
*東京都交響楽団 「作曲家の肖像 Vol.29 レスピーギ」
1999年2月14日(日) 14:00〜 東京芸術劇場
都響の「作曲家の肖像」シリーズ、今回はレスピーギの特集である。 レスピーギ、と言えば「ローマ三部作」だろうけれど、この「三部作」をコンサートでまとめてきく機会は、思ったより多くないと思う。 更に言えば、このプログラムで充実したコンサートに出逢う機会は、もっと少ない。 都響はこのプログラムを、前首席指揮者で、現在は首席客演指揮者のポストにある小泉和裕に託した。 そして、それは大成功であった。
交響詩「ローマの噴水」でこそ、音楽にやや硬さがきかれたものの、旋律の自然な流れを重視した丁寧な音楽作りは、いつもの小泉らしい美質を感じさせる。 縦の線の揃え方や、リズムに甘さが感じられもしたが、不思議な熱気が、すでにこの時点でオーケストラにあった。 それが、いよいよ本格的に熱くなっていったのは、交響詩「ローマの祭り」である。 冒頭から目の覚めるような鮮烈な音楽でスタートした演奏は、後半に入ってますます勢いを増してゆく。 特に、オーケストラの自発性は素晴らしく、小泉は要所要所で、音楽の構造を引き締め、クライマックスでの圧倒的な迫力は、この指揮者と、このオーケストラの組み合わせでのベスト・フォームと言える。 ただ派手に鳴り響くのではなく、作品全体の起承転結の上に成り立つ、地に足の着いたトゥッティ。 全力で演奏にあたる都響を、小泉は締めつけず、統一感を失うことなく開放するから、生き生きとした表情が自然に生まれるのである。 この曲で前半のプログラムは終了したのだが、もうホールは大きな拍手と歓声につつまれ、聴衆もオーケストラも、また小泉さえ、意外な驚きを持ってその時間を共有しているよう。 本当に、コンサートは生き物である。 この曲の演奏中に、何かが変わったのだ。
交響詩「ローマの松」。 もう、この流れは止められない。 オーケストラのサウンドは、フォルテに偏りがちになるけれど、緩徐部での管楽器のソロなど、デリカシー溢れる音楽で、静けさもしっかりと表現されている。 緩急のつけ方も、やや情感がこもったものになるが、心から共感して演奏されれば、鼻につくことなどない。 いや、それを適度に引き締めたのが小泉だったのだろう。 そして、クライマックスではやはり、圧倒的な表情が作られ、音楽は高揚の絶頂で終わった。 こういう演奏について、あれこれ言うのは野暮なのかもしれない。 聴衆の反応は、ここでもとても熱かった。 このシリーズの演奏会で、こんなにホール内が盛り上がったのは、ちょっと久し振りなのではないだろうか。 ステージ上の楽員達も、みんないい表情をしていた。
「驚き」と「喜び」を存分に味わったコンサートで、通常よりも短い演奏時間がまったく気にならず、きき終わったら元気が出た。
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