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蜩ノ記

蜩ノ記

監 督 小泉堯史
出 演 役所広司/岡田准一/堀北真希/青木崇高/吉田晴登/小市慢太郎/中野澪/寺島しのぶ/三船史郎/井川比佐志/串田和美/原田美枝子
脚 本 小泉堯史/古田求
音 楽 加古隆
原 作 葉室麟『蜩ノ記』(祥伝社)
製 作 年 2014


『蜩ノ記』(ひぐらしのき)は、葉室麟による日本の時代小説。『小説NON』(祥伝社)にて2010年11月号から2011年8月号まで、「秋蜩」のタイトルで連載された。第146回直木三十五賞受賞作。2012年6月にNHK-FMラジオ「青春アドベンチャー」にてラジオドラマ化され、2014年に映画が公開された。(Wikipediaより)

原作を読んだ時の感想に

物語を表す言葉を列挙するなら…

清澄、清廉、静謐、矜持、慈愛、敬愛、友情、真摯、忠節、実直、清冽、剛直、廉恥…

そんな言葉が並ぶ。(後述)

と書いている。
柘榴坂の仇討の感想でも似たような言葉を並べているが、期せずして類似テーマの映画が並行して作られていたと言うこと。

柘榴坂の仇討の主人公は花道としての死を求めて生き、この蜩ノ記の主人公は定められた生をつつがなく全うする死を目指し生きる。
柘榴坂の主人公たちは煩悶しつつ己が道を求め続けたが、本作の主人公達は些か清廉に過ぎる程の信念で生きている。

どちらが良いとは言えない。

類似テーマであったも切り口がかなり違うのは原作者も含めたスタッフが多分一回り違う年齢と言う事から来るのだろう。

本作もまさに伝統的日本映画の映像美である。
原作を読んで感じた「端正で美しい」文章そのままである。
風景は美しく、登場する人々の所作はそれは美しい。
地味で落ち着いた静かな作品。
これは多分、最近の派手で仕掛けだらけの映画を見慣れた人には退屈で辛いだろうな。

静かに穏やかで美しい作品である。

終盤近く、ひとり夫の死に装束を縫い、切腹用の小刀を改める妻、その妻が仕立てた真新しい死に装束をまとい、妻と茶を飲み微笑みを交わす。
柘榴坂の仇討でもラストで夫婦の情愛を占めるシーンが印象的であったが、本作のそれは凄みすら感じられた。

久しぶりに美しい映画を二つも続けて鑑賞した。
これは当方映画最後のフィルム作品になるらしい。
映画も殆どデジタルになってしまったが、映像の深みはやはりフィルムなのかも知れない。
(ただ1シーン。満天の星…アレが不自然!と思ったら本作唯一のCGだそうな。惜しい!)

オーソドックスな作り、と言えば、この作品も音楽が変に自己主張をせず、映像を盛り上げていた。
勿論、エンドロールで余韻をぶち壊すタイアップ歌手の今風な主題歌はない。
柘榴坂の仇討の久石譲にしても、本作の加古隆にしても、やはり映画音楽も“プロの音楽家”なのである。

黒澤明の弟子が作った師弟の物語。
この人が作った「雨上がる」も好きな作品である。



蜩ノ記 【原作】
蜩ノ記(祥伝社文庫)葉室麟(著)
文庫: 416ページ
出版社: 祥伝社 (2013/11/8)
言語: 日本語
ISBN-10: 4396338902
ISBN-13: 978-4396338909
発売日: 2013/11/8

書店で平積みになっていた時から気になっていたのだが、映画の公開予告を何度か見て公開3ヶ月前にやっと手に取った。

取っつきは余り宜しくない。
が、数頁読み進めると、情景の中に入ることが出来る。

ネタバレは承知で一言で書いてしまうならば、陰謀に巻き込まれ、無実の罪で10年という時を過ごした後、切腹を言い渡された武士の話。

その10年間で成すべき事を成し、彼はいかに辞世をしたかという物語。

しかしこれは、単に死を美化した武士の覚悟等と言う物ではなく、何を守り、何のために命をかけ、後に何を残すのかと言う一人の男の生き方を描く。

物語を表す言葉を列挙するなら…

清澄、清廉、静謐、矜持、慈愛、敬愛、友情、真摯、忠節、実直、清冽、剛直、廉恥…

そんな言葉が並ぶ。

死に向かって粛々と生きる主人公だが、そこには悲壮感はなく、むしろ颯爽とした希望が存在する。
この主人公を好ましく思う感覚は、東洋の島国日本ならではの独特の倫理観・死生観に根ざすものかも知れない。

そこには権謀術策やかけひきは存在せず、正々堂々真っ直ぐで、潔い生き方を貫く主人公がいる。
そして、その背中を見て後に続く若者達も。

己の言動に責任を取っていては偉くなれない。
人の痛みを受けとめていたら幸せ=金持ちにはなれない。

今のこの国はまさにそんな国になってしまっている。

そんな中で、この主人公の生き方は己の処し方を考えねばならない年代の我と我が身にはかなり応える物があった。

一つ意外性を感じて新たな発見をした下りがある。

「もはや、この世に未練はござりません」
と、淡々と心境を吐露する主人公に対し、対峙する僧職はこう言う。
「まだ覚悟が足らぬようじゃ。…未練がないと申すは、この世に残る者の心を気遣うてはおらぬと言っておるに等しい。この世をいとしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残されたものが行き暮れよう」

それもまた慈しみと言うことなのだろう。

全編を通し、ぶれない主人公の生き方は清廉で、慈愛に満ちている。
紡がれた文章もまた、端正で美しい。

直木賞選考委員の浅田次郎は
「四季のうつろいを丹念に描くことで、定められた命を感情表現に頼らずに写し取った技は秀逸であった。」
と本作を評している。

第146回直木賞受賞作


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