Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『黄薔薇戦線異常なし』


 2月のある日の午後。
 卒業を目前に控えた鳥居江利子は、薔薇の館の2階にいた。
 この日は珍しく、山百合会幹部全員が揃っていた。
 3年生は受験やなにやらと忙しく、実質自主登校状態になっていたので自分を含む
 三色の薔薇が揃うのも1週間ぶりだった。

 紅薔薇さまの蓉子、紅薔薇のつぼみの祥子。そしてその妹の祐巳ちゃん。
 白薔薇さまの聖、その妹で1年生でありながら白薔薇のつぼみの志摩子。
 そして黄薔薇さまの自分と黄薔薇のつぼみで江利子の妹の令。
 でもって令の妹で令にぞっこんな由乃ちゃん。

 「あ、ごめん。由乃」
 「もう、お姉さま」

 令が折ってしまったシャープペンシルの芯が由乃ちゃんの所に飛んだようだ。
 愛しい妹と、その妹の由乃ちゃん。
 あいかわらずラブラブだこと。

 由乃ちゃんが入学してからこっち、どうにも二人の関係に疎外感を覚える。
 たしかに令は変わらず江利子を慕ってくれてはいるけれど、それはあくまで妹とし
 てであって、由乃ちゃんのように愛と言うほどのものではなかった。
 江利子も決してそのような関係を令に望んだ訳でもなかったので仕方が無いと言え
 ばそれまでなのだけれど、なんとなく淋しい。

 −あら?

 いままで令と由乃ちゃんばかり見ていたから気が付かなかったけれど、ほかの姉妹
 たちもなにやら今日は普段と違っていた。

 祐巳ちゃんと祥子は不気味なほどににこにこしていた。
 いつもなら祥子はもうすこし凛々しい顔をしているのに、今日はデレっとした感じ
 さえある。
 聖と志摩子もそうだ。一見、普段と変わらないように見えるけど今日は祐巳ちゃん
 に一度もちょっかいを出していない。志摩子も自分の椅子をいつもより聖に寄せて
 いる。
 そういえば昨日の日曜日はバレンタインのイベントの賞品。半日デートがあった日
 だった。
 なるほど、それぞれいろいろ有った訳か。納得。
 もう一人のデートイベントに無関係だったはずの人に目を向ける。

 −蓉子は…

 駄目だ。こっちは志摩子を羨ましそうに眺めては俯いて本に目をとおして、今度は
 聖をみてまた本をみる。を繰り返している。

 −こんなに解りやすいのに、なんでみんな気が付かないのかしら。

 蓉子が聖にべた惚れしている事に。
 付き合いが長いからだろうか?それとも自分も蓉子に少なからず想いをよせている
 からだろうか。
 もちろん、蓉子にそんなそぶりを見せた事もないし、蓉子には聖しか目に映ってい
 ないから気が付いているとも思えないけど。

 人は自分に無いものに惹かれる。良く聞く話だけれども、それは事実だと思う。

 蓉子への想いがまさにそれだ。
 本当は硝子のように繊細な心を持っているのに、ひたすら強くあろうと仮面を被り
 努力によって優等生を演じ続ける。

 江利子にはそんな蓉子が眩しくて仕方が無かった。
 そして、蓉子は妥協という言葉を知っている。けっして天才ではない自分を冷静に
 認められている。
 江利子は敵わないと思ったら諦めて放り出してしまうから。
 なんでもそつなく出来るというのもそれはそれで面白みのないものだった。

 しかし今、ほかのみんなが楽しんでいる状況はなんとも面白くなかった。
 江利子だけつまらない時間を過ごしているのが妙に悔しい。

 −たまには自分でイベントを起こしてみようか。

 ふっと思った。
 可愛い令と、令一直線の由乃ちゃん。
 標的は決まった。一番面白そうだし、何より『姉』という権力を振りかざす事が出
 来るのだから。

 「令?」

 まだ由乃ちゃんがべったり寄り添っている令に声を掛けた。

 「はい?お姉さま」
 「ちょっといらっしゃい」

 令を手招きする。立ち上がった令を見て由乃ちゃんが恨めしげにこっちを見る。
 ふふん、早速乗って来たわね。

 「なんですか?」
 「もう少し近づいて頂戴」
 「はい」

 令が言われたとおり、無防備に顔を近づける。
 ちらっと由乃ちゃんを見るとしっかりこっちを見つめていた。
 心の中でよしよしと頷く。

 椅子に座った江利子に、令は腰を折って顔を寄せてきた。

 「令……」

 令の首に腕を絡め、唇を奪う。

 「っっっ!!!」
 「ぎゃぁぁ!!!」

 令の驚きと、由乃ちゃんの悲鳴が重なる。
 しばらく令の唇を堪能する。

 −そういえば令とキスするなんて随分久しぶり。

 なんて冷静に思い出す。
 令は息を止めてしまったようだった。
 あいかわらず初心なんだから。

 そろそろ令が危なそうだったので解放してあげた。

 「うふ」
 「…………」

 令が顔を真っ赤にして固まっていた。

 どたたた!

 由乃ちゃんが駆け寄って来て、令を奪い取るように江利子から引き離す。
 まわりをさっと見渡すと、蓉子は何事って言う顔で江利子を見ている。
 聖は「へぇ」って感じ。祥子は唖然としていて、志摩子は両手を口に当てて顔を
 赤らめてる。
 みんなのマスコットである祐巳ちゃんは…
 熟れたトマトのように首まで真っ赤にして椅子から落ちていた。
 そういえば、ガタって音もしていたかしら。
 由乃ちゃんは真っ赤を通り越して紫がかった顔に鬼のような形相を浮かべて江利
 子を睨みつけていた。

 「ロ、ロ、ロ、黄薔薇さま!!!」
 「なあに、由乃ちゃん」
 「なんてことするんです!!」
 「何って、ただのキスだけど」
 「キ、キ、キ、キ、キ、キ……」

 面白い。
 彼女の手術の前だったら絶対こんな事出来なかったけど。

 「よ、由乃!、お、お姉さまもです!」

 我に帰った令が由乃ちゃんを抑えながら非難めいた口調で言う。

 「こ、こんな。みんなの前でなんて…」
 「しょうがないじゃない、令ったら最近由乃ちゃんばかりなんだもの」
 「お、お姉さま!?」

 令の声が裏返る。
 あぁ、可愛い令。その美少年のような顔が恥じらいで真っ赤になっている所が
 たまらなく可愛いわ。
 そして由乃ちゃんも。令のことでそこまで怒れるなんて羨ましい。
 そんな由乃ちゃんもどうしようもなく可愛かった。

 「ちょっと、江利子…」
 「なぁに?蓉子」

 蓉子が難しい顔をして声を掛けてきた。
 江利子の耳元に口を寄せて囁くように「一体、何を考えているのよ」と言った。

 「聖が楽しんでいるのを見てわたしも残り少ない高校生活を満喫しようかと」
 「聖!!」

 蓉子がハっとなって顔を聖に向けた。

 「な、なんなの、蓉子」

 いままで、へらへら傍観していた聖は急に自分に矛先が向いたせいからしくなく
 慌てていた。

 −あら、変なところに飛び火しちゃったわね。

 「あなたってば、祐巳ちゃんや志摩子だけではなくって他の娘にもちょっかい
  出しているの!?」
 「な…、そんな事してないわよ」
 「そうなの、志摩子!?」
 「え、さ、さぁ……」

 あらら、もしかしたら蓉子って変な誤解しちゃったかしら。
 でも、蓉子も立派だわ。志摩子はともかく、祐巳ちゃんにちょっかい出すのはまだ
 許せるのね。それ以上は無理だったようだけど。

 「お、お姉さま」
 「黄薔薇さま!」
 「はいはい」

 それどころじゃなかった。
 由乃ちゃんもさっきよりは落ち着いているようだった。

 「ねえ、由乃ちゃん」
 「なんですか!」
 「わたしだって令の姉なのだけれど」
 「それが何か!」
 「よ、由乃…」
 「令ちゃんは黙ってて!」

 すっごい勢いで令にまで噛み付く。
 被害者なのに、かわいそうな令。

 「すこしくらい良いじゃない、せめてわたしが卒業するまでは」
 「だからって公衆の面前でこんなこと!!」

 公衆の面前……
 ちょっと違うような気もする。でも真意はわかった。
 由乃ちゃんの見ている所で。ってことなのね。

 「わたしにはもう時間がないのよ、ここにいられるのもあと少し」
 「そ、それは…」
 「由乃ちゃんは令ともお隣だし、これからも会いたいときに会えるでしょう?」
 「お姉さま、わたしはお姉さまだったらいつでも」

 有難う、優しい令。
 とっても嬉しいわ。

 「だからね、由乃ちゃん。少しだけ我儘を許して頂戴」
 「で、でも…」
 「令だけじゃないのよ?」
 「たった1年だったけれど、由乃ちゃんとも出会えてよかった」
 「江利子さま…」

 由乃ちゃんの肩に手を置く。
 細い肩。怒りの余韻からか、まだ小さく震えている。

 「わたしは令と同じくらい、あなたも大好きなのよ」
 「え?」
 「可愛い令の大切な人ですもの」

 微笑んで言う。
 由乃ちゃんは先ほどと別の理由で顔を赤く染める。

 「お姉さま…」

 令が優しい笑みを浮かべる。

 「だから、由乃ちゃんにも…」
 「え?」

 そうして今度は由乃ちゃんの唇も奪う。

 「お、お、お、お姉さま!!」

 ぷしゅーー。と音が聞こえたような気がした。
 由乃ちゃんがへなへなっと床に座り込む。

 −あらあら、令以外とは初めてだったみたいね。

 「大丈夫?由乃ちゃん」
 「由乃〜〜〜」

 江利子と令の声が重なる。
 楽しいひと時だった。
 愛しい令。
 可愛い由乃ちゃん。 付き合ってくれて有難う。
 たとえ、わたしが卒業してもあなたたちは大切な妹たちよ。
 これからも、ずっとね。

 「どうなの!聖」
 「だから信じてよ〜蓉子ぉ」

 …あっちはまだまだ大変そうね。

 − fi n −


ごきげんよう。
初の黄薔薇姉妹メインです。
当初の構想では江利子さまと由乃さんが令さまを巡って壮絶なバトル
っを繰り広げる予定だたんですが…
由乃さんでは江利子さまには歯が立たなかったようで。
ハガタターンさまぁ(意味不明)
ああ、でもやっぱり聖さま受けでした。
そのうち江利子さま×蓉子さまも書きたいなぁ。
ところで、祐瞳派では由乃さんの妹って内藤笙子ちゃんで確定なんで
すかね?黄山は読み始めたのが9月なんで「ショコラとポートレート」
読んでないので。集英社も在庫なしだしTT
それではまた近いうちに。


  | NovelTop |