
*フィラデルフィア管弦楽団
1999年5月16日(日) 14:00〜 サントリーホール
ウォルフガング・サヴァリッシュがフィラデルフィア管の音楽監督に就任した、ときいたときには驚いたものだったが、あれからもう6年がたった。 今回の来日公演は、この組み合わせがとても実りの多いものになったことを感じさせた。 サヴァリッシュが、アメリカ屈指のオーケストラをえて、自らの芸を一段と高いものにしたようである。
数年前にベートーヴェン・ツィクルスを日本で実現させたサヴァリッシュとフィラデルフィア管だが、この日のベートーヴェンの交響曲第2番は、当時よりも更に彫りの深い演奏になっていた。 現代オーケストラのベートーヴェンとしては、非常にオーソドックスなスタイルで、テンポも極めて妥当なもの。 アーティキュレーションも明確で、ベートーヴェンらしい突然のフォルテも、実に意味深くきかせてくれる。 安定感は無類で、まったく危な気ないが、音楽は常に生き生きとしており、弛緩することはない。 目新しいものはないが、真正面からベートーヴェンの作品に取り組み、完璧に作品を音にするサヴァリッシュの手腕に、改めて感心した。
後半のベルリオーズの幻想交響曲も、サヴァリッシュの実力を嫌と言うほど見せつけられた演奏であった。 端整で引き締まったリズムを基本とするサヴァリッシュの作品への知的なアプローチには、いささかの翳りもないが、近年は更に、音楽をうたわせる呼吸や、表情のつけ方がよりドラマティックになり、演奏の幅がかなり広がってきているようだ。 例えば、第1楽章の主題が呈示されたときの、しなやかな旋律美は、この部分の演奏の模範解答をはるかに超える、感興に富んだものであったし、第4楽章の躍動感は、この楽章が行進曲であることが明確に意識された、痛快とも思える「破滅」を感じさせられた。 最終楽章の「怒りの日」は、その鐘の音と、金管の音色が暗い色調で統一されており、輝かしい弦楽器と、思い切った打楽器の打ち込みが融合する中で、大変な迫力を生み出していた。 これはフィラデルフィア管という、表現能力の高いオーケストラに、サヴァリッシュが刺激されて作り出された音楽ではないか、と思ってしまうほど。 第1楽章と第4楽章の反復が完全に行われていたこの演奏は、作品のフォルムを崩すような「はみ出し」はなく、しかしそれでも私が最近きいた幻想交響曲の演奏の中で、もっとも傑出した演奏であったように思えた。
ところで、この曲の演奏中、第4楽章が圧倒的な迫力で終結した後、ホールの中に響いたアラーム音は、著しく緊張感を削ぐものであった。 ここは弱音で始まる第5楽章に向けて、ききての音楽に対する集中力も強くなっているところなので、最悪のタイミングだったのだけれど、こういったことは、コンサートの中で依然としてよく起こる。 やはり私たち聴衆は、細心の注意を払い、こういった事故を起こさないようにすべきであると思う。 この日はこのアラーム音が、残念至極であった。
アンコールにドヴォルザークのスラヴ舞曲第8番。 これもベルリオーズに劣らず、目の覚めるような快演。 聴衆の拍手は盛大で、オーケストラ退場後も、指揮者を呼び戻し、拍手と歓声を送っていた。 この光景も、著名な指揮者による演奏会終演後によく見られるが、この日の拍手は聴衆の感動が率直に表れたもので、お祭り騒ぎとは一線を画すものであったようにみえた。
サヴァリッシュには感服させられた。 音楽が一時期よりも若々しくなっており、同時に円熟した表現を達成していることが瞠目に値する。 本当に有能な指揮者は、マンネリズムに陥ることがないと思っているが、この人は、いよいよ「歴史に残る名指揮者」に向けて、化け始めているのかもしれない。
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