Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『ブルーな日の幸せ』


 身体がだるい。
 どこかが悪いわけでなく、熱があるでもない。
 でも原因ははっきりしている。

 月に一度、来なくてもいいのにやってくる招かれざる来訪者。

 普段はそんなに重いことも無かったのに、今日は随分ときつい。
 昨日の晩、普段とすこし違う感じだったからすこしまずいかとも
 思ったけれども、今日は土曜日だったし学園祭も間近に迫ってい
 て今日一日はすこし辛くても頑張ろうと出てきたけれど。

 「大丈夫?瞳子」

 白薔薇さまのつぼみであり、クラスメイト。そして親友の二条乃
 梨子さんが心配そうに声を掛けてくださる。

 「有難う、乃梨子さん。大丈夫ですわ」

 朝、いつもの瞳子で無い事に気が付かれた様で時々声を掛けてく
 ださる。

 「あんまり重いんだったら帰ったほうがいいよ?」
 「今日は通し稽古がありますから」
 「稽古と身体、どっちが大切なのかわかってる?」
 「勿論ですわ」
 「ふぅ。あんまり無理しないでね」
 「ええ」

 やれやれと言った感じで乃梨子さんはご自分の席に戻って行った。
 授業はあと1時間。
 これさえ乗り切れば、舞台の稽古だけ。
 もっとも、座っていれば良い授業よりも立ちっぱなしの稽古の方
 が堪えるんだろうけど。

 授業が終わって、昼食をとろうとしたけれど身体が受け付けてく
 れそうになかったので一口お箸をつけただけで鞄の中にお弁当箱
 をしまった。

 やはり身体がだるい。
 幸い、腹痛などは無かったので堪えられないといったことは無か
 ったので稽古に出たのだけれど、それが良くなかった。

 「瞳子さん、なんだか顔色が優れませんけど大丈夫?」
 「ええ、心配なさらないで」

 同じ1年生の部員が心配そうに瞳子の顔を窺う。
 そんなに酷い顔色なのかしら。

 「はい。じゃあ、1年生は左の袖のほうに移動して頂戴」

 演出を担当されいる副部長が指示をされる。
 瞳子たち一年生は端役なので殆ど台詞が無い。
 台詞が無いということは、お腹に力を入れる必要が無いのでとて
 も有り難かった。

 舞台袖。実際は体育館の床の上なので、そう見立てた位置。に移
 動して出番を待つ。

 主役を演じられる3年生の方が反対側に姿を消して10を数えて
 から、瞳子たち1年生は集団で舞台を横断して反対側の袖に消え
 る段取りだった。

 「1年生、出てきて」

 副部長の声に促され、1年生たちが揃って移動を始める。
 数歩、歩いたときだった。

 「え……」

 急に目の前が真っ暗になった。
 足の力が抜けて、自身の体重を支えられなくなった。
 瞳子は膝から崩れるように、体育館の冷たい床の上に倒れこんだ。

 「松平さん!」
 「瞳子さん!」

 側にいた同級生や先輩方が自分の名前を呼びながら駆け寄って来
 るのを薄れ行く意識の中で感じた。

 「ん……ぅ」

 ゆっくり身体を起こす。
 身体の上には薄い、毛布がかけられていた。
 あたりをゆっくり見回す。

 見慣れない白い部屋。
 左手にはスチールのロッカー。右手にはパイプと布の衝立。

 「目が覚めた?松平さん」

 声がする方に視線を移すと、衝立の横から栄子先生が顔を覗かせ
 ていた。

 「保健…室ですか?」
 「そうよ、部活の練習中に倒れたのよ。あなた」

 ようやく事態が飲み込めた。

 「貧血。あんまり生理の日に無理しちゃ駄目よ?」
 「はぁ……」

 たしかに身体はだるかったけれど、下り物はそんなに酷くなかっ
 たのに。

 「それに、優しい『お姉さま』が可哀想だから」

 栄子先生はそういってくすっと微笑む。
 『お姉さま』?
 瞳子はまだ誰とも姉妹の契りは結んでいない。
 確かに、そう在りたい人はいるけれど。

 「あら、まだ気づかないの?」
 「はい?」
 「傍らをご覧なさい」

 苦笑しつつ栄子先生が顔を向けたので、その方を見る。

 「ゆ!祐巳さま!!」

 瞳子のすぐ側に、ベッドに顔をうつ伏せてお休みになっている
 祐巳さまが居た。

 「可哀想な『紅薔薇さまのつぼみ』はあなたが倒れたって聞いて
  ここに駆け込んできたのよ」

 祐巳さまが…

 「もう大変だったんだから、いくらただの貧血だって言っても
  側から離れないんだもの」

 祐巳さまがずっと側に居てくださった。
 学園祭目前のお忙しいこの時期に。

 「『紅薔薇のつぼみ』が廊下を全力疾走してきたなんて知ったら
  彼女のお姉さまどうするかしら」

 栄子先生は苦笑しながら祐巳さまがここへ来たときの出来事をか
 いつまんで説明くださった。

 「じゃあ、演劇部の顧問の先生とあなたの担任の先生に目が覚め
  た事伝えてくるから」

 そいって栄子先生は保健室を出て行かれた。「まだ帰っちゃ駄目
 ですからね」と言残して。
 祐巳さまがまだ目を覚まされないのに帰るわけがないのに。

 初めて見る祐巳さまの寝顔。
 それはとても可愛らしくて。
 瞳子はどきどきしながらそのお顔を見ていた。
 秋とは言え、保健室もまだ暖房は入れていないので少し冷えてき
 ていた。このままだと祐巳さまが風邪を引いてしまうかも知れな
 かったので起こして差し上げようと祐巳さまの肩に手をそっと触
 れた。

 「祐巳さま、起きてください」
 「ん……」
 「祐巳さま。風邪を引いてしまいますわよ」
 「……瞳子ちゃん!」
 「きゃ!」

 祐巳さまががばっと身体を起こした。

 「瞳子ちゃん、大丈夫?身体辛くない?どこも痛くない??」
 「祐巳さま、落ち着いてください」

 あまりに祐巳さまが一気にお喋りになるので吃驚して両手で耳を
 覆ってしまった。

 「あ、ご…ごめん。瞳子ちゃん」
 「いえ、すこしビックリしただけです」
 「もう、大丈夫?」

 祐巳さまが心配そうなお顔になって瞳子を窺う。

 「ええ、まだすこしだるいですけど大丈夫です」

 微笑んで答える。

 「良かった。栄子ちゃんは貧血だっていってたけど瞳子ちゃん
  すごく青い顔をして寝込んでいたから」
 「すみません、ご心配おかけして。祐巳さま」
 「ううん。瞳子ちゃんが元気になったのならそれでいい」

 祐巳さまが瞳子を抱きしめてくださる。「良かった」と言いなが
 ら。いつもは気恥ずかしさが先にたつけれど、今はその抱擁がと
 ても嬉しかった。

 「ところで祐巳さま?」
 「なに」
 「瞳子を心配して下さったのはとても嬉しいのですけど」
 「うん」
 「紅薔薇のつぼみともあろう方が廊下を全力疾走なさったのは問
  題が有るんじゃないですか」
 「だって……瞳子ちゃんが倒れたって聞いて、もう心配で…」
 「嬉しいです、祐巳さま」
 「瞳子ちゃん」

 祐巳さまが瞳子を見つめていらっしゃる。
 瞳子も祐巳さまを見つめている。
 吸い込まれそう。
 二人の顔が微妙な距離になったとき。

 「祐巳」

 祥子さまが入ってこられた。
 慌てて二人は身体を離す。

 「瞳子ちゃん、もう具合は良くて?」
 「はい。祥子さま」
 「そう、それは良かったわ。瞳子ちゃんのお宅に連絡しておいた
  から。迎えの車がくるそうよ」
 「む…迎えの車」
 「有難うございます。祥子さま」
 「気にしないで頂戴。困ったときはお互い様よ」

 そういって祥子様は微笑まれた。
 そのお顔はやはりお美しかった。

 「ところで祐巳」
 「は、はい。お姉さま」
 「いくら瞳子ちゃんが心配だからといって廊下を走るのはお止め
  なさい」
 「はい…」

 祥子さまのお叱りに祐巳さまが小さくなる。
 そんな祐巳さまもとても可愛らしかった。

 「瞳子ちゃん、お大事にね。行きましょう、祐巳」
 「はい、お姉さま」

 祐巳さまが名残惜しそうに祥子さまについていく。

 「有難うございました。祐巳さま」
 「無理しちゃ駄目だよ。瞳子ちゃん」
 「はい」

 優しい祐巳さま。
 瞳子の事でしてはいけない事までしてくださった祐巳さま。
 瞳子は祐巳さまのロザリオが誰に渡されるのかとても気になります。

 その相手が瞳子かもしれないと、少しだけ自惚れてもいいですか?
 今だけは……

  − f i n−


ごきげんよう。
自分で言うのもなんですが、甘いですねぇ…
しかも今回のネタ。
ブルー・デーです。
やろーである黄山にはその辛さはわからないのですが(汗
表現おかしかったらごめんなさい。
それではまた近いうちに。


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