*新日本フィルハーモニー交響楽団 第281回定期演奏会
  1999年3月30日(火) 19:15〜 すみだトリフォニーホール
 3月の新日本フィルは、名誉芸術監督の小澤征爾が精力的に様々な演奏会を指揮しているが、この日の定期演奏会にも登場した。 プログラムはハイドンとブルックナーの、あまり演奏されない交響曲を並べたもの。
 室内オーケストラ並みに編成を切りつめたハイドンの交響曲第39番では、小澤はオーケストラと一緒にステージに現れ、指揮台も使わずに親密な演奏を指向した。 弦楽器中心の響きはとても清々しく、アンサンブルもよく整い、その上で輝かしいサウンドがきかれ、これはちょっといいハイドンだった。 この時代の作品は古楽器で演奏されるのが普通になりつつあるが、小澤の指揮は現代オーケストラにおいてのハイドンの演奏の今後の可能性をうかがわせるもので、古典的形式を重要視した正統的なものであったと言える。 この後に演奏されたブルックナーの、所謂「ブルックナー休止」の原点を思わせるような部分が作品の中にあり、このあたりも小澤のプログラム・ビルディングのしたたかさを感じさせた。
 さて、そのブルックナーだが、この日の曲目は交響曲第2番。 日本で小澤のブルックナーがきけるのは随分久し振りであり、ブルックナーは彼の中心となるレパートリーとは少し違う印象があるが、この交響曲第2番は、以前新日本フィルで指揮したこともあり、ベルリン・フィルでの演奏もあったように思う。 更にはこの演奏会の後、ウィーン・フィルの定期演奏会でも指揮をするというから、小澤にとっても愛着のある作品なのかも知れない。 演奏はそのことを裏付けるような集中力の高いもので、ハイドンからの流れを意識した、古典的造形の枠組みの中で、引き締まった響きと旋律を生かしたもの。 ブルックナーらしいオルガン的なサウンドを作っていたが、決して厚ぼったい響きになることなく、スタイリッシュで開放的な音楽をきくことができた。 特に第3楽章の後半からフィナーレの凝縮度は素晴らしく、決然とした表情と、伸び伸びと歌われる旋律の美しさが、きいていて実に心地よかった。 これはこの作品の実演の中で、現在望み得る演奏の中でもトップ・クラスに位置する名演であったように思う。 小澤から、こんなブルックナーがきけることなど、正直言って思いもよらなかった(こういうスタイルの演奏になることは予想できたが、これだけ充実感のあるものになるとは思わなかった)だけに、改めて彼の実力に感心し、同時にこの作品の素晴らしさを再認識したのであった。
 新日本フィルは連日の熱演。 最近、指揮棒を持たなくなった小澤の両手に敏感に反応し、立体的で正確なリズムをキープした演奏を繰り広げた。 この演奏会、ハイドンとブルックナーで、コンサートマスターを入れ替えるという念の入れようだったが、それぞれのコンサートマスターが全力でオーケストラをリードし、成功をおさめていたようだった。
 2日続けて小澤をきいたけれど、大変に好調のようで、この人はますますおもしろくなってきた、という感想を持った。 小澤もいよいよ、か?。



目次へ→
エントランスへ→