
*マーラーはいかが 〜マーラー・ツィクルスに向けて〜
1999年1月29日(金) 19:00〜 すみだトリフォニーホール
新日本フィルハーモニー交響楽団は今年の秋から、マーラーの全交響曲を演奏するプロジェクトを敢行する。 このコンサートはそのマーラー・ツィクルスの予告編にあたるもので、いくつかの交響曲の一部を集めたプログラムで行われた。 指揮はツィクルスの全プログラムを指揮する予定の井上道義。
マーラーの管弦楽作品はその性格の多様性から、管弦のバランスや間合いの取り方によって、演奏方法にに様々な可能性を見出すことができるのだが、井上もこの点に着目し、彼ならではの視点でマーラーの作品を演奏してゆくだろう。 純器楽の作品では、交響曲第1番の第1楽章、交響曲第5番の第1、第4、第5楽章が取り上げられていたが、いずれも細部を丁寧に扱い、その時その時で浮き上がらせる旋律を明確に意識した個性的なものであった。 オーケストラの状態は必ずしも最良ではなく、むしろ粗さが耳についたところもあったが、これは一晩で色々な作品の断片を演奏せねばならなかったことを考えれば、無理からぬことだろう。 それにもかかわらず、井上の主張をうかがい知ることができたのは、こういった条件の中でも伝えるべきことは伝えようとする彼の意思、ひいてはマーラー・ツィクルスに対する彼の意気込みによるところが大きかったのだと思う。
交響曲第4番の第4楽章のソロと、「子供の不思議な角笛」から「誰がこの歌を作ったのだろう」を歌ったのは、ソプラノの田島茂代。 細部の音程の甘さはあったものの、その声はとても魅力的で、声色や歌唱法を使い分けるのも上手い。 交響曲「大地の歌」の第1楽章のソロと、歌曲「レヴェルゲ」を歌ったテノールの福井敬は、貫禄すら感じさせる歌唱で、その感情移入とテクニックの確かさで、やはりきき手を魅了した。 ふたりともきき応え充分の歌唱で、ツィクルスに入ってからの再登場を望みたい。 そしてこれらの歌に対して、オーケストラの音量を微妙にコントロールする井上の手腕も大したもの。
トーク・ゲストとして、マーラー研究の権威であるアンリ・ルイ・ド・ラグランジュが、曲間に演奏作品の解説を加えていたが、これは極めて真っ当な解説であり、ほぼ台本(があったと思われる)通りの進行。 と、思いきや、井上もマイクをとり、ユーモアのあるアドリブを加え、生真面目一辺倒になりそうな解説に、程よいスパイスを加えていた。 このあたりも井上らしい。
このコンサートで、今回のツィクルスがどんな演奏になるのかを考える手掛かりを見つけられ、色々と予想する楽しみもできた。 勿論、ツィクルス本編に入れば、この日の演奏よりも高い完成度をもった演奏をきくことができるに違いない。 井上のことである。 私の予想など、いい意味で鮮やかに裏切ってくれるような快演を期待したい。 長大なプロジェクトゆえ、何度ききにいけるか分からないけれど、なるべくたくさんきいてみたいと思う。
マーラー・ツィクルスは、1999年9月から2000年の6月まで、交響曲を作品成立順に演奏し、「さすらう若人の歌」、「亡き子をしのぶ歌」、更にはピアノ四重奏曲断章や、アルマ・マーラーの歌曲までも絡めて、全部で10回のコンサートが行われる。
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