先人は尋ねた.
「何故あなたは山に挑むのか」
先人は答えた.
「そこに山があるから」
遥かなる歳月が流れた.
そして今,男の前に,山があった.
ひろびろとした緑に覆われた裾野.
そこを軽い足取りでゆるゆると登って行くと,
雪に覆われた中腹に辿り着く.
ふわふわと軽い雪質.
それでいて,人肌を思い浮かべさせるような,
どこか暖かい雪...
「これは...幻覚か...?」
次の瞬間.
男は我を取り戻し,新たな一歩を踏み出した.
こんな程度のことは,折り込み済みだとでも言うように.
雪の丘を乗り越え,
山頂への道を,
ゆっくりながらも確実に,
先へ先へと歩を進めていく.
そして...山頂.
臙脂の台座の上にそそり立つ紅い塔と,
黄橙の岩が男を待っていた.
すかさず塔と岩とを攻略する.
言い知れぬ達成感.
しかしそれは,数瞬の後,絶望に変わった.
「これは...幻覚か...?」
男の目の前に,かつて見た,緑に覆われた裾野があった.
しかしそれは.
今まで足を踏み入れられた様子のない,処女の大地.
そして.
見上げた先に,臙脂の台座が男を嘲笑っていた.
男は,衝撃でぼろぼろになった意識を掻き集める.
本能のまま,ただひたすら手を動かす.
そんな男に追い討ちをかけるように,
ねっとりとまとわりつく大地.
疲れを癒すように,男は水を口に含んだ.
それが,男の敗因だった.
さらに粘度を増す大地に,
男は,もう,耐えることができなかった.
完全制覇を目前にして,男は,倒れた.
そして...
悠久の時を越え,山は制覇された.
男を継ぐものに.
山は制覇された.
しかし,それは山のほんの一面に過ぎない.
男達の山への挑戦は今後も続くだろう.
そこに,山がある限り...