る。
 そこで腰を降ろしてかけ湯をする。

 「……綺麗」

 息を呑んで見ていると、不意に言葉が零れた。

 「やだ、乃梨子ったら」

 顔を赤らめて志摩子さんが俯く。

 「で、でも!ど、ど、ど、ど」
 「どうして一緒にお風呂に入るのか?」

 祐巳さまのように道路工事をしてしまった。
 志摩子さんは「祐巳さんみたいね」といって身体を洗い始めた。

 「折角、乃梨子が泊まりにきてくれたんだもの。少しでも一緒
  に居たいから。乃梨子は嫌?」
 「い、嫌な訳無いじゃない。わたしだって一緒に…いたいし」
 「嬉しいわ」

 そう言ってマリア様のような微笑で見つめてくる。
 心臓の動きがすごく速くなってるんですけど。
 ああ、また変な気持ちになってくる。
 逃げるように横を向いて志摩子さんの美しい体から目を逸らす。

 ちゃぷん。

 志摩子さんが湯船に入ってきたようだった。
 乃梨子はというと、志摩子さんの美しい体を見たり、裸で同じ
 場所に居ると言う現実のせいでのぼせる直前だった。
 もちろん、志摩子さんが入ってきてからずっとお湯に浸かりっぱ
 なしだったのも原因だけど。

 「乃梨子、やぱり嫌なの?」
 「な、何が?」
 「だって、ずっと後ろ向いたままだし」
 「嫌とかじゃなくって…」

 志摩子さん、解ってよ。
 恥ずかしいんだってば。

 「こっちを向いてくれないのね」

 悲しそうな声で志摩子さんが言う。

 −向いたら、一発でのぼせる…

 「乃梨子!」

 志摩子さんが肩を掴んで乃梨子の身体の向きを強引に変える。

 「し、志摩子さん」
 「やっとこっちを向いてくれた」

 向いたんじゃなくて向けたんでしょう。
 ああ、見ちゃった。
 頭に血が昇ってくるぅ。

 「乃梨子、好きよ」

 −ひぃ〜〜。この状況でそんな事言わないでー。

 志摩子さんが乃梨子の頬に両手を添えて呟く。
 い、息が苦しい。
 身体が熱い、頭が揺れる。

 「乃梨子……」
 「し、まこ、さん」

 志摩子さんの唇が乃梨子の唇に触れる。
 も、もう…駄目…
 そのまま志摩子さんに身体を預けるようにして意識が遠のいて
 行くのを感じた。

 「乃梨子?乃梨子!どうしたの」

 −きゅう

 「大変、お母さん!お母さん!乃梨子が…」

 遠のく意識の中、志摩子さんがお母様を大声で呼んでいるのが
 なんとか聞こえた。

 「ごめんなさい、ごめんなさい」

 志摩子さんが団扇で扇ぎながら何度も謝ってきた。

 「もういいよ、志摩子さん」
 「本当にごめんなさい」

 結局、あれから大変だった。志摩子さんと小母さまがのぼせた
 乃梨子を介抱てしてくれたようだった。
 おじ様はさすがに手出しできなかったので居間から出ない事で
 お手伝いして貰ったそうだった。
 身体を拭いてくれたのが志摩子さんか小母さまか少し気になっ
 たけれど。

 −ああ、隅から隅まで見られちゃったんだ…

 嫌ではないけど、かなり恥ずかしい。

 「大丈夫?身体は熱くない?」

 志摩子さんが心配そうに聞いてくる。

 「……ぶ」
 「え、何?」

 よく聞き取れなかったのか志摩子さんが顔を近づけてくる。

 「……じょうぶ」

 さらに志摩子さんが近づいた所で手を頭に回して唇を塞いだ。

 「!」
 「お返し」
 「の、乃梨子」

 志摩子さんが真っ赤になる。
 さっきの乃梨子はもっと大変だったんだよ、志摩子さん。
 志摩子さんもわたしにのぼせて貰わないと割りが合わないでしょ。

 ね、大好きな志摩子さん。

 − f i n−


ごきげんよう。
キリ番、1000番を踏まれたリーフ様のリクエスト作品です。
実はキリリク、贈るのも贈られるのも初めてです。
甘甘、ちょっと壊れ系の志摩子×乃梨子です。
最終的にはどっちが受けか解らなくなってしまいましたが(汗
リーフ様、こんなもんでよければお受け取りください。
それではまた近いうちに。


  | PresentTop |