「ちょっと小粋なしばり方」


 近年の世界的な資源保護の動きに合わせ、ここ日本でも、若い世代を中心に資源保護のための活動が盛んになってきている。その一つが、造語活動である。例えば、「コクる」。「告白する」を短縮したものである。たったこれだけの工夫で、時間や紙を節約することができる。情報があふれる時代に生きる若者たちの、一つの知恵であると言えよう。「しばる」も、そんな時代の中で生まれた言葉の一つである。様々な意味をもつ言葉だが、ここではそのうちの一部を紹介しよう。

 まず、「斯波る」である。これは元々「斯波重治さんみたいになる」であった。「天空の城ラピュタ」を始めとするジブリ作品で音響監督をしてみたり、「機動警察パトレイバー」で録音演出をしてみたり。そんな「その道のプロ」を目指すアナタは、斯波ってみるといいだろう。しっかり斯波った暁には、カゲでこっそり声優さんを発掘しちゃう、なんてのもアリである。同音の類義語に「斯波る」があるが、こちらの方は「斯波繁夫さんみたいになる」であるので注意すること。「その道のプロ」という点では同じであるが、ハッキングなんかを生業にしている人にはこっちの方がお似合いである。「あの子、斯波るのが趣味なんだって」な〜んて噂が聞こえてきた時には、果たしてどちらの意味なのか、文脈から適切に判断してあげよう。

 次に、「司馬る」である。これが元は「司馬遷みたいになる」であったことは、言わずもがなである。もしも貴方が司馬った場合、ツボにはまれば歴史に名を残すことだってできるだろう。先の「斯波る」がその道の有名人止まりであったのに対して、かなりの出世である。司馬るためのポイントは二つ。世界旅行と本音トークだ。まずは、せっせとバイトをしてお金を稼ぎ、世界を旅して見聞を広めよう。百聞は一見にしかず、リアルな発想は常に経験に基づくものなのだ。若い感受性が大空に向けて葉を広げているうちが勝負である。そして壮年期になったら、持ち前の正義感でびしばし本音を語る。真実は、ただひとつ。立派に司馬るためには、政治的配慮、な〜んてことを考えていてはいけないのだ。そうして見事冤罪を勝ち取ったら、晴れて歴史に残る大著を書き上げる資格を得たことになる。孔子の「春秋」や孫子の「兵法」を例に挙げるまでもない。長編の文章を三日坊主で終わらせずに書き切るためには、歯軋りするような痛みを心の奥底に刻み込むことが必要なのである。そして、ここまできたら、あとはリアルな発想を痛みのエネルギーで文章にするだけ。おめでとう、十里の道も、九里を過ぎた。最後の最後でツメの甘さが出ないよう、諸君の健闘をお祈りする。
 ところでやっぱり痛いのはイヤだという人は、「司馬る」あたりで満足しておくのがいいかも知れない。おおっと、ここの司馬るは「司馬遼太郎みたいになる」なので、ご注意のほどを。歴史に名を残すことはできないかも知れないが、歴史小説家として名を残す、くらいのことなら運がよければできるだろう。

 そして最後に、「シヴァる」である。なんだ「しばる」じゃないじゃないか、という御仁もおられるかもしれないが、BとVの発音の区別もつけられない日本人がそんな細かいことにこだわっていてはいけない。語源はもちろん「シヴァ神みたいにエラくなる」。歴史に名を残すなんてツマラン、神話に名を連ねるんだ!な〜んて野望を抱くアナタにオススメ、である。ただし、シヴァは千の顔を持つ男。神と呼ばれる者だけに、シヴァることを極めるための道のりは、遥か遠く、険しい。それなりの覚悟、というものが必要なのだ。それでもシヴァりたい人は、手始めに次の三つについてシヴァってみるといいだろう。
 まずは、「破壊」。シヴァる場合に避けては通れぬ修羅の道、である。ただし、心底シヴァるためには、ちゃぶ台返しや環境破壊のような思慮の浅い破壊活動ではダメ。深遠な計画に裏打ちされた、創造のための破壊でなくてはならないのである。破壊の美学を追及し、不死鳥を超えるレベルまで昇華させて初めて、三大神の一人として数えられる資格が得られるのだ。そういった意味では、日本で一番「神」に近いのは、期末にせっせと道路を掘り起こしているおじさん方なのかも知れない。  次に、「芸術」。星の数ほどのダンスを極めよう。シヴァのいた時代と違って、女神やら雷神やら魔物やら幽鬼やら、そんな方々がご一緒してくれることはまずないだろうが、いかした姉ちゃんとかロックな兄ちゃんとかガングロ姉ちゃんとかハッスル婆ちゃんとか、そんな方々とご一緒する機会ならあるかも知れない。そんな時に、相手に合わせてダンスを変えていくのが、シヴァる者の嗜みである。百八種のダンスを極めれば、シヴァの域。どこぞのお寺がキミのダンスを境内に刻んでくれることだろう。
 そして最後は、「内助の功」。イマドキ後ろから「だ〜れだ?」なんてやってくれる、お茶目な奥さんを見つけよう。ふとしたきっかけで必殺技が開眼するかも知れない。そして、普段は素朴で優しい奥さんでも、怒るときには台風顔負けのエネルギーで怒り狂ってもらうのだ。手数足数が増え、形相は凄まじいくらいに変貌し、旦那は足蹴にするわ家具やら食器やら散々壊すわ、挙句の果てに「ワタシ、出て行きます!」な〜んて言って実家に帰り、ころころ名前まで変えてしまう。日頃からそんな夫婦喧嘩で揉まれていれば、もう、世の中に恐いものなんかないのである。……たった一人、愛しき女性を除いては。
 ところでシヴァ神、日本にくれば、ご存知大黒様である。世界的に有名な破壊神も、日本に来るといきなり毒気が抜けてしまう。このあたり、平和主義国ニッポンの面目躍如といったところだろう。しかし、よく考えてみよう。シヴァることにかけては右に出る者のいないシヴァ神ですら、猫をかぶるのだ。日本でシヴァるのは、実は非常に大変なことなのかも知れない。

 以上、気に入ったしばり方は見つかっただろうか。世の中にはまだまだ色々なしばり方があると思うが、くれぐれもしばりすぎて自分を見失うことのないようにして欲しい。一度でも気持ちよくしばられた方はお分かりになると思うが、しばることって、癖になるから。



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