「白桃山の白金さん」


…恐れ多くもここはお白洲。嘘なぞつけようはずもござりませぬ。
そもそも、考えてもみてくださいませ。
白米、白桃、白菜、白油、白瓜に白味噌に白鷺の剥製に白磁の壷、
そんなものを年老いたこの私めが白昼堂々盗み出せるはずがないではござりませぬか。
重いわ嵩張るわで、すぐにお縄にかかってしまいます。
その上、あちらの方々のお話では、下手人は白髪白髯の老人。
私めの身の潔白は、ほれ、ご覧のとおりつるつるのこの頭が物語ってござりまする。

おうおうおうおう!黙って聞いてりゃいい気になりやがって。
この期におよんでまぁ〜だ白を切るかぃ? えぇ? 白雲さんよぉ。
なぁ、おれっちのこと、忘れちまったかい?
寂しいねぇ。白餡の饅頭食いながら白馬(しろうま)一緒に呑んだ仲じゃねぇか。
富士の白雪眺めながら白玉団子のうめぇ店について語り合ったことも、今となっちゃぁいい思い出だぁ。
なぁ、白雲さんよぉ。

だんっ! ばっ!
白日の下に晒される、白金さんの白い肩。そこにはなんと入れ墨が!

「こぉ〜の白梅吹雪、忘れちまったたぁ〜、言わせねぇぜ!」

思いもかけぬ出来事に、目を見張る白雲。しばし体を震わせた後、力なくうなだれる。

白雲、てめぇも今年で白寿。白内障(しろそこひ)を患っているとはいえ、あと一年、生きていてぇだろう。
おとなしく白状してくれりゃぁ、おれっち、今回のことは白紙に戻してやってもいいと思ってたんだぜ。
だが、せっかく与えてやった自白の機会に白々しくすっとぼけるたぁ、情けをかける余地もねぇ。
おぅ。事の白黒はもうついてんでぃ。このおれっちが証人だぁ、あきらめろぃ!
白雲、てめぇの罪、既に明白。明朝、切腹を申し付ける。今宵は白粥でも食って穢れを清めろぃ。

ものども、引っ立てぃ!

白金、うなだれた白雲が縄を打たれ引っ立てられていく様を見届ける。

ばっ。ばっ。「本日のお白洲、これまで!」

翌日、東の空が白むころ、白装束を身に纏った白雲の命は白刃の露と消えた。
傍らの白菊の葉に、白露の光る朝であった。



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