
*新日本フィルハーモニー交響楽団 第277回定期演奏会
1999年1月21日(木) 19:15〜 すみだトリフォニーホール
新日本フィルの今回の定期演奏会は、かつてこのオーケストラの音楽監督の任にあたっていた小泉和裕の指揮。 しばしばメシアンの作品を取り上げている小泉が、代表作であるトゥランガリラ交響曲をプログラムにのせた。
導入部から響きがすっきりとしており、それはこの曲の出だしとしてはやや物足りない印象を残し、何となく冴えない演奏のように思えたが、曲がすすむにつれてそういった印象は払拭され、尻上がりに手応えを感じさせるものとなった。 小泉は、彼の音楽性から想像できるように、スタイリッシュな演奏設計をしており、それが響きに反映されていたと言える。 この作品のひとつの魅力と考えられる官能性やバーバリズム(?)のようなものは後退していたが、トゥランガリラ交響曲の新たな一面を引き出した演奏であったとも思えた。 「愛の眠りの園」の部分など、清潔感を存分に感じさせてくれる音楽作りで、この音楽が孕んでいる、饒舌になってしまいそうな様々な誘惑を振り切り、ひたすら純音楽としての美感を追求しているような、真摯な演奏。 その前の「星の血の喜び」あたりから、オーケストラの演奏に熱が入り、指揮者もそれに節度を持って応じていたため、大きく踏み外した演奏になることなく、温度の高い音楽がきかれはじめていた。 そのことは結果的に、この2曲のバランスを絶妙なものとしていた。 「熱さ」と「冷たさ」が、程よいバランスを保ちながら、終曲まで集中力の高い演奏が繰り広げられていったのであった。
リズムは決して不安定なものではなかったけれど、あともう少し、シャープに引き締まった感覚が欲しくなるところもあった。 これは打楽器のアンサンブルや、踏み込みの浅さにも起因していたように思われた。 弦楽器の響きは総じて薄目で、充実していた管楽器と比較すると、やや落ちていたか。 とは言え、オーケストラは全力でこの演奏に当たっていることは充分に伝わってきて、きき応えのある演奏をきかせてくれていたのは確か。
オンド・マルトノの原田節の安定感は相変わらず。 ピアノの野平一郎は、デュナーミクの変化に乏しいきらいはあったものの、確かな構成力で、この作品の中でのピアノの位置づけを明確にしてゆくもので、一貫して説得力があった。
聴衆の反応は比較的クール。 東京でトゥランガリラ交響曲を演奏会できく機会は案外多いものだが、まだマーラーの交響曲のような訳にはいかないのか、それとも指揮者のキャラクターによるものなのか。 現代音楽とは?。 指揮者とは?。
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