Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『逢瀬の代償』


 「志摩子…」
 「祥子さま…あ…」

 志摩子の艶やかな唇に瞳が釘付けになる。
 彼女の腰に回した手がしっとりと汗ばんでくるのが感じられた。
 志摩子のからだが小刻みに震える。

 「まだ、怖いのかしら」
 「い、いえ。そんなことは」

 顔を赤らめて志摩子が目を伏せる。
 場所が場所だけに志摩子が緊張するのは良くわかる。
 本来、ここはこのような行為をする場所ではない。
 それ故に人目にはつきにくく、逢瀬を楽しむには向いている。
 お聖堂の裏手。
 周囲から孤立し、建物と塀の間の小さな空間。

 何時の頃からか、志摩子とリリアンの中で繰り返す逢瀬はこの場所、と
 決まっていた。

 「祥子…さま」
 「可愛い志摩子…」

 志摩子が潤んだ瞳でねだってくる。
 祥子は随分長い間、抱きあっているだけで切なそうにしている志摩子を
 眺めて楽しんでいた。

 「もう、限界かしら」

 志摩子が小さく頷く。

 −これ以上じらすのも可哀想かしら。

 そう想って唇を志摩子のそれに近づける。
 志摩子の甘い吐息が心地よい。
 あと少し…

 その瞬間だった。

 祥子は抱いていたはずの志摩子が自分の中から掻き消えるのを信じられない
 面持ちで見つめた。

 「紅薔薇さま…」
 「っ!の、乃梨子」

 自分の腕の中から消えた志摩子は、彼女の妹の乃梨子の腕の中にあった。

 「そうそう、志摩子さんは渡せないわよ」

 祥子は唇をかみ締めた。
 あとほんの少しで志摩子の唇を楽しめたのに…

 「乃梨子…どうして…」

 志摩子は乃梨子の腕の中で唖然としていた。

 「わたしの志摩子さんは簡単にはわたせないからね、ごきげんよう紅薔薇さま」

 そういい残して乃梨子は志摩子とともに消えた。
 く、悔しい。
 つい志摩子に意識が集中して乃梨子の接近に気が付かなかった。

 「覚えてらっしゃい、乃梨子」

 ─────────────── * ──────────────────

 翌日、志摩子との秘密の場所が乃梨子に知れてしまったため、祥子は新たな場
 として、マリア様の森の裏手に志摩子を呼び出した。

 「祥子さま、いくらなんでもここは…」
 「安心なさい、ここは木が多くて人目にはつかないわ」
 「でも、マリア様が…」

 躊躇う志摩子をすこし強引に抱き寄せた。

 「あ…」

 志摩子が小さく声を上げる。

 「マリア様もお背中にまでは気がつかないわ」
 「祥子さま…」

 志摩子の顔に右手を添えて上を向かせる。

 「志摩子…ここなら邪魔は入らない」
 「はい…」

 志摩子が目を瞑り、唇をそっと差し出す。
 昨日お預けをされたせいか、今日の志摩子は積極的だった。
 祥子も目を瞑り、唇を寄せる。
 が、そこまでだった。
 祥子は自分の身体が勢い良く後ろに引き寄せられるのを感じた。

 「な、なに!?」
 「お・ね・え・さ・ま」
 「ゆ、祐巳!!」

 自分の腰に抱きついている祐巳を見た瞬間、祥子は血の気が引いていくのを
 感じた。

 「あ…ゆ…祐巳さん。そ、それではごきげんよう」

 祐巳に気が付いた瞬間、志摩子はそそくさとその場から逃げようとした。
 しかし、それは叶わなかった。

 「志摩子さん、昨日のお仕置きだけじゃ足りなかったんだ」
 「乃梨子!!」

 志摩子は乃梨子に捕捉された。
 祐巳が眉間に皺を寄せて祥子に言った。

 「お姉さま、最近少々おいたがすぎませんか?」
 「そ、そんなことはなくてよ」
 「昨日は乃梨子ちゃんに大変お世話になってしまったようで」
 「いえいえ、祐巳さま。お互い様ですよ」

 祐巳と乃梨子ちゃんが微笑みながら会話を続ける。
 祥子は自分の顔が真っ青になていくのを実感していた。
 普段は優しく、愛らしい祐巳がこういうとき本当に恐ろしいことを知ってい
 るから。

 このあと、どんな事が待ち受けているのか。想像するだに恐ろしい。
 −なんとか逃げなければ…
 しかし、祐巳が腰に回している腕は自分を苦しめるような力は掛かってい
 ないのに、どうやっても解けなかった。

 「ゆ、祐巳?は、話せばわかるわ。だから…」
 「話す?いいえ、もうお姉さまのお話を聞く段階ではないですから」

 こ、怖い…

 「乃梨子、お願いだから。ね」
 「駄目だよ、志摩子さん。昨日あれだけお仕置きしたのに次の日にすぐまた
  繰り返しちゃうようじゃわたしもちょっと考えないと。ね」

 志摩子は乃梨子の言葉に諦めたのか、うなだれてしまった。

 「この際ですから、お姉さまが誰のものかはっきりさせて頂きますね」

 祐巳がこれ以上は無いという笑みを浮かべて言った。
 祥子は悟った。
 しばらくは志摩子と楽しむことが出来なくなってしまう事を。

 「行きましょう、お姉さま」
 「行こっか、志摩子さん」

 祥子は祐巳に、志摩子は乃梨子に。それぞれ天使のような笑顔の妹にその場
 から連行されていった。

  次の日。
 薔薇の館で、精気を失いぐったりしている紅薔薇さまと白薔薇さま、そして
 艶やかな顔をしているその妹たちを見て黄薔薇さまの令は背筋に悪寒を感じた。
 令の隣の由乃が不気味な笑みを浮かべていたから。

  − f i n−


ごきげんよう。
1234番ゲットのnabi様のリクエストです。
祥子×志摩子です。カップリング以外、特にご指定がありませんでしたので
好きに書かせていただきました。
実は、もう1本書いたのですが、こっちはあまりにも痛すぎて…
nabi様のお好みがわかりませんでしたのでどっちにしようか迷ったのですが
コメディの方をアップさせていただきました。
もう1本もそのうち「Novel」の方にUPしたいと思います。
それではまた近いうちに。


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