Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『曲解薔薇さま辞典』


       ロサ・キネンシス
 「だから、紅薔薇さまって年中頑張れるのよ」
 「え?」
                                                   
 ロサ・ギガンティア
 何時ものように放課後、薔薇の館のサロンでちょこんと椅子に座っていた祐巳に、白薔薇さまが仰っ
 た。現在、サロンには祐巳と白薔薇さましか居ない。祐巳の班が掃除を担当している音楽室が吹奏
 楽部三年生の都合で早くから使用される為に掃除が今日だけ免除されたので、祐巳は薔薇の館に一
 番乗りした。その後、白薔薇さまがのほほんと現れて、皆が揃うまでの時間つぶしに他愛のない会
 話をしていた筈なのだけど聞いていた祐巳には何のことだかさっぱり。どうしてこういう話になっ
 てしまったのだろう?
 確か……。

 「ロサ・キネンシスって四季咲きなんですよね」
       ロサ・ギガンティア
 と祐巳が白薔薇さまに聞いたのが始まりだったような……。

 「聞いてなかったの?祐巳ちゃん。ひどいわぁ」
 ロサ・ギガンティア
 白薔薇さまが胸の前で両手を握り締め、瞳をうるうるさせながらわざわざ白薔薇さまより背の低い
 祐巳の顔より頭の位置を下げ、上目遣いに祐巳を見つめてくる。
                   ロサ・キネンシス
 「き、聞いてましたけど、何故紅薔薇さまが出てくるのかと……」
 「わかんなかったか……」
 「すみません」
                                     ロサ・ギガンティア
 話の展開に付いて行け無かった事が情けなくて、祐巳は白薔薇さまに頭を下げた。

 「あ、そんな顔しないでよ。私の話し方が悪かったのかもしれないし」
       ロサ・ギガンティア
 そう言って白薔薇さまは慌てて祐巳をなだめる。

 「もう一回、最初から話すね。今度はちゃんと順序だてるように気をつける」
     ロサ・ギガンティア
 そして白薔薇さまはもう一度、最初から話を始められた。
                 こうしんばら
 「ロサ・キネンシス、別名庚申薔薇。原産地は中国四川省や雲南省で日本でも古くから栽培されて
  いる野生種。現在、多く見られる四季咲きの薔薇の全ての源と言えるほど薔薇の歴史の中では重
  要な原種で、60日ごとに巡ってくる庚申『かのえさる』って日があって、この薔薇も約60日
  に一度花を咲かせるからこの名前が付いたの。ちなみに庚申には60年に一度巡ってくる庚申の
  年っていうのもあるの」
                                                 ロサ・ギガンティア
 改めて順序だてながら話してくれる内容に、祐巳は感心と尊敬の眼差しで白薔薇さまを見つめる。

 「で、萎んでも萎んでも次々に花を咲かせるロサ・キネンシス。蓉子もこの薔薇のように疲れても、
  落ち込んでも直ぐに立ち直って年中頑張っていけるのよねぇ」

 まるで溜息でもつくように最後の話を付け加えられた。
 先程の話はこういう繋がりだったのか。と感心しながら聞くと同時に「それは関係ないと思います
 けど」と、祐巳はすこし呆れながら突っ込みを入れた。

 「で、次はロサ・フェティダ。これは中東、南西アジアが原産で日本に入ってきたのはそれほど古
  くは無いのよね。もともと乾燥していた地域が原産で寒さにも比較的弱い薔薇だから、雨が多く
  て冬もかなり気温が下がる日本ではかなり栽培が難しいから今でも見るのはそれなりの所で無い
  と難しいでしょうね」
 「じゃあ、あの温室なんかにも……」
 「無いと思うよ。確認したわけじゃないけど」
              ロサ・ギガンティア
 さらっと言ってのける白薔薇さまの言葉に祐巳はほんの少し淋しさのようなものを感じる。なんと
 なく何時も面白なさげな顔を浮かべる黄薔薇さまのお顔が重なって見えたから。そんな祐巳の表情
 の変化に気付いたのか気付いてないのか、白薔薇さまは少し口調を変えて話を続けられた。

 「で、名前の由来なんだけど綴りは『Rosa foetida』。フェティダの語源はラテン語らしいんだけ
  どこれについては諸説あるから正しくはわかんない。で、意味は『悪臭がある』で、かなり独特
  な匂いがするのかも知れないね。本物を見たこと無いから解らないけど。でも匂いはともかく、
  これもなんだか黄薔薇さまっぽくない?見た目はともかく一風変わった所なんて江利子そっくり」
 「い、幾らなんでもそれは言いすぎじゃないですか白薔薇さま」

 一風変わっているのは否定しきれないところではあったけれど、それは余りにもな言い方では無い
 かと思ってしまう。親友だから言えるのかも知れないけれど。

 「そうかなぁ。二人ともぴったりだと思うけれど」
 ロサ・ギガンティア
 白薔薇さまは小さく笑いながら祐巳に聞いてくる。

 「そんな事無いと思いますけど……ひゃあ」

 突然後ろから首に腕を絡められて、祐巳は飛び上がらんばかりに驚いた。いつもこうして抱きつい
 てくる白薔薇さまは依然祐巳の前に座っている。ではこの腕は一体誰の……。

 「祐巳ちゃんは優しいのね」
 「本当、優しい孫でよかったわ」
                                            ロサ・フェティダ
 続いて聞こえた声で誰かがわかった。祐巳の耳元で聞こえたのは黄薔薇さまの声。そして、少し離
 れた所で聞こえたのは紅薔薇さま。声の主を確認して視線を前に戻すと、白薔薇さまは顔を引きつ
 らせながら椅子から腰を浮かせていた。
          ロサ・ギガンティア
 「ごきげんよう、白薔薇さま」
 「ご、ご、ご、ごきげんよう」
 ロサ・ギガンティア
 白薔薇さまは逃げる隙を窺っているような雰囲気で、額からは汗が滲み出ていた。視線は既に祐巳
 からは外れていて、黄薔薇さまと紅薔薇さまとを忙しく見比べていた。

 「聖は私たちをそんな風に思っていた訳ね」
 「まあ、聖らしいといえば聖らしいわね。特に蓉子との表現の違い、な・ん・か・が」

 言いたい放題言われていた薔薇さま方が傍目にも棘棘しい口調で仰った。矛先が向けられている訳
 でもないのに、祐巳の背中に冷たい汗が流れていく。

 「祐巳ちゃん、ロサ・ギガンティアについても説明してあげましょう」
 「あ、有難うございます」
 ロサ・キネンシス
 紅薔薇さまが優しく微笑んで言われるので、祐巳はちょっと安心して素直に頷いた。

 「聖も聞くのよ」
 ロサ・フェティダ
 黄薔薇さまが腰を浮かせた白薔薇さまに対して釘を刺すように仰った。
 白薔薇さまはやれやれと言った感じで面倒そうに椅子に座りなおした。

 「ま、ロサ・ギガンティアにはおかしなところはないからね」
                 ロサ・ギガンティア                  ロサ・キネンシス
 にやけた笑顔を浮かべ、白薔薇さまは胸の前で腕を組みながら、紅薔薇さまに向って自信満々といっ
 た風に言われる。

 「ロサ・ギガンティアはね、中国、ミャンマー原産の野生種なの。すこしアイボリーがかった白色
  でティー・ローズのような香りがあるわ。花の大きさは約7cm。ロサ・フェティダやロサ・キ
  ネンシスが約5cmだからかなり大きいわね」

 さすが薔薇さま。自分達の名前とはいえ何故こうもすらすらとこんな事が出てくるのだろう。祐巳
 はただただ感心するばかりだった。

 「まるで今の聖の態度のようにね」
 「……一言多いわよ、江利子」
 ロサ・キネンシス                     ロサ・フェティダ  ロサ・ギガンティア                ロサ・ギガンティア
 紅薔薇さまの説明に追加するように、黄薔薇さまが白薔薇さまに向ってお返しをすると、白薔薇さ
 まがムッとしたように答える。

 「綴りは『Rosa gigantea』。ギガンティアの意味は『巨大な』で語源はギリシア語の『巨人』から
  来ていると言われているわ。花の大きさから来たんでしょうね。花弁はひし形の剣型で同様の花
  弁をもつモダン・ローズの全ての源とも言われているわ。開花はほぼ年に一度。これはロサ・フェ
  ティダと同じね。開花時期は早春で”早咲き”」
 ロサ・キネンシス                             ロサ・ギガンティア
 紅薔薇さまは何故だか最後の部分を随分強調されて仰った。白薔薇さまもその事に気がついたよう
 で、少し訝しげな顔をして薔薇さまお二人を見つめる。

 「聖ってね、実は凄く人見知りが激しいのよ、それなのに魅力的な女の子にはすぐちょっかいを出
  しちゃう」
 「ちょっ!江利子」
 ロサ・フェティダ
 黄薔薇さまがしれっととんでもない事を口にする。祐巳は話の展開に付いて行けずに薔薇さま方を
 ぽかんと見つめるだけしか出来なかった。

 「すぐに手を握ったりするし、気が乗ると肩に手を回したりもするわよね」
 ロサ・フェティダ                   ロサ・キネンシス
 黄薔薇さまに続いて、意外な事に紅薔薇さままでが冷たい声で言う。その声はどう聞いても祐巳に
 向けられたものではなかった。黄薔薇さまは面白がっているようにしか見えなかったけれど、紅薔
 薇さまはそんな雰囲気ではない。
                       ロサ・ギガンティア
 「祐巳ちゃんも気をつけなさいね。白薔薇さまに気に入られちゃったようだし」
 「あ、あの……」
                        ロサ・キネンシス                          ロサ・ギガンティア
  祐巳に注意を促しながらも紅薔薇さまは顔は祐巳を見ず、相変わらず白薔薇さまを見据えたままだっ
 た。

 「どうしてこんな事しちゃうのかしらね。聖」
 「令や祥子にまで手を出しているでしょう」
 「えーーーーーーーーーー!」

 なんですと!
 黄薔薇さまの仰ったセリフのあまりにも内容に、祐巳は思わず立ち上がってしまった。
 他の生徒や祐巳だけでなく、「あの」令さまや「あの」お姉さまにまで……。

 「し、してない!マリア様に誓ってそんなことしてない!」
 ロサ・ギガンティア
 白薔薇さまが精一杯反論する。

 「そう、じゃあ、この写真はなんなのかしら」
 「何!その写真」
         ロサ・キネンシス                                                ロサ・ギガンティア
 そういって紅薔薇さまが差し出されたのは祥子さまと『向き合って』抱き合っている白薔薇さま。

 「で、これも」
 「っ!!」
       ロサ・フェティダ
 続いて黄薔薇さまが差し出されたのは令さまと『キスをしている』ようにしか見えない写真。
      ロサ・ギガンティア
 「ロ……白薔薇さま……」
 「ご、誤解よ!祥子に抱きついたのは冗談だし、令のは目にゴミが入ったとか言ってたときでしょ
  う。信じて祐巳ちゃん」
                         ロサ・ギガンティア
 祐巳までが不信な眼差しを向ける中、白薔薇さまは必死な弁明を続ける。たとえそれが本当であっ
 たとしても、令さまの件はともかく祥子さまに抱きついたのは事実であって、祐巳にとってはどう
 にも納得しかねる事だった。

 「早咲きの花は散るのも早いのよ」
 「な、なに、江利子。その怪しいセリフは……」
 「少し薔薇さまとしての自覚を持って貰わないといけないかしら」
 「ちょ、蓉子……」                                       ロサ・ギガンティア
 紅、黄の両薔薇さまがすっと席を立ち、威圧するような視線のまま反対側に座る白薔薇さまを挟み
 込むよう近づいて行く。白薔薇さまは逃げ道を塞がれた格好になって動揺を隠せない様子だった。

 「誤解だってば、二人とも……」
 ロサ・ギガンティア
 白薔薇さまが椅子から転げるようにして後ろに下がる。そこに有るのは出窓だけで逃げ場は無い。

 「白薔薇の花言葉は『純潔・尊敬』。本音の部分はともかくも、聖にはもっと純潔を守って欲しい
  ものだわ。尊敬される白薔薇さまとしても」
 「そうね、紅薔薇さま」
 「た、助けて……」

 結局、直後に祥子さま達がいらしたので、薔薇さまたちは何もなさらずに写真だけをしっかり回収
 して何事も無かったように山百合会の仕事をこなされた。
 全員で帰宅の途についた時、一部始終を見ていた祐巳に紅薔薇さまがとても怖い目をして秘密厳守
 を言い渡してきたのだけど、薔薇さま方に立て付くような無茶を祐巳がする筈も無く、全ては4人
 だけの秘密となった。
 翌日以降、白薔薇さまが妙に紅薔薇さまと距離を縮めて接していた事も、祐巳と薔薇さまだけの秘
 密なのだろう。そんな二人を不思議そうに見ていた志摩子さんとお姉さまに祐巳は心の中で謝った。

 ─二人ともごめんなさい!

 − fi n −


ごきげんよう。黄山まつりです。
今回の作品、薔薇の事をインターネットでいろいろ見てうるちに浮かんできました。
本当はもう少し壊れ系にしようかとも思ったんですが…出来ませんでした。
このバラに関するお話は以下のサイト様を参考にさせていただきました
バラの写真、特徴・由来・解説について>『花色散歩』さま。
花言葉に付いて>『フラワーポケット塚口ガーデン』さま。(企業サイト)


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