Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『UnLucky Day=Pleasant Day』


 よくよく今日はついていない。
 −水野蓉子はため息をつきながら大学の掲示板を後にした。
 昨日、久しぶりに電話を掛けて来た親友の鳥居江利子と随分長電話をした
 ために、ベッドに入ったのが午前4時前。
 土曜日の今日、朝一番にどうしても外せない講義があったため3時間ほど
 しか眠れなかった。
 寝不足−。
 しかも江利子の電話の内容は殆どが彼女のお付き合いしている花寺学院の
 講師のお話。ありていに言えば「のろけ」話だったのだ。

 「まさか、あの江利子にのろけを聞かされる事になるとは思わなかったわ」

 そして寝不足の目を擦りながらやって来た大学では−

 「それにしても…休講はあんまりではないかしら」

 そう、朝一の絶対外せない講義は教授の急用の為に休講になってしまった。
 今日受ける予定だった講義はこの1つだけだった為、朝早くから何もする
 事がなくなってしまったのだった。

 「どうしようかしら」

 寝不足の為にどこかに遊びに行くという気もしなかった。
 とりあえず、駅まで戻ってきた蓉子は駅の構内にあるハンバーガーショッ
 プに足を向けた。
 時間が無かったため家を出るときには牛乳しか飲んで来れなかったので、
 少し遅めの朝食を取ろうと思った。

 −祥子たちもそろそろ大変な時期ね。

 注文したハンバーガーのセットを持って席についたとき、ふっ。と妹達の
 ことが頭をよぎった。
 そろそろリリアンも、お隣の花寺も学園祭の頃だった。
 リリアンに限れば学園祭の前に体育祭まである。

 山百合会はそれこそ殺人的な忙しさに追われ始める頃だった。
 そのせいだろうか。最近祥子からの電話も無い。

 「行ってみようかしら」

 蓉子はポツリと呟いた。
 ここで朝食をゆっくり目に取ってからリリアンに向かえば、調度お昼頃に
 は向こうに着けるだろう。

 −パパァン

 クラクションの短く甲高い音を残してバスが走り出してゆく。
 リリアンの正門を蓉子はくぐった。

 「久しぶりだわ」

 リリアンに来るのは梅雨の時以来だった。
 あの時はどんよりと低く垂れ込めた雲と同じにあまり晴れぬ気持ちで
 ここをくぐった。
 妹の祥子と、その妹である祐巳ちゃんの危機。
 何よりも祥子の方はどん底にまで沈みこんでいて、姉である自分にはそ
 の大切な妹を救えなかったと言う事実。
 そして、自分が救う事の出来なかった祥子を立ち直らせる事が出来るの
 が祥子の妹である祐巳ちゃんしか居ないと悟った為の嫉妬。

 マリア様の前に来た。久しぶりにお祈りをしてみる。

 −マリア様。妹達が幸せな学園生活を過ごせますようにお守りください。

 それにしても祐巳ちゃんは本当に拾い物だった。
 あの祥子をあそこまで寵落出来るとは。

 「ますます嫉妬してしまうわ…?」

 今、目の前を祥子が通ったような。
 でも自分に気づかないなんて事が…

 遠くなって行く後姿を見返す。間違いない。最愛の妹である祥子だった。
 姉が居た事にも気づかずに去っていく妹にショックを覚えつつも蓉子は
 後を追いかけた。

 しばらくして祥子は古い温室に消えた。

 「ここは…ロサ・キネンシスの…」

 蓉子にとっていろいろと懐かしい思い出のある温室。
 温室の周囲をまわりかけたとき、小柄な少女が不安げに温室を覗いてい
 るのが見えた。
 何故だか自分がそれを盗み見しているような感覚を覚え蓉子は木の影に
 隠れてしまった。別に蓉子が悪いわけではなかったが隠れてしまった事
 で本当の盗み見になってしまった。

 もう一度小柄な少女に目をやった。よく見るとその少女は祥子の遠縁の
 親戚の少女だった。祥子の家にお呼ばれした時一度だけ顔をあわせた事
 があった。顔は良く覚えていないが、あの両耳の上から流れる縦ロール
 は間違いなかった。

 そこまで思いいたった時、自分が身を隠した木のすぐ前にもう一人完壁
 に盗み見をしている人物を発見した。

 その人物は思い出すまでも無い。
 江利子と同じく親友の、もしかしたらそれ以上の女性。

 「…何をしているの?」

 思わず声を掛けた。

 「祥子と祐巳ちゃんのラブシーンあーんどそれを嫉妬しつつ見つめる
  縦ロールの愛憎劇プラス背後霊の除霊」

 その女性は振り返ることなく答えた。

 「随分、お詳しいのね」
 「そりゃあ、一部始終見…聞き…し…」

 彼女ははっとしたように語尾の部分を少し引きつらせた声を出しつつ、
 まるで錆び付いたロボットのようギギギと音が聞こえそうな感じで振
 り返った。

 「っ!。蓉子…なんで、ここ、に…」
 「ごきげんよう。聖さま」

 これ以上は無い微笑をもって佐藤聖に挨拶をした。
 聖は多分、と言うか完全に気が付いているのだろう。
 蓉子がこういう笑みをするときはかなり危険な状態であることを。
 ご丁寧に「聖」の後ろに「さま」まで付いていた事だし。

 「ご…ごきげんよう、蓉子…」
 「説明。してくれるんでしょう、聖」
 「い、いや、説明と、いっても…あははは」

 引きつった笑い声と共に聖はじりじりと後退する。

 −はっし。

 聖の腕を掴む。

 「ひっ」

 聖は短く、可愛い悲鳴をあげる。

 「まさか、逃げようなんて考えてないわよね」

 笑顔のまま蓉子は言った。

 「…降参。わかり…ました」

 聖は観念したのか、うなだれて答えた。

 「でわ、行きましょうか」
 「い、行くって…どこへ」
 「わたしの家に決まっているでしょう」
 「えぇ!」

 聖は驚きとも拒絶とも受け取れる声を上げた。

 「幸い、明日は日曜日でもあることだし。みっちりお話とお礼が出来るわ」
 蓉子はこれ以上はないくらい嬉しそうに答える。

 「妹達が随分お世話になっているようだし」
 「いや、それは…成り行きと言うか」
 「祥子たちのグラン・スールとしてきちんとお礼はしませんと」
 「い、いえ。結構です。お礼なんて」
 「あら、遠慮なさらないで。聖さま」

 降参。と口に出したにもかかわらず、聖はどうにかして逃げようともがく。
 しかし、そんなことは許さないとばかりに蓉子は聖を引きずって正門に向かう。
 祥子たちはきっと今、自分達を必要とはしていないだろうから。

 「こんなことなら私もリリアンに残れば良かったわ」
 「自分から離れていったくせに」
 「何か言ったかしら」
 「な、なんでもないです蓉子さん」
 「今晩は寝かさないわよ」
 「…あぶないお言葉ですこと」

 聖は流石に諦めたと言った風に答えた。
 昨日、というか今朝。江利子の「のろけ」を聞いたせいだろうか。蓉子は掴んだ
 聖の腕や、自分の前でだけ見せる『可愛い』声に気持ちが昂ぶるのを感じて
 いた。
 寝不足もその一因かも知れない。

 「素敵な一日になりそうね」
 「マリア様、哀れな子羊をどうかお助けください」

 聖は泣きそうな声で言った。
 今日はついてない…と付け加えて。

 − fi n −


ごきげんよう。
今回はなんと蓉子さま・聖さまです。
「painful〜」の裏話というか、原作「私を見つけて」で聖さまが折角
でていらしたのに、出番あれだけと言うのが悲しくて(汗)
「painful〜」を頭の中で考えているとき思い浮かんだお話です。
最初は蓉子さまは『受け』だったんですが…(爆)
黄山の見た限り、よそ様のSSでは聖さまが『受け』のお話は見たこと
ないのですが、黄山の中では聖さま『受け』は確定してしまったようです。(笑)
それではまた近いうちに。


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