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目の前で、ぴょん、とこっちを向く綾香。
「かーお!」 大きな、勝ち誇ったような笑みを浮かべて見上げてくる。ルビーのイヤリングが耳のところでゆらゆらと動く。くぅーっ、かわいいぜ。絶世の美女ってなぁ、こいつみたいなヤツのことを言うんだろうな。なんでそんなにかわいいんだ。誰がなんと言おうと、世界で一番に違いない。いや、宇宙一かも知れないな。なーんて思いながら見上げた空は、一筋の白い雲をアクセントに、どこまでも続く、青。 「おきな」 何を隠そう、俺はこれでも文系なのだ。だから、綾香がどんなにかわいかろうと、綾香の戦術にどんなに苦しめられようと、文系のプライドにかけてここで負けてやるわけにはいかない。いかにもすべてを予想していたような、涼しげな顔で、それとは対照的な、意表をつかれたような綾香の顔を覗き込む。むふふ、かわいそうに、綾香のやつ、俺の実力を侮っていたに違いない。いやぁ、まぁでも実際、「翁」なんて単語が平気で出てくるあたり、我ながら大したもんだと思うよ、ほんと。とは言っても、これであっさり勝たしてくれるような綾香じゃないか。かわいい顔しちゃいるけれど、これでも俺の、唯一無二のパートナー兼ライバルだしさ。さぁって、その悔しそうな顔で、どう切り返してくるの・か・な? 「ナツオ!」 おいおい、いくら俺に惚れてるからって、そりゃぁ反則だろう。うーん、でも、どうせ言っても聞かないだろうし。しかたない、おっけーってことにしといてやるか。かといって、やられたまんまじゃ済まさんぜ。絶対に、借りを返して勝ってやる。瑠璃色の瞳に吸い込まれそうになりながら、俺は必死に頭をめぐらす。好きだからこそ、愛しいからこそ、ここは頑張りどころ。労せずして勝つ、という俺のモットーにふさわしい、会心の一撃はないか。考えろ、考えるんだナツオ! 「俺の大好きなおまえの笑顔」 大人でもなく子供でもない、そんな瞳を見つめているうちに、思わずこぼれた言葉だった。たちまち綾香の頬が赤く染まっていく。くっそー、かわいいぞ。ぞっこんだ。誰にも渡してなるもんか! かくして熱戦の幕は、綾香の投了、という形で意外にもあっさりと下りた。確かに、正々堂々、とは言えなかったかも知れないが、勝負は勝負。無事に、というか、なんとか勝ちを拾った俺は、その戦利品として、綾香を抱き寄せ、額にそっとキスをした。戦いに勝った者のみが得られる、至福のひととき。清らかな香りをそよ吹く風に感じながら、綾香も今、心安らかでいてくれたらいいな、なんて自惚れてみる。ルーレットにルージュとノワールがあるように、綾香と俺も互いに欠かせない相手、ずーっと一緒に生きてく二人。理屈じゃないその感覚を、一生綾香と共有したい。今まで一度も言葉にしたことはないけれど、それが、俺の、思い。 いつまでも抱き合っているわけにもいかなくて、俺は、未練を感じながらも綾香の体を離した。互いにちょっぴり照れながら、互いの手をとって歩き出す。すぐそばに綾香を感じながら、俺はさっきの綾香の顔を思い出していた。棚からぼたもち、そんな感じの勝ち方だったけど、あの勝負、綾香のあの表情は、俺たちの歴史の一頁にずっと残しておきたい。いや、残しておこう。うん、そうだ、今日の日記のネタは、これがいい。いつもは付けないタイトルも、たまにはつけてみようかな。なんってったってタイトルは文章の顔、編んだ思いに命を吹き込むもの、だもん。 |
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