*東京都交響楽団 第492回定期演奏会
  1999年6月11日(金) 19:00〜 サントリーホール
 ガリー・ベルティーニが都響の音楽監督に就任して、2年目のシーズンを迎えている。 就任後の来日はこれで3度目であるが、今回も定期演奏会でマーラーの交響曲を中心にしたプログラムを組んでいる。
 この日は最初に、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第4番が、このオーケストラのソロ・コンサートマスターの矢部達哉のソロで演奏された。 矢部の協奏曲でのソリストとしての演奏では、これまできいた限りでは今一歩である演奏が多かったが、この日は音の線の細さや、旋律のうたいまわしのぎこちなさといった、これまでの演奏で気になっていた点がかなり影をひそめ、ベルティーニ指揮の都響との呼吸も合い、まずまずの演奏となっていた。 ベルティーニは先日のモーツァルトの交響曲でのアプローチと、基本的には同一のスタンスをとり、引き締まったリズムとテンポで、爽快な伴奏をつけた。 矢部のヴァイオリンもこれに同調したもので、室内楽的な協奏曲演奏となった。
 その矢部が、今度はコンサートマスターの席に着き、後半はマーラーの交響曲第5番。 ベルティーニは、この曲の古典性に着目しているように思われ、多くのマーラー演奏できかれるようなエモーショナルな表現を意識的に避けているような節さえうかがえる、清潔な演奏を披露した。 しかし、部分的にかなりの思い入れがきかれるところもあって、さすがに作品に対する造詣は深い。 ただ、何かもうひとつ、こちらに伝わってくるものがない。 残念ながら、都響はこの日、彼らのベスト・フォームを示していたとは言い難かったからである。 このオーケストラにしては、アンサンブルの精度が悪く、弦の透明感がいつもより大分後退していたこと、管も大事なところでのミスが目立っていたこと、などから、ベルティーニの意図を、オーケストラが十全に表現していたのかどうか、疑問の残るところである。 多分、この日はオーケストラがたまたま不調であったのだと思うが、コンサートマスターがプログラムの前半と後半で違っていたこと、しかもそのうちのひとりが前半で協奏曲を弾いていること、に万一、原因があったのだとすれば、プログラミングやソリストの選定等も含めて、音楽監督にも責任があるだろう。 これは、定期演奏会である。 オーケストラは万全の態勢で臨んで欲しいものだ。
 数多く、演奏会をこなしていくうちに、調子にばらつきが出るのはやむをえまい。 しかし、「ベルティーニ、都響、マーラー」なら、極上の演奏をどうしても期待してしまうため、こちらの耳も厳しくなってしまう。 この日の翌日、横浜で同一のプログラムの演奏会があって、その演奏はとてもよかった、ときいた。 複雑な心境だが、こういうことがあるのは、いたしかたないことだろう、とも思う。



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