義高と大姫の切なく儚い恋物語
義仲の嫡男志水冠者義高の、感動溢れる物語「志水物語」。
原文訳ではマッタクありませんが、その内容について、ゲーリー流にご紹介しますので、
お!と思われた方、是非原文にチャレンジしてください!



1183年3月、木曾義仲の嫡男・義高は、父のいとこでありながら、現在は勢力争いの敵・頼朝の 元へ、人質として向かいました。 年齢は諸説ありますが、義高11歳ぐらいでしょうか。まだまだ幼い少年には過酷な宿命でした。
しかし彼は、臆することなく、「父のため、木曾の谷のためならば、鎌倉へも参りましょう」と、わずかの 共を従えて出発したのです。ヨヨヨ。 その時、一緒に鎌倉へ行った人の中に海野小太郎行親という、義高の幼馴染で仲良しの少年がいました。
「彼もいる。父は負けない。何も怖くない。俺は、大丈夫だ・・・。」

一方の大姫は、頼朝と政子の長女で、年齢はなんとまだ6歳にも満たない幼女でした。といってもこれも 諸説あるんですけれど(汗)。12歳の少年と、6歳の幼女の形だけの婚約、で、あるはずが。

われらが義仲の息子である義高が、カッコヨクないわけがなく、弓を握ればスパーンと射抜き、馬に乗れば 颯爽と駆け抜け、そりゃもう、小太郎もホレボレな少年でした。もちろん毎日木曾の山の中を駆け巡って いたので、運動神経もバツグン!遊びだってたくさん知っています。遊び相手もおらず、一人淋しく過ごしていた 大姫にとって、義高はまさにヒーロー!!もーすっかりゾッコン。毎日毎日「よしたかさま!」の日々! 母親すら、この子はこんなにも笑う子だったのか、と、思うぐらい、本当に明るくなったのです。

そんな大姫に、義高も悪い気はせず、それどころか、守ってあげないといけない、なんて思ってたりしたりして。 親の心子知らず。よもやの大穴純愛カップルが誕生したのです。その平和な生活は、義仲と頼朝の勢力が五分五分 である間だけ保証されるという事を、義高は知っていました。大姫は知りませんでした。大姫は全身全霊で義高を 慕い、そんな大姫に対して義高は大切に接していました。けれど、幸せな時間はあまりにも短かったのです。

翌年1184年1月、義仲が粟津で討たれると、頼朝は、義高が成長すれば必ず自分を敵討ちにする、と懸念し、 義高殺害を計画します。しかし、傍にはまだ幼い大姫がいます。頼朝としても、かわいい娘に、自分の惨い ところは見せたくない。殺害は、大姫が留守のときにしよう。そのように、仕掛けよう・・・

大姫は、若宮詣でに無理やり連れて行かれます。大姫は、義高と一緒に行くといいましたが、女の人だけで行く ものだと言い聞かされ、仕方なく出発しました。これで大姫を留守にすることができました・・・。 そんな頼朝の企みを察した政子は、わが娘をこんなに明るく健康的に笑う子にしてくれ、精神的な支えにもなって くれている義高を殺してしまえば、大姫はどうなるだろう?心に深い傷を作ってしまう!と思ったので、なんとか 義高を逃そうと、女房たちを集め計画します。
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