彼女が生まれたのは、もうずいぶん昔の話だ。
それはおそらく、たくさんの兄弟と一緒で。そしておそらくソビエトのだだっ広い荒野の真ん中で。
どこまでも続く地平が、彼女の知る限りの広さで、どこまでも延びる青空が、彼女の知る限りの高さだった。
彼女は人間の手伝いをするという仕事を持っていた。
人の創った機械の塊に乗って、高いところまで登り、降りてくる。
なんどもなんども繰り返されるその仕事の中で、彼女は何を知っただろう。
高いところはひどく広いことを、高いところには何もないことを、
そして人間が行きたいと願っている高いところはそこではないことを。
いつもの仕事の繰り返しのはずだった。彼女にとっては。
”ソビエトの犬、宇宙を飛ぶ”
”犬の健康は満足すべき状態にある”
”1週間後には地球へ”
それは、人類の発展の証だったから。
帰るすべを持たないその船は、人知の結晶だった。
ご飯の時間だ。
鉄の臭いをかぎ、鉄の塊を見続け、身動きが取れないその中で、
機械の動く音を聞きながら流し込まれるその食事は、最後のものとなった。
彼女も船も、うちに帰り付くことはできなかったのだ。
バイコヌールという、あの町へ。
そのことを彼女は知らない。
僕らはその巻毛の女にくびったけなんだ。
彼女の名前を冠したことで、安穏とした趣味人の集いだった僕らの会合は、別の場所へゆこうとしています。
そこがどんな所でなにがあるのか、僕らに知るすべはありません。そこがどんなに広く、どんなに高いのか。
もしかしたらそれを知ることができるのは、おっこちた時なのかもしれない。
ともあれ、クドリヤフカ。
僕らの名前です。
そのときは、お知らせしますので、何卒。
彼女は、仕事を続けた。
1957年11月3日。彼女は機械の塊の中にいた。
”宇宙空間に初の生物”
世界中の新聞はこぞって彼女を書き立てた。
彼女を乗せた機械はスプートニク2号。
5日目、彼女は仕事を続けていた。
1958年4月14日。船はその軌道を下げ、大気圏の中でいくつもの流星を作った。
誰も知らない広さと、誰も知らない高さ。
彼女の名前は、クドリャフカ。
そう遠くないうちに商用ページに引っ越します。