GBのアームチェアCinema見ist:On the beach

On the beach

渚にて:On the beach

監 督 スタンリー・クレイマー
出 演 グレゴリー・ペック/エヴァ・ガードナー/フレッド・アステア/アンソニー・パーキンス/ドナ・アンダーソン
脚 本 ジョン・バクストン
音 楽 アーネスト・ゴールド
原 作 ネヴィル・シュート
製作年 1959


以前は余り値引きをしなかった映画会社直系のDVDが、最近は叩き売り状態で量販店やCDショップ店頭に並んでいる。
うっかり中古なんざ買ってしまうと後悔するような価格である。

欲しかった「名作」を時々見つけると一も二もなく手に入れる。

これは…既に「賞味期限」を過ぎてしまった映画、だと言う。

第三次世界大戦の後、核爆弾により北半球が死滅し、唯一残されたオーストラリアもじわじわと迫り来る死の恐怖におののいている。

原作と同様に、戦闘も核爆発も武器も瓦礫の街も死体も一切出てこない。
地球を覆った死の灰が人々に迫り、しかし、人々は今を生きようとする。その姿を淡々と描く。

この映画の全編に流れる音楽にはオーストラリアの第二の国歌とも言われるオーストラリア民謡「Waltzing Matilda(ワルツィング・マチルダ:アンドルー・バートン・パターソン作詞作曲/1895年)」が使われ、滅び行く運命に哀感を添える。仕事を求めて放浪(waltzing)する男の一人旅の相棒として、彼が担ぐバッグに擬人的女性名(matilda)がつけられたとされる。

ネビル・シュートの原作は、彼が死去する3年ほど前(1957年)に出版された。
米ソ冷戦のまっただ中、この年、人類最初の人工衛星スプートニクは当時の米国に、脅威と危機(Sputnik crisis)を与えた、そんな時代。

初訳は1958年、文藝春秋新社による木下秀夫訳「人類の歴史を閉じる日」。
翌年の映画“渚にて”によりそれなりに話題になったが、1962年にキューバ危機が起こり、人類は全面核戦争に直面し、1965年、創元推理文庫前訳版にあたる井上勇訳が出版されると、この直面した危機の余波で広く読まれるようになった。
“渚にて”の物語の時間は、1964年に想定されていた。

さて、そんな作品に“渚にて”等というまるでメロドラマのような邦題が何故付いたか…
確かに本編は破滅終末物SFとはいえ、まさにラブロマンスの色が強い。
近年の終末物に比べると、実に静かで地味な映画である。

原題の“On the beach”は、“ne sur la sipo - sur la marbordo, sen laboro”(船上にいない、岸にいて仕事がない)を意味する船乗りのスラングだとか。
さらに、“on the beach”とは、年老いて職歴(キャリアー)が最後の段階にあることで、惑星地球の最後のことを指しており、T.S.エリオットの詩の中の語句だそうだ。

ラブロマンスは滅び行く人々を静かに送る。
「踊らない」アステアも存在感がある。

In this last of meeting places
we grope together
And avoid speech
Gathered on this beach of the tumid river...

This is the way the world ends
This is the way the world ends
This is the way the world ends
Not with a bang but a whimper.

  T.S.Eliot“On the Beach”

このいやはての集いの場所に
われら、ともどもに手さぐりつ
言葉もなくて
この潮満つる渚につどう

かくて世の終わり来たりぬ
かくて世の終わり来たりぬ
かくて世の終わり来たりぬ
地軸くずれるとどろきもなく ただひそやかに
  (T.S.エリオット“渚にて”)

この作品の舞台は1964年、製作は1959年。
アメリカがマーシャル諸島、ビキニ環礁で核実験を行っていたのが1946〜1958年。
ソ連が水爆実験に成功したのが1953年、第5福竜丸の被曝が1954年。
「賞味期限」が過ぎた、と言われる理由は、1959年、製作当時の知識による放射能汚染に対する表現だろう。
しかし、そんなことは「些細なこと」に感じられる。

今、今見るからこそ、この古い名作が重くなる。

50年経っても人類の愚かしさは変わっていない…

するとオズボーンが笑った。「世界の終わりというわけじゃありません。ただ『人類の終わり』だというだけで。世界はこのまま残っていくでしょう。そこにわれわれがいなくなってもね。人間など抜きにして、この世界は永久につづいていくんです」(原作P.139)

モイラはうなづいた。「…、どんな計画を立ててもやる時間がないってことよね。それでもわたしたちは、やれるだけやらなきゃだめなのよ」(原作P.304)


On the beach 映画のエンディングに登場する(多分)救世軍が立てた横断幕。 「THERE IS STILL TIME.. BROTHERS(兄弟たち まだ時間はある…)」 そう、兄弟たち まだ時間はある…のだ。多分。



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