Cross of the EDEN
エデンの園の十字架


『甘い唇と愛しき人』


 ある秋の日の放課後。
 そろそろ二学期の期末考査が頭にちらついてくる頃。特に大きな仕事も無く、
祥子さまや令さまたち三年生のお姉さま方が受験の準備などで会議が召集さ
れる事も少なくなり、乃梨子が薔薇の館に来るのも掃除をする事が主になって
いた。
 瞳子は演劇部のほうに顔を出す事が増え、可南子さんはまだ慣れないため、
必然的に乃梨子が中心となって掃除やらの雑用をするようになっている。

 「あれ、鍵が……」

 一番乗りだろうと予想して、乃梨子が手を掛けた薔薇の館の入り口のドアノ
ブは、予想に反して何の抵抗も無く半回転してしまった。

 「誰が来ているんだろう……」

 そう思いながらゆっくりと階段を昇り、二階にある会議室兼サロンの入り口の
前に立った乃梨子は、静かにビスケットの扉を開いた。

 「あ……」

 目の前の見慣れたはずの部屋の光景を目にして、乃梨子は小さく声を上げ
た。

 「志摩子さん……」

 普段から二人だけのとき以外は「お姉さま」と言うように言われているにも
拘らず、周囲に誰もいない事の確認もせずに乃梨子は姉の名前を口にした。
 ひざの上で両手を重ね、秋のやわらかい午後の日差しに包まれて、椅子に座
る乃梨子の姉は、逆光の中、淡い影を身にまとった姿で小さな寝息を立ててい
た。それは、まさに萬話の中に出てくるお姫様かアンティークドールのモデルに
なった天使のようで、乃梨子は幻想と現実の区別がつかないような錯覚に襲わ
れる。
 乃梨子は、吸い込まれるように志摩子さんの傍に歩み寄った。

 「きれい……」

 もとより乃梨子の姉は美しく整った顔立ちをしていて、良くも悪くも日本人的な
顔立ちの乃梨子と並ぶと、西洋人形と日本人形などと言われる事もあるくらいで
あったから 。そう言われる事に何を感じるでもなかったけれど、姉が褒められてい
ることには変わりが無いので、決して嫌な気分にはなったことが無い。
 これが瞳子だったりすると、自分に自信を持っている分それでは収まらないよ
うな気もするけれど。

 「……」

 無言のまま、志摩子さんの顔を見つめる。
 やさしく閉じられた瞳。
 小ぶりだけど整った鼻先。
 そして、冬が近づくにつれ乾燥していく空気に挑むように艶やかで潤いすら
感じさせる小さな唇。

 (とくん……)

 乃梨子の胸が小さく跳ねる。
 その志摩子さんの唇に視線を捕らえられたまま、今までに何度、志摩子さん
と唇を重ねただろうと思い返してしまったから。

 (とくん……とくん……)

 そのときの事を思い浮かべるたびに、乃梨子の胸が小さく跳ねる。
 一体どれくらいそうしていただろうか。ほんの数秒だろうか、もしかして数分
も経っていたかもしれない。
 奇妙に鈍くなった頭の回転を感じながらも、乃梨子は魅入られたように志摩
子さんの唇を見つめ続けた。
 無意識のうちに、志摩子さんの顔に乃梨子の顔が近づいていく。
 志摩子さんの寝息が小さく乃梨子に掛かる。
 ゆっくりと、ゆっくりと顔を寄せていく。

 (とくん、とくん、とくん……)

 もうほんの少しで触れ合う。
 乃梨子がそう思い、瞳を閉じかけた瞬間に急に頭が志摩子さんから引き離さ
れた。

 「え!?」

 慌てて瞼を開けた乃梨子の瞳に映ったのは、吸い込まれそうに深い志摩子さ
んの瞳に映る乃梨子自身の瞳だった。

 「乃梨子……」
 「は、はい……」

 姉の口から発せられたけだるげな声に反応して、乃梨子は身体が強張るのを
感じる。そして……。

 「……ん」

 先ほどとは反対に、今度は勢い良く引き寄せられた乃梨子の頭はほんの数秒
前に乃梨子自身が求めた位置に収まった。
 乃梨子の唇に感じる、志摩子さんの柔らかい感触。
 乃梨子の直ぐ傍に漂う志摩子さんの甘い匂い。
 その全てに絡み獲られるように、乃梨子の意識は周りの何者とも引き離されて、
ただ、ただ、志摩子さんだけを求め、感じていた。

 (志摩子さん……好き……)

 全ての感覚で志摩子さんだけを感じながら、乃梨子はその言葉だけを心の中
で小さく呟いた。

  − f i n−


まさに突発。
アニメに初めて瞳子が出たというのに、黄山はあの過剰なまでの志摩子さんの
唇の描写のエロティシズムにやられてしまいました。
これはしまのりを描けという精神誘導に違いない(笑)
内容などかけらもありませんが……。
というわけで、祐瞳でなくてすみません。
それではまた、近いうちに。


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