Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『キス・ゲーム』


 清々しく晴れ渡った、秋の高い空。
 慌しく過ぎ去った学園祭の余韻も、ようやくの事薄れてきたある日。
 紅薔薇のつぼみは何時ものように、薔薇の館へ向かって中庭を歩いていた。
 程なくして、薔薇の館に到着する。扉を開けて、階段を昇っていく。
 相変わらず、小さく軋む音を心地よく聞きながら、僅かな時間で二階へ着く。
 そして、あの人の妹になってからと言うもの毎日のようにくぐり続けたビスケットの扉のノブに手
 を掛ける。

 カチャ。

 静かに扉を開く。

 「ごきげんよう」
 「ごきげんよう、お姉さま」

 中を見渡すと、部屋には自分の妹である祥子一人しか居なかった。
 小さく微笑んであげる。
 祥子はなんでもないといった風に澄ましているけれど、一度あわせた目を僅かに逸らせた所を見る
 と、すこし、照れているようだ。

 「祥子一人なのね」
 「はい。令は剣道部に。薔薇さま方は三年生の全体連絡とかで少し遅れるそうです。黄薔薇のつぼ
  みは急用だそうで、先ほど帰宅なさいました。白薔薇のつぼみはわかりません」
 「そう、ありがとう」

 時々、蓉子を窺うように視線を向けながら、山百合会幹部の状況をてきぱきと答えてくれる。
 まだ一年生だと言うのに、よく出来た妹だと思う。
 軽く思い出してみても、祥子を妹にしてから本当にいろいろあったものだ。
 あまりに現実離れしていた習い事の数々。肝心なときにはっきりと自分の意思を伝える事の出来な
 い不器用なところ。そのおかげで、辛い目にも逢わせてしまったことが何度かあった。

 「紅茶で宜しいですか、お姉さま」
 「ええ、お願い」

 蓉子に確認をして、祥子は流しに歩いていった。
 祥子の煎れてくれる紅茶は、インスタントの紙パックなのにとても上品な香りがするから不思議だ。
 蓉子も随分、お姉さまである紅薔薇さまに褒められたものだったけれど、祥子の煎れた紅茶には足
 元にも及ばない。

 「どうぞ」
 「有難う、祥子」
 「いえ」

 音一つ立てずに、祥子がソーサーに載せたカップをテーブルに置いてくれる。
 そのカップを手に顔の前に持ってきて、少し香りを楽しむ。
 やはり、自分や黄薔薇のつぼみである親友が煎れたものより上品な香りがする。

 「祥子の煎れてくれるお茶、香りが良いから好きよ」
 「あ、有難うございます。お姉さま」

 祥子の顔がぱぁっと輝いた後、薄紅色に染まって行く。
 可愛いものね。普段は近寄りがたい雰囲気を感じさせる祥子も、蓉子と二人きりの時にはこういう
 笑顔を見せる時が増えてきた。
 しかし、何故こんなに香りが違うのだろう。以前、祥子にお茶の煎れかたを教えて貰ってから、同
 じ煎れかたをしたときも、決して祥子のような上品な香りにはならなかった。
 それがなんだか悔しくて、何度も何度も、それこそお腹がちゃぷんちゃぷんになるくらい練習した
 けど結局出来なかった。

 「遅いですわね、薔薇さま方」
 「そうね」

 蓉子がやってきてからまだ十分ほどしか経っていないのに、祥子はそわそわと扉に目を向ける。
 もしかして、二人きりの現状に照れている?
 すこし、祥子をからかってみようか。などと考えてしまう。
 江利子じゃあるまいし。と、否定してみるが湧き上がった好奇心は、急速に抗いがたくなってくる。

 「ねえ、祥子」
 「なんですか、お姉さま」
 「キスして頂戴」
 「な!」

 祥子が顔を真っ赤にして、声を詰まらせる。
 ああ、やっぱり。こういう事には凄い反応を返すのね。

 「出来ない?」
 「で、できる訳がありませんわ。ご冗談もほどほどになさってください、お姉さま」
 「本気。だって言ったらどうする」
 「え……」

 祥子が目を剥いて硬直する。それに付け込むかのように、蓉子は祥子に触れそうな距離に顔を
 近づける。

 「ねぇ、キス。して頂戴」
 「あ……ぅ……」

 口をぱくぱくとさせて、真っ赤になっている。呼吸をしていないのではないかと思えるほど、祥子
 の動悸が速くなっているのが、小刻みに揺れる肩を見るだけで解ってしまう。
 少しの間そうしていると、祥子が観念したように瞳を閉じる。

 「蓉子。祥子ちゃんに意地悪しないの」

 急に言われて、慌てて声のする方に振り返る。

 「お、お姉さま!」
 「紅薔薇さま!」

 ビスケットの扉に手を掛けたお姉さまが、そこに居た。

 (み、見られた)

 祥子とのキス。からかい半分とは言え、お姉さまに見られてしまった。
 先ほどの妹以上に、顔が赤くなっていくのが蓉子自身にも感じられた。
                 ロサ・キネンシス
 「こ、紅茶で宜しいですか?紅薔薇さま」
 「有難う、祥子ちゃん」

 お姉さまがにっこりと極上の微笑みを祥子に向けると、やおら蓉子に振り返った。

 「もう、蓉子ったら。キスしたいのだったらわたしに言えば良いのに」
 「は?」

 お姉さまは何を言っているのだろう。
 呆けた様にお姉さまを見つめる。

 「はい」
 「!」

 お姉さまが突然、蓉子の首に腕を巻きつけて唇を塞いできた。
 お姉さまとのキスは初めてでは無かったけれど、二人きりでない時に突然キスされるなんて。
 蓉子の頭の中はパニック寸前だった。
 あまりに突然だったから、鼻のほうで呼吸をするのも忘れていて、苦しい。
 苦しいのと同時に、お姉さまにキスをされているという事実が麻薬のように蓉子の頭の中を麻
 痺させて行く。

 「っ!」

 祥子の声にならない悲鳴が聞こえる。
 けれど、蓉子は完全に思考が麻痺してしまっていてそれに気がつかない。
 永遠とも思える長いキスの後、ようやくお姉さまが蓉子を解放してくれた。

 「あ、はぅ」

 吐息とともに、肺が酸素を求めて大きく息を吸い込む。

 「あらあら。蓉子ったら」
 「ロ、紅薔薇さま」
 「祥子ちゃんにもしてあげよっか?」

 ぶんぶんと首を振って拒む祥子が目の端に写る。
 ようやく、呼吸が整って顔を上げると、お姉さまの天使のような笑顔がそこにあった。

 「まだまだね。蓉子」

 お姉さまには……勝てません。

 − f i n−


ごきげんよう。
なんだか祥子さまと蓉子さまの声が、伊藤美紀さんと篠原恵美さんと知って
急に思いついたネタです。
基本的にうちの蓉子さまは攻なんですが、やっぱり「お姉さま」相手では受けなんだろうかと。
というか、祥子さまに「お姉さま」を言わせただけだったんですが(汗
それではまた近いうちに。


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