
*「ファウストの劫罰」 <サイトウ・キネン・フェスティバル>
1999年9月8日(水) 18:30〜 松本文化会館
今年のサイトウ・キネン・フェスティバルの「オペラ」の演目は、ベルリオーズの劇的物語「ファウストの劫罰」である。
もともと純粋なオペラ作品として成立していないこの作品を「オペラ」として扱う、すなわち舞台装置や演出をつけて上演することは、かなり難しいことではないだろうか。 パリ・オペラ座との共同制作として実現した今回の舞台でも、ロベール・ルパージュの苦心が感じられ、それは成功したと思われるところもあれば、いささか違和感を持ったところもあった。 20以上の桝目に区切られたステージ上で、ファウストやメフィストフェレス、マルガリータの歌の他に、兵士達の行進やアクロバット・ダンサー達の踊りが縦横無尽に展開され、非常に動的かつ象徴的で、エネルギッシュな演出であった。 目の楽しみはそれなりに多かったと思うが、いささか奇抜であった感も否めず、落ち着きがない印象をもたらしていたところもあった。
だが、何と言っても十八番のベルリオーズを指揮した小澤征爾、それに対して全力で音を出したサイトウ・キネン・オーケストラ、そして非常に水準の高い歌唱をきかせた歌手達のおかげで、大変に充実した、素晴らしい公演であった。 小澤の指揮はまったく危な気なく、それはもはや円熟の域に達しつつあるようだ。 と言っても、持ち前の瑞々しさはいささかも後退しておらず、明るい色調で、うたごころに満ちたベルリオーズをピットの中からホール中に響かせたのである。 サイトウ・キネン・オーケストラは、いつもながらの高い緊張感のある、張り詰めた演奏で音楽を支え、アンサンブルの正確さも、非常設のオーケストラとは思えない世界的なレベルをキープしていた。 東京オペラシンガーズの合唱とともに、陰影に若干欠ける印象を持つ瞬間もないことはなかったけれど、これが小澤=サイトウ・キネンのサウンドの特徴であり、そして私はこういうベルリオーズが大好きである。 できれば「オペラ」としてではなく、演奏会形式による演奏で、もっと音楽に集中させてもらいたかった、と感じた程である。
歌手達も見事だった。 ファウストのジュゼッペ・サッバティーニは、随分前にきいたときは一本調子のテノールで、何だか面白くなかった記憶があるのだが、この日はその時と別人のような成長ぶりを見せ、各場面でのファウストの心境を確実に歌唱に反映させてたし、初めてきいたマルガリータのスーザン・グラハムは、うっとりするような美声と、歌の中での絶妙の呼吸で、私にとって大きな発見であった。 そして、メフィストフェレスのホセ・ファン・ダムの圧倒的な存在感。 この人が舞台を引き締めていたのは明らかで、ベテランの至芸を堪能させてもらった。
2002年から、遂にウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任する小澤(その影響で、2003年以降、このフェスティバルは一体どうなるのだろうか?)は、例えば「トゥーレの王」でのグラハムとの呼吸の取り方などを見ていると、オペラ指揮者としてもまったく非凡であることを実感させた。 やはり松本は、小澤の年間を通しての活動の中での、ひとつのピークであることは、きっと確かなのであろう。 信州での、至福の一夜であった。
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