
*東京都交響楽団 第487回定期演奏会
1999年3月27日(土) 19:00〜 サントリーホール
すでに都響でマーラーの全交響曲を演奏し、ブルックナーの交響曲を継続的に取り上げている特別客演指揮者のエリアフ・インバルが、いよいよワーグナーの作品に着手し始めた。 そのスタートとなるこの日の演奏会は、素晴らしい成果をおさめた。
ヴェーゼンドンクの5つの詩は、ソリストにメゾ・ソプラノの寺谷千枝子を迎えての演奏。 寺谷はのびのびとこの作品を歌い、インバル指揮の都響もスケール感のある伴奏をきかせ、よくまとまった演奏になっていた。 特別に個性的なものではなく、手堅くまとめた印象だったが、インバルのワーグナーに手応えを感じた。
この日の演奏会で、インバルが本領を発揮したのは、やはり後半に演奏された楽劇「ワルキューレ」第1幕であった。 インバルのワーグナーは引き締まった響きと、きっちりとした楽想の描き分けが見事で、筋肉質のワーグナーと言える。 その中でオーケストラを充分に鳴らし、かつバランスを崩さない。 ワーグナー的なうねりを、より感じさせる演奏は他にもあるだろうけれど、これはこれで筋が通ったものであり、インバルのワーグナー感を知る上でも、興味深くきけた演奏であった。
歌手達は、みんな日本人。 もっとも充実した歌唱をきかせたのは、ジークリンデの緑川まり。 緑川は持ち前の声量と美声を駆使し、ジークリンデの感情を場面場面で適確に把握した、表現力豊かな歌を披露した。 弱音から強音まで音程も安定しており、技術的な危うさも感じられない。 日本人の歌手からはなかなかきけない、官能的な表現もため息が出るほど美しく、ワーグナー歌手としても、非常に高い水準にある逸材だと思う。 ジークムントの田中誠は、典型的なヘルデン・テノールのような輝かしい声質ではないが、芯の太い歌声で、こういったジークムントも悪くない。 終盤で声に疲労がきかれたのは残念。 前半の調子が最後まで維持できれば、きき応えのあるジークムントになっただろう。 フンディングの戸山俊樹も、やはり悪くなかったが、歌の表情にもう少し陰影が欲しかった。 ある意味では、「ワルキューレ」第1幕でもっとも難しい役どころであるだけに、きく側の欲求も高くなってしまうが。
オーケストラはインバルの棒に、正に食らいついていかんばかりの熱演で、都響の最近の好調振りを裏付けるような演奏をしてくれた。 日本のオーケストラからでも、これだけのワーグナーをきくことができるようになった。 インバルの「ワルキューレ」は、この秋に第2幕、第3幕が演奏されることになっており、それらの演奏会が今から楽しみでならない。
なお、この3月で都響を退団することになっている、コンサートマスターの潘寅林をはじめとする3人の楽員を、聴衆、オーケストラ、指揮者、つまりホール中の人々で労をねぎらって、この日の演奏会は終演した。 このプログラムの演奏会がもう一回残っているが、都響を引っ張り、素晴らしい演奏をたくさんきかせてくれた彼らの今後の活躍を祈りたいと思う。
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