義仲って、誰だっけ? 

万が一にも、義仲のことをよく知らずにここへ来てしまった方へ、 予備知識として知っておいてほしいことを
ここに書いてみました。義仲の詳しいことは、ホームページで見てくださいね!


○義仲の活躍していたころって、どんな時代?

義仲は、 平家物語の中に登場する重要人物で、最初に京都へ馳せ参じた源氏なのですが、 時代としてはいわゆる平安末期。1154年生まれの彼がもっとも活躍するのは、 1182年からですが、それからわずか2年後に死んでしまいます。
ちなみに、イイクニツクロウ鎌倉幕府が1192年です。
義仲は、鎌倉幕府樹立を 知ることなく、この世を去ります。


平安末期といえば、 平清盛が全盛を極め、ほとんどの朝廷の役職を平家一門に塗り替え、 政権を完全に掌握していたころです。後白河法皇という、元上皇だったタヌキジジイが、 年寄りのくせにいつまでも政治から離れずに、権力を振りかざそうとして、 いつも自分に都合のいいところによりすがり、次の日には簡単に裏切ってってなことを繰り返して 地位を維持していたわけです。早い話、平家物語の人たちはみーんなこのジジイに翻弄されたといっても 過言ではないぐらい重大な影響力をもっていました。

平清盛は、公家社会から武士社会への転換のきっかけを作った人です。
清盛を知ることは、平安時代を知ることだともいえるでしょう。でも、
われらが義仲については、まさにOUT OF 眼中。失礼な話ですね!
だから、義仲が挙兵しても、都の反応はいまいちだったわけです。
いや、それはそれでラッキーだったんですけど・・・



ご存知の通り、 天皇っていうのは、その血縁者しか代々なることができません。そして、天皇が変わらなくても、 このころは、飢饉が続くだとか、雨が降らないだとか、困ったことが起こると、 気分を一新して今年はよい年になるようになんてことを祈りながら簡単に年号を変えたりしていました。 平安時代は、政権が慌ただしく交代したり、飢饉があったりで、非常に不安定な情勢でしたから、 年号はしょっちゅう変えられました。同じように、天皇も権力者の都合のいいようにしょっちゅう 交代していました。けれども、後白河もその昔天皇職についていながら、 引退して法皇の座にちゃっかり収まってるんだから、ぬかりないよなあ。


実際義仲が都へ来たときは、 ひどい飢饉に襲われていて、大変な状態にありました。町中死体だらけ。 このころの町中を描いた絵巻はどれもウゲーってなシーンが盛りだくさん。


○義仲って、どこの馬の骨?

義仲が生まれたのは 関東の方です。父親がそこに住んでたのでね。けど、お父さんはなぜか自分の兄の陰謀により、 兄の子ども、すなわち父親の甥っ子にぶち殺されてしまいます。お父さんってのは清和源氏 の次男坊。昔、清和源氏と桓武平氏に別れた清和源氏の方。 源平は最初はどっちが上ってことはなかったのですが、清盛のおかげで一躍平家は出世、 いまいちかすんでしまった源氏ですが、血筋としては、平家に劣ることなき由緒あるお家柄。 と思う・・・。まあ、そんな由緒ある家の次男坊の次男坊だから、今結婚するなら、こんなオイシイ男、 いないよねって感じ?
ちなみに育ちは長野県の山奥。文武両道とうわさの彼だけど、そういうのって、 大概どっちかがごっついできて、どっちかはホントはたいしたことないのよね。多くは言わないけど・・・。友達もたくさんいるし、とても人望あついお方です。その後の彼の活躍については、本文を見てね!

○平家物語って、読まなくってもヘーケ?

平家物語ってのは、 ホラ中学生のとき勉強したアレ、「ギオンショウジャノカネノコエ」 って、アレですよ。別に無理矢理読まなくっても平気ですけど、読むととても面白いので、 原文とはいかなくても、口語訳とか読んで見てくださいね! 保元・平治の乱とか、以仁王のこととか、義仲に重大な影響を投げかける数々の事件が集約 されているので、読めば大興奮まちがいなし!初心者の手っ取り早い口語訳っていうか、 まあそういうのに、オススメなのが、「平家物語−若い人への古典案内」 長野甞一著社会思想社現代教養文庫です。学習ってのには、向かないかも知れませんが、 めっちゃおもしろい訳ですので、笑いながら読めると思います。

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