記載者:toshi jinnai on August 27, 2105 at 17:23:07:
新台東病院入札参加事務所のアンケートを読んで見て、組織事務所(ラージファーム)の本音と建前がお互いに交差し、JIA自ら定めた建築家としての倫理規定、行動規範には程遠いものがある。JIAの行動規範には、
2.会員は、業務獲得の目的をもって、ダンピング・談合等の不当な行為を行わない。
5.会員は、建築家の適正な選び方として入札ではなく、プロポーザル・コンペ・QBS・特命の方式をとるよう働きかける。
6.会員は、建築家の業務内容と責任を契約により明示し、かつ設計監理報酬について適正な報酬額を提示する。
とある。しかし、アンケートの回答を見る限り、JIAの行動規範には入札は回避するようになっているが、ほとんどの組織事務所が入札に応じると回答している。小倉会長が顧問となる日建設計についても入札は廃止するよう行政に働きかけるよりも、敢えて入札に臨む姿勢であるとある。一体、JIAの行動規範は何なのか。行動規範は単なる一般社会への建前なのか。また、日建設計の基本設計、実施設計の入札金額はダンピングではないのか。たとえダンピングでなくても、決して、「設計監理報酬について適正な報酬額でない」ことは一目瞭然である。基本設計では区の予定価格は 36,000,000円に対し日建設計は18,100,000円 また、実施設計では、区の予定価格107,670,000円に対し58,800,000円になっいる。ともに区の予定価格の半値であり、業務獲得の目的をもった不当な行為は明白である。更に実施設計では失格の烙印を押されいる。果たして、この入札価格が適正な報酬額といえるのか。明らかにJIAの行動規範の違反はもとより、「行動の理念」である建築家職能原則五項目の4.「適正な報酬と社会に対する責任」を放棄している。
「建築家が、自由で公正中立な立場を保持しながら専門家能力を発揮・遂行するためには、経済的な裏付けがなければなりません。仕事に誇りを持ち、責任を全うするためには、適正な報酬が必要です。経済的自立は、公正な判断と業務の遂行を可能にし、有形無形の社会還元という形で、責任を果たします。」
実施設計に応札した組織事務所はJIA内部より提案された「入札拒否」運動をも粉砕し、建築家としての職能の倫理よりビジネスとしての論理が優先し、職能団体としての本来の建築家の姿がなおざりにされている。日建設計では広報部の営業努力の結果であのような金額になったと説明している。営業努力はまさにビジネスの論理に適う。現在、その営業努力により設計監理報酬のダンピングが行われている。しかし、小倉会長を含め組織を構成している一人一人がJIAの倫理規定、行動規範を遵守している建築家ではないのか。組織に染まれば建築家は本来の職能倫理、行動規範が希薄化し、利潤追求へのビジネス論理が優先し、設計事務所の間では公共事業を発注する行政も驚くほど卑劣な戦いが生じている。JIAは世間に対して入札反対の旗を掲げる一方、JIAの会員を経営のトップに抱える組織事務所は私利私欲にまみれ、建築家としての職能倫理が退廃しているのが現状であろう。
建築家と称する職能団体の会長にあり、組織事務所を代表する日建設計の顧問である小倉氏は、建築家として社会的な立場を明確にしていない。新台東病院の基本設計、実施設計の低額入札に対し、日建設計の所属している以上、入札反対の旗を掲げているJIAの代表者として、世間の納得のいかないものに説明の義務があろう。しかし、小倉会長は「私は公人と私人との立場を分けている。自分の事務所も会員の事務所のことも語るわけにはいかない」、また「いつも通りの社の積算方法によるもの」と回答を避けている。(*1)一方、MHSの顧問だった松原氏は新台東病院の件でMHSの常任顧問を引責辞任している。入札価格に差異はあるものの、日建設計の応札値は適正な報酬とは言い難い。しかし、小倉会長は無言のままである。それ故、会合、建築雑誌等でその真意が問われる所以であろう。
改めて、小倉会長は入札問題に真摯に取り組む姿勢があるのか問いたい。先般の新台東病院の入札の件についても、JIAならび小倉会長はこれまで入札に関して提言等で社会にアピールしてきたが、JIAのフリートークフォーラムに不当入札が掲載されるまでほぼ2週間、JIA並び小倉会長は世間に何の対処もしなかった。また、区長に公開質問状を提出したが、建築設計業界の醜悪な部分を露呈してしまったようで、行政としては言語道断のように思えたに違いないだろう。事の発端は建築家からなる組織事務所の超低入札であり、そのほとんどの事務所に入札反対しているJIAの会員が所属している。各社の低入札価格は明らかにJIAの行動規範に違反し、またJIAの行動理念(建築家職能原則)にも反している。各マスメディアに一斉に取り上げられるほどの落札金額、各社の低入札金額は異常であった。台東区の一部の市民は建築家の行動に不信を抱き、政治家を交え独占禁止法の抵触で公正取引委員会に申請書を提出し、さらに台東区に陳情書を提出し、白紙撤回に向け健闘してきた。一部の市民さえも理解され得ない日本建築家協会はほんとうに2011年のUIA東京大会は市民を交え成功に終わらせることができるであろうか。市民あっての日本建築家協会であり、UIA東京大会ではないのか。
そして、先月(6月)、AIAの日本支部(AIA chapter in Japan)が創立された。AIAにはゼネコンの設計部の方も会員として加入されていることが各建築雑誌等に僅かな記事の中で紹介されている。何ゆえ、建設会社の設計部に所属する建築家がAIAに加入することができてJIAに加入することができないのか。それは一般の市民に納得のいく説明ができるのか。たまたま己のおかれた職場(企業)で職業団体に加入できないのは一種の社会的差別行為ではないのか。JIAの加入資格に、建設会社の建築家にはその資格がないと、直接的には書かれていないが、建築家職能原則五項目の3.「自由で公正中立な立場の保持」に、「建築家は、...建築家の社会的正当性を貫くために、建築の工事・施工・生産・流通の機構から独立して、中立的第三者の立場を保持しなければなりません。」と間接的に示してある。しかし、新台東病院の基本設計の入札の件で、JIAを所属する会員の組織事務所のほとんどがダンピングを行い、建築家としての職能倫理を犯している。しかし、JIAの職責委員会会長、斉藤孝彦氏は、JIAの実態は、残念ながら、社会公共から見れば事業者の同業団体であって、そういう団体がダンピングをした会員を懲戒することは仲間内のリンチか、価格維持のためのカルテル強化にしか映らないでしょうと弁明している。(*2)まさに、身内をかばいJIAの規律を犯した者への懲戒を避けている。そういう身勝手な規律ならつくらないほうがましであろう。オリンピック競技で薬物使用(ドーピング)はメダルを剥奪されるほど厳しい規律があるが、JIAでは行動規範を犯し物件を確保しても懲罰をしょうとしない。MHSは規律を犯し基本設計の仕事を得、それを成就してしまった。しかし、入札に関わった者は処罰されないままである。会員の規律はゼネコンに身を置く建築家には排他的で厳しく、組織事務所に所属する建築家には仲間内で寛容ではあるのは社会にどう説明ができようか。日本建築家協会は各個人による職能団体であろうと、世間からは仲間内の組織事務所による企業団体と捉えられても仕方あるまい。
世間では、「このままでは、入札に代わる設計者選定方式を広めようと、建築・土木など関連団体がまとめてきたJIAの索引力に不安がよぎる。世間を騒がせた橋梁談合のような建設界の体質、構造が、同様に建築設計界にもあると世の中は見ている。それらの疑惑を晴らすほどの自浄力がなければ、「知的生産行為」の価値など、世間は理解してくれない」(*3)と指摘されるように、JIAのこれまでの動きに批判的に見ている方も少なくないだろう。
JIAは日建設計の半値の入札価格も妥当な設計報酬と判断しているようだ。建築家の知的な生産も行政の予定価格の半値になるほど日本の建築家のレベルは低下している。仙台市でのスポパーク松森で天井崩落の原因の一つに、辻英一氏は「近年の建築工事量の減少で受注競争が激しくなり、設計、工事費ともにダンピングが限界に達している。目に見えないところで建築の質がかつてないほどに低下している可能性が高い」とも指摘している。(*4)
この一年を通じ日本建築家協会は何が変わったのか。JIA会長を顧問とする日建設計の実施設計の低額応札、アンケートの組織事務所の私利私欲な回答に驚嘆するばかり。昨今、以前よりまして建築家の職能倫理の低下が建築雑誌の声の欄などで目立つようになって来た。アンケートの回答には、赤信号、みんなで渡れば怖くない、という組織事務所(ラージファーム)の概念が浮き彫りにされ、建築家としての本来の行動理念が退廃化している。JIAは各会員が建築家憲章をはじめ、倫理規定、行動規範を遵守していない実情がその要因なのかと、JIAの会員集会議事録(*5)を読み納得。日本建築家協会の建築家憲章に、「建築家は、常に品性をもって行動し倫理を堅持します。」そして、「行動の理念」(建築家職能原則五項目)に、「自主的に定めた倫理規定・行動規範を会員が守ることを宣言します」と、倫理、理念の明確な遵守宣言がある。しかし、JIAは自ら創造し、社会に公言している建築家憲章、行動理念(建築家職能原則五項目)は遵守されることもなく破壊と導いている。自ら定めた倫理、理念さえも遵守できないようでは、JIAの建築家資格制度そのものも社会にとって無意味な存在であろう。そして、日本建築家協会は会員の増員はおろか、2011年のUIA東京大会開催の成功に期することもできないだろう。
最後に、新台東病院の設計入札について、JIAは小倉会長をはじめ、組織事務所(ラージファーム)の会員は社の積算方法、営業努力で低額応札になり、建築家としての自己責任を逃避している。しかし、最終的に入札額を確認するのは、個々の建築家ではないのか。建築家としてのモラルがあれば、社で入札に応じるにせよ、せめてあのような世間騒がせの低入札額だけでも回避できた筈である。たとえ、JIAがホームページに入札問題を取り上げ、いくら世間にアピールしても、個々の建築家としのプロ意識が確立されなければ、その努力も水泡に帰するだろう。
注釈(Endnotes)
(*1)建築ジャーナル7月号 (特集 脱・設計入札への期待と不安)p43
(*2)JIAフリートークフォーラム 入札問題の原点(Bulletin2月号)についての反論
(*3)建築ジャーナル7月号 (特集 脱・設計入札への期待と不安)p43
(*4)朝日新聞8月20日朝刊 私の視点「耐震建築の死角浮き彫り」
(*5)JIA 2004年会員集会議事録(http://www.jia-kanto.org/members/info_01/2004/1203kaiin_syukai_giji.html)