
*「ブエノスアイレスのマリア」
1999年2月21日(日) 16:00〜 シアターコクーン
ピアソラ・ブームの中、ブームの火付け役のひとりである、ヴァイオリニストのギドン・クレーメルを中心とした音楽家達による、ピアソラの大作、タンゴ・オペリータ「ブエノスアイレスのマリア」の日本公演である。 演奏に参加した奏者は、アストル・カルテートとクレメラータ・バルティカの選抜メンバーに、マリア役のフリア・センコを中心とした一流の歌手達である。
もともと私は、タンゴのことはよく知らないし、熱心なピアソラのきき手でもない。 この日の公演は、レオニード・デシャトニコフの編曲による版が使われたというが、「ブエノスアイレスのマリア」の原曲を知っているわけでもない。 この作品は、この日と同じメンバーでの録音があるが、そのCDをきいていたのと、その前にクレーメル達がリリースしている何枚かのピアソラ作品のCDや、来日公演をきいていた程度である。 そんな私でも、この日の公演はとても楽しめた。
まず改めて思ったのは、この作品の生命力の強さである。 「ブエノスアイレスのマリア」は、「タンゴ」という音楽を、「マリア」というひとりの女性に投影して、その一生や死後を描いた作品とされるが、そういった台本の内容はともかく、この音楽は感情表現の幅がとても広く、それは一方で、人間の喜怒哀楽をも、陰影に富んだ音楽技法で見事に表現した傑作であろう。 痛烈なリズムと、すすり泣くようなカンタービレ(と、言っていいのだろうか?)。 「オペリータ」と言っても、特別な演出があるわけでもなく、ステージ上の音楽は淡々と進んでゆくように思えるところもあるが、その重さは時として、こちらが息苦しくなるくらい。 そうかと思えば開放的で活力のあるシーンでは、ステージ上の奏者に笑みがもれ、音楽も楽しいものとなる。 このあたりのバランスは絶妙だけれど、常に演奏に強烈な緊張感が漂い、気を抜ける瞬間は皆無である。
演奏家は、みんな上手い。 センコはさすがに貫禄と余裕を感じさせる歌唱できき手を魅了し、この作品の台本を書いたオラシオ・フェレールの語りも、音楽を生かしきった上でのもの。 ホセ・アンヘル・トレーリュスの歌も、シアターコクーンのPAにやや戸惑っていたものの、様々な役を鮮やかに歌い分けていた。 クレーメルをはじめとする弦楽器奏者の達者さは言うまでもなく、ペル・アルネ・グロルヴィゲンのバンドネオンも心地良い。 印象的だったのは、パーカッションのペーター・ザドロで、その攻撃的とさえ思えるリズムは、音楽全体に更に強い生命を与えていたように思う。
この演奏は、当然のことながらCDできいていたよりも刺激的で、テンポもたたみかけるような即興性に満ちていた。 終演後、アンコールに応えて、「受胎告知のミロンガ」がもう一度演奏されたが、これはセンコもメンバーものりにのって、わくわくするような演奏になっていた。
とても貴重な体験をしたが、この作品がクレーメルの言うように、「音楽史上もっとも独創的な舞台作品」であるかどうかは、勿論、人それぞれに賛否があるだろう。 世界中を熱狂させているという、ツアーの一環であったこの日の公演は、果たして日本の聴衆までも熱狂させていたのだろうか?。
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