Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『欲望の果てに』


 「はぁ……」
 「お姉さま、どうかなさって?」

 妹の祥子が心配そうに声を掛けてくる。
 祥子も妹が出来てから、丸くなったものだと思う。
 蓉子にも出来なかった事をやってのけた祥子の妹を羨ましいと思う。
 祐巳ちゃんという妹が出来たからこそ、祥子は変われたんだ。
 初めてこの子に出会ったとき、ひとりで世界を彷徨っているような雰囲気さえあった。
 まるで何者にも干渉される事を拒んでいるような。
 最初に祥子を見たとき、まるで吸い込まれそうだった。その孤高の瞳に。
 その瞬間わたしの『妹』は祥子しかないのだと想った。

 「何度も溜息をおつきになって……」
 「なんでもないのよ、ちょっと疲れているだけだから」
 「あの、また、わたくしが何か……」
 「ああ、違うわよ。昨日ちょっと夜更かしをしただけ」

 変わらずに心配そうにわたしの顔を覗き込む。
 本当、綺麗な子。
 でも自分の気持ちを他人に伝えるのにはとんでもなく不器用な祥子。
 しかし、愛する妹だからこそ、今の自分の疲労の原因を絶対に知られる訳にはいかない。
 知ってしまったら祥子がどれだけ傷つくか知れたものではなかったから。
             ロサ・キネンシス
 「ごきげんよう。紅薔薇さま、祥子」
             ロサ・ギガンティア
 「ごきげんよう、白薔薇さま」

 原因が向こうからやって来た。
 自分がこれだけ疲労していると言うのに、彼女の元気さは一体何?

 「あら、蓉子ってば随分くたびれてるね」
 「誰のせいだと思っているのかしら」
 「わたしのせい?」
 「貴女以外に誰が──」

 しまった、まだ祥子がいたんだ!
 そぉっと祥子の方に視線を向けると、何やら悲しげな祥子の視線が……。

 「お、お姉さま?」
 「あ、祥子……悪いのだけれど、令に今日の会議は無くなったって伝えて来てくれないかしら」
 「は、はい。わかりました」

 ごめんなさい、祥子。 
 心の中で妹に謝罪する。もともと会議なんてなかったのに。わたしって結構自分勝手だったのね。
 ビスケットの扉を出る直前に一度、蓉子を振り返ったあと、祥子はサロンを出て行った。

 「蓉子、人払いなんかして、また『する』気?」

 聖がげんなりと言った顔で蓉子を見る。
 本当にしてやろうかと思ったけれど、流石に今はそんな気分では無い。

 「そんな訳ないでしょう」
 「良かった」
 「なにが『良かった』なのよ」
 「だって蓉子ってば底なしなんだもの」
 「あのね!」

 聖は自分の身体を抱きしめるように蓉子から身を離した。
 聖ってばどうしていつもこうなのかしら。昨日、というか殆ど今朝まであれだけ可愛い顔と
 声を蓉子の前で上げていたと言うのに。

 「ところでさあ、蓉子っていっつもこんな可愛いの?」
 「は?」

 聖の会話についていけない。
 一体、今までの会話からどうすればそんな台詞が出てくるのか。
 可愛いって何の事なの。

 「何が可愛いの?しかも、いつもって何?」
 「いや、蓉子だったらもっと大人っぽいものばかりかと思っていたわけよ」

 大人っぽい?
 本当に、全く聖が何を言っているのか見当もつかない。
 可愛い、から大人っぽい。
 それは一体何を指して言っているのかしら。

 「だから、これ」
 「!?」

 聖は何を思い立ったのか、突然蓉子の前で制服のスカートを捲り上げた。

 「何を考えているのよ!!」
 「だって捲くらなきゃ見えないじゃない」

 放課後とは言え、ここは山百合会の本部である薔薇の館の会議室兼サロンで、いつ何時他の
 メンバーが来るかも解らない。
 祥子だって鞄を残していってるから何時戻ってくるか知れたものじゃないのに!
 慌てて聖のスカートを戻そうと持ち上げられた裾を掴んだそのとき、蓉子の目に非常に見慣
 れたものが飛び込んできた。
 ヒラヒラの白いレースがとっても可愛く映える薄いピンク色の生地。
 気分が良いときには必ず脚を通す超が付くほどのお気に入り。
 デパートで一目見た瞬間に気に入ってワゴンにあった5枚全部を買ってしまったものにそっ
 くりなショーツ。

 「せ、聖……それはもしかして」
 「蓉子の洋服ダンスの引き出しに入ってた」

 聖がにこやかに言う。
 何故?何故?

 「だって今朝、蓉子がどれを使っても良いって」
 「今朝……」

 そう、確かに言った。
 お風呂の後、第二ラウンドに突入してしまったせいで聖の着替えがなくなってしまったから。
 しかし、ショーツの引き出しとは違うところに仕舞ってあったそれをわざわざ……

 「それはわたしのお気に入りなのに」
 「あ、やっぱり?これだけ違うところにあったからそうじゃないかなって思ったの」

 これでもかっていう位、聖は可愛い笑顔を向けてくる。
 ああ、こんなに好きなのに。そんな聖が今はことさら憎らしい。
 もしかして復讐されているのかしら。昨日、さんざん泣かせてしまったから。

 「返しなさい!」
 「わ、ちょっと蓉子!?」

 聖が後ろに下がった瞬間、テーブルの上に倒れこんだ。
 蓉子は飛び掛った勢いでその上に乗りかかる格好になってしまう。

 −がたん。

 「え?」
 「ふぇ?」

 聖と蓉子の声が重なる。恐る恐る音のした方に目をやると……祥子が居た。
                ロサ・ギガンティア
 「お、お姉さま……白薔薇さま……」
 「祥子!?」

 まずい、この状況は非常にまずい。
 どう考えても蓉子が聖を押し倒しているようにしか見えない。
 しかも、蓉子の手は捲れ上がった聖のスカートを握り締めている。
 背中と言わず、体中に冷たい汗が滝のように流れていく。

 「あ、さ……祥子」
 「いやぁぁぁぁ!」
 「祥子!」

 祥子は回れ右をして再びビスケット扉をぬけて、盛大な足音とともに階段を駆け下りていった。
 終わった……。
 もう、祥子の姉として、紅薔薇さまとしての自分は終わったと思った。

 「あ〜あ、絶対誤解したよね、祥子」

 −ぴし

 蓉子の中で何かが弾けた。

 その後、蓉子は祥子を捕まえて、なだめてすかして一生分にも思えるような気を使って誤解を
 解いたのだった。
 聖はどうしたのか?
 それを知るのは蓉子と聖のみだった。

  − f i n−


ごきげんよう。
えーっと。
聖さまも蓉子さまも突っ走ってます。
ついでに自分も(爆)
まあ、決して清らかなサイト、というわけでもないんですけど。
さすがに直接の描写はでてませんが、結構下品かも(汗)
御気を悪くされた方がいらっしゃらないのを祈るばかりです。
それではまた近いうちに。


  | NovelTop |