Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『絆結びし』


 「もう、祐巳ったらどうしてこうそそっかしいのかしら」
 「ご、ごめんなさい……」

 学園祭が近づく秋の日の午後。
 薔薇の館の二回で書類などと格闘していた白薔薇姉妹の二人は突然の出来事に呆然とした
 様に見入っていた。
 出来事自体は決して珍しい事でもないのだけど、その経過が普通じゃなった。

 祐巳さまが至極単純なミスをしたのが昨日。
 各クラブから提出された予定表を元に教室の割り当てをしていたのだけれどその中の二つの
 クラブの名前と使用予定の教室を書き間違えたのだ。
 「華道部」と「茶道部」。
 たった一文字の違い。でも必要とする特別教室が違うから、もしこのままミスが発覚しなけれ
 ばそれなりの騒ぎになったであろうことは想像するまでも無かった。

 「もう少し注意を払うようにしなければ駄目でしょう」
 「は……い」

 祐巳さまは今にも泣き出しそうな声で紅薔薇さまに答える。
 今日、書類を実行委員会に提出にいかれた祥子さまが実行委員に誤記を指摘され慌てて薔薇
 の館にお戻りになってきたのだった。
 それから既に四十分あまり。
 祐巳さまは延々と祥子さまにお説教され続けていた。
 最初に祐巳さまに注意し始めたときは、乃梨子も志摩子さんもそう気にもしていなかったけ
 れど流石に十五分を過ぎたあたりからそうは言っていられなくなってきた。

 令さまと由乃さまの黄薔薇姉妹は剣道部のミーティングがあるため一時間ほど遅れるとの事
 だったので、あと二十分は来られない。
 つまり、祥子さまを制止できる人は居ないということで。

 「志摩子さん、祐巳さまちょっと可哀想すぎないかな?」
 「でも、祥子さまの仰っている事は間違っていないし……」

 こういうとき、志摩子さんはあまり当てにしない方がいいのかも知れない。
 パっと見て解るほど祐巳さまを心配しているのに、仲裁に入るのを怖がっている。
 確かに梅雨に、乃梨子が祥子さまに食って掛かった時に仲裁するならどうこうってやり込め
 られてはいたけれども、あの時は自分のせいで普通じゃなかったからだと思っていたけどそ
 うじゃなかったのかな?
 同じ薔薇さまでも二年生と三年生ではやっぱり差が大きいのかなぁ。

 「わあぁぁ」
 「祐巳!」
 「祐巳さん!」

 祐巳さまが……逃げ出した。
 さすがに大好きな人にあれだけねちねち言われたんじゃ祐巳さまでなくても逃げたくなるよ
 なあ。今回はいくら正しい事を言っていても、祥子さまのやっている事は正しくない。

 「祐巳さん!」
 「あ、お姉さま」

 志摩子さんが祐巳さまを追いかけて出て行った。
 祥子さまの方を見ると、右手で額を押さえながら椅子に腰を降ろしていた。
 何?祥子さまの方が堪えてるの?

 「言い過ぎてしまったかしら」

 ぼそっと祥子さまが零す。
 どう考えても言いすぎですって。乃梨子は祥子さまの所に近づいた。
 祥子さまと二人きりと言うのも珍しいな、なんて思ってみる。

 「何かあったんですか?紅薔薇さま」
 「乃梨子ちゃん……」

 祥子さまが悩ましげに顔を上げて乃梨子を見る。
 その表情はとても悲しげで、すこし驚いた。
 祐巳さまに説教していたのに、まるで自分が責められていたような表情だった。

 「今のは少しきつすぎなかったですか?祐巳さまが可哀想ですよ」
 「ええ、そうね……」
 「祥子さま、ご自分が卒業なさったときの事を考えていらしたんでしょう」
 「え!?」

 祥子さまが驚いたように乃梨子を見つめてきた。

 「どうして……」
 「当たり。ですね」
 「え、ええ。そうよ」

 後ろからそっと祥子さまを抱きしめる。触れるか触れないかの微妙な感触。

 「の、乃梨子ちゃん!?」
 「祥子さま、祐巳さまが大切で大切で仕方が無いんでしょう」
 「ええ」
 「だから、祐巳さまが『紅薔薇さま』になったとき、つまらない失敗をしないように
  お叱りになった」
 「すごいわね……どうして解ったのかしら」
 「ずっと祥子さまと祐巳さまをみていたから」
 「え?」

 なんだか想っている事が次から次へ言葉になる。どうしてだろう。
 まるで、自分じゃないみたい。

 「わたし、祐巳さまと祥子さまに憧れていたのかも知れません」
 「憧れ?」

 そう、憧れだ。
 志摩子さんとの関係はとても心地よくて好きだけれど、祥子さまと祐巳さまのようなお互いの
 想いをぶつけ合えるような絆はまだ、無いから。

 「なんとなく、祥子さまの思っている事とか解る時があるんです」
 「乃梨子……」
 「大切に思いすぎて、素直になれないんですよ。きっと」
 「わたしだって、志摩子と乃梨子の関係には憧れるわ」
 「え?」

 祥子さまが自分達に憧れる……
 そんな言葉を聞くなんて思いもしなかった。

 「貴方達はお互いが対等でしょう、わたしは祐巳とそんな関係になりたいのにわたしは素直で
  はないし、祐巳はどこかで線を引いてしまっている」
 「そんなこと……」

 お互いが心と心の絆を確信しているように見えるのに。

 「わたしたちって、似たもの同士なんでしょうか」
 「ふふ、そうかも知れないわね」

 祥子さまが微笑みながら言われた。
 先ほどのように暗く、自戒するような表情で無くなってほっとする。
 多分、祥子さまは放っておくと今のようにどんどん沈んで行っちゃう人なんだ。

 「行った方が良いですよ。祐巳さまのところへ」
 「でも……」
 「『紅薔薇さま』に祐巳さまがなるんじゃなくて、祐巳さまが『紅薔薇さま』になるんです」
 「あ……」
 「だから大丈夫ですよ」
 「ええ……ええ。そうね」
 「祥子さま。ご自分で悩むより祐巳さまと心をぶつけ合った方が良いのは解っていらっしゃる
  んでしょう?」
 「そうね……」

 そっと、背中を押してあげる。
 志摩子さんが追いかけて行ったから大丈夫かも知れないけど、やはり二人の問題は二人で
 無いと解決出来ないから。
 乃梨子や、志摩子さんのような第三者が介入しても解決しないから。

 「貴方達のときと入れ替わったみたいね」
 「そうですね」

 小さく笑みを浮かべながら祥子さまがビスケット扉へ向かう。
 乃梨子もそんな祥子さまを微笑みながら見送る。
 素敵な祥子さま。
 でも、想いを伝えるのに不器用な祥子さま。

 「行ってらっしゃい」
 「有難う、乃梨子」

 見送った祥子さまの後姿は、いつもの『紅薔薇さま』だった。
 でも、志摩子さんが祥子さまみたいだったら疲れるだろうなぁ。
 つまらない想像をして苦笑した。
 祐巳さまも大変だね。
 そんなことを思いつつ、乃梨子は流しに向かった。

 −さて、そろそろ来られる黄薔薇姉妹の為にお茶の準備でもしておきますか。

  − f i n−


ごきげんよう。
4321番ゲットのnabi様からのキリリクで祥子・乃梨子です。
二人の友情ものという事だったんですが、いかがでしたでしょう。
ちょっとリク頂いたのと違っているような…
今回、シチュエーションに悩みすぎて(汗)
上手く表現できたかどうかわかりません(涙)
最初に思いついた台詞が入れられなかったのもちょっと残念かも。

「妹が乃梨子だったらこんな想いをしなくても良かったのかしら」
「祐巳さま以外の妹なんて考えられるんですか?」
「そんなこと、想像も出来ないわ……」
「だったら、そういう事です」

って台詞。何か思い浮かんだら使ってみたいです。
それではまた近いうちに。


  | PresentTop |