「びっくり箱を開いてみたら」


「ピンポーン」
(ん・・・?)
「ピーンポンピンポンピンポーン」
「はーいはいはい、いま開けまーす!」
 慌てて開けたドアの先には、誰もいなかった。
 ・・・。
 日曜の朝っぱらからピンポンダッシュとは。誰だか知らんがやってくれるぜ。まぁ、わざわざボロアパートの二階まで登ってきたところだけは評価してやるか。まったく、怒るのすら馬鹿馬鹿しい。
 ふぁ〜ぁ。
 ドアを閉めて寝なおそうと思ったところで、廊下の手すりの前に箱が三つ、でん、と置かれているのが目に入った。大中小。冷蔵庫が入るくらいの、電子レンジが入るくらいの、お重の箱くらいの。三つとも、宅配便用のラベルが貼ってある。宛先は・・・俺? 送り主は・・・ん、瑞希か。なんだろ? なんか送ってくるって言ってたっけか、あいつ。ここんとこずっと忙しくって、ちっとも会えなかったから、開き直ってここに一緒に住もうと家財道具一式送ってきた・・・わきゃないよな、やっぱ。
 とりあえず、このままでは隣近所の通行の邪魔になるので、得体の知れない箱たちを部屋の中に運び入れる。小さいほう二つがやたら軽いので油断していたら、「天地無用」と「ワレモノ注意」のシールがべたべた貼ってある冷蔵庫サイズのやつがやたら重くて、危なく腰が「ぺきっ」といきそうになった。
 三つの箱を畳の上に並べ、その前にあぐらをかいて座る。
 まずは小手調べ。一番小さな箱を開けてみる。中には、もの言わぬ一枚の紙。
「ハズレ」
 ・・・。さ、気を取り直して、次、次。
 今度は、中くらいの箱を開けてみた。中に入っていたのは、ひとまわり小さな箱。その箱を開けると、さらに小さな箱。それを開けると、と、と、以下略。
「だーっ、やってられっかー!」
 六つか七つまでつきあって、面倒になって投げ出す。最後に残ったのは、俺の背丈くらいの、大きな箱。精神衛生上、その箱を開けるべきかどうか迷っていると、天使のいたずらか、箱の中から音がした。
(くしゅん)
 ・・・くしゃみ? しばらく考えた後、俺は、ひとつの結論にたどり着いた。思わずニヤリとする。カッターを持ってくると、立てひざになって、中身を傷つけないように注意しながら、蓋をしているガムテープにゆっくりと刃を入れていく。
(キャッ!)
 ・・・おい。おねーさん、切られることまったく考えてなかったろ。まったくもー、あのまま俺が中身に気付かなかったら、一体どうなってたと思ってるんだ?
 びっ、びーっ。
 瑞希の滅多に聞けない声が聞けてささやかな復讐心が満たされた俺は、カッターを置くと、箱を押さえ、ガムテープを上から下まで一気にはがしてやった。箱の扉が浮いたところに手をかける。目を瞑って、軽く深呼吸。
 あいつ、どんな格好してるんだろう。どんな顔して出てくるだろう。どきどきしながら、箱の扉を開く。
 ・・・。
 そこには、テープレコーダーを首から下げ、下半身に鉄アレイを巻きつけた、マネキン人形が立っていた。
 体中から力が抜ける。
 そのまま後ろに倒れて、大の字に寝そべる。
 はー。一人で勘違いしてどきどきして。馬鹿みたいだな、俺。
 そのまま天井をぼーっと眺めていると、ドアの方から一条の光がさし込み、見る間に広がって、天井の薄暗がりに割り込んできた。なにもやる気が起きないまま、しかたなく、背中をそらし首だけ立ててそっちを見る。
「ば〜か」
 そこには、朝の光に包まれて、上下さかさまの瑞希が立っていた。
「ほら、その、開けずに残ってる箱。開けてみ?」
 開いたドアに寄りかかりながら、さっき馬鹿馬鹿しくなって投げ出した、箱から出てきた箱を指差す。
 俺は上体を起こすと、その箱を手にとり、言われるままに開けてみる。中には洒落た洋封筒。さらにその中に、一枚のカードが入っていた。
「お誕生日おめでと。瑞希さん一日占有券です。有効期限、本日限り。」
 あぁ、そういえば今日は俺の誕生日だったっけ・・・。
「な〜に惚けてるんだよ! ほらほら、一日は短いんだ。さっさと着替えて遊びに行くぞ!」
 俺は、彼女の方を振り返った。あふれる光の中で、まぶしいくらい、キラキラしてた。



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