
*ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
1999年5月11日(火) 19:00〜 サントリーホール
このオーケストラをきくのも久し振りである。 ゲヴァントハウス管は今シーズンから、ヘルベルト・ブロムシュテットをカペルマイスターに迎えているが、この組み合わせでの初の来日公演である。 この日が最終日。 来日公演のプログラムは独墺系の音楽でまとめられた。
この日の1曲目は、R.シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」。 ブロムシュテットは、様々な音響様式を持つこの作品を、実にすっきりと、明るく響かせた。 びっくりするような大音量で圧倒するようなやりかたではなく、旋律を必要以上に粘らせることにもあまり関心を示さず、あくまで純音楽的に、作品が美しくきこえるように注意を払っていたようにきこえた。 テンポの緩急はやや大きめだけれども、相対的には中庸であり、不自然さを感じさせるようなルバートもない。 きびきびと音楽はすすみ、全体を通して一気にきけた感がある。 この若々しく、清新な音楽作りは、きっとブロムシュテットの美質であり、この作品の解釈のひとつとしては、筋の通ったものと言える。
ところが、ブラームスの交響曲第4番となると、少しだけ話が違ってくる。 管をやや強調気味のバランスにしたことにより、ゲヴァントハウス管のなつかしい音を思い出すことができたが、全体を通しての印象はあまり強くない。 第1楽章から、オーケストラのまとまりが悪く、ひやひやする場面もあり、演奏が進むにつれて徐々にアンサンブルもまとまっていったが、今一つ、音楽が熟してこない。 ヴァイオリン両翼配置を好むブロムシュテットが、このオーケストラにもその配置を持ち込み、この演奏など、それなりの効果が上がっていたようだったが、すっきりと響く管弦楽に、粗さが浮き彫りにされる場面もあった。 ブロムシュテットは、管弦のバランスに独得のニュアンスをつけ、今まであまり気にしていなかった音がきこえたりして、興味深かったが、その必然性については、私の耳(頭?)ではよく分からなかったところもあった。 第3楽章のコーダの直前のティンパニをやや強めに叩かせ、スタイリッシュな音楽の中に土臭いスパイスをきかせたり、第4楽章の変奏の音を短めに切って、古典的なパッサカリアの色合いを強めたり、と、おもしろいところはたくさんあったが、全曲をきいた後の充足感は、もう一歩のところで得られなかった。
このオーケストラは、かなり達者な奏者もいるのだが、この日はオーケストラとしてのまとまりが弱かった。 細かいミスも散見された。 来日公演最終日であるがゆえの疲労からか、あるいはブロムシュテットとゲヴァントハウス管との息が、まだしっくりと合っていないからなのかは、定かではないけれど。 しかし、とりあえずこの名門オーケストラらしい、独得の響きを耳にすることはできた。
アンコールに、この日、演奏されたブラームス作品の第3楽章。 個性的だった箇所を再度確認できて、おもしろかった。
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